第9話 赤い人形と瞬間移動

 このエピソードは、私の友人の丸山君(仮名)が、小学生の頃に体験したお話しです。そして私がそのお話しを聞かせてもらったは、20代前半の頃でした。その当時、私も丸山君も若さゆえか、うまく社会に馴染めず、フラストレーションの塊のような若者でした。そんな私達のカンフル剤になったのが、パンクロックでした。週末になると丸山君から電話がきて、


「座田君、俺、スタークラブの新作買ったから聴きに来ねえ?すんげぇやべえよ!」


「おっ!いいね。じゃあ俺はカオスUK持ってくよ。絶対ブッ飛ぶぜぃ!」


 そんな感じで、週末は丸山君の家に遊びに行っては、ビール片手にパンクロックをガンガンかけながら、夢やら愚痴やらを朝まで語りあったものです。幸い丸山君の家は農家でして、田んぼに囲まれた一軒家だったので、少々騒いでも近所の人から苦情がくるようなことはありませんでした。ですが、調子に乗って音量を上げ過ぎて、ポゴダンス(ひたすらピョンピョン縦に跳び跳ねる)をしていると、丸山君のお母さんに、


「うるさいよ!家が壊れちまう!」


 と、叱られることもありました。そんな時は二人して


「ごめんなさい……」


 と、ペコリペコリと頭を下げて謝ったものです。丸山君のお母さん、怖かったですね……。スパイキーヘアーにして、鋲だらけの革ジャンを着て、精一杯突っ張っていたつもりでしたが、パーマヘアーにエプロン姿の丸山ママにはかないませんでした……。なさけなー。


 そんなある日のこと。土曜日の夜でした。いつものように私は、丸山君の家にビールを持って遊びに行きました。そしていつも通りにパンクロックをかけながら、夢だの愚痴だのを語りながら、気だるい時間を過ごしていました。気がつくと、時刻は日を跨いで真夜中の2時前。特に話すこともなくなり、なにか別の話題を模索しました。聞き流していたパンクロックも最後の曲が終わり、聞こえる音と言えば、外から聞こえるカエルの合唱と、しとしとぴっちゃんと聞こえる雨の音のみ。季節はジトッとした梅雨の時期。時間は間もなく丑三つ刻……。と、なれば怪談話でしょう。丸山君とは今まで怪談話をしたことがなかったのですが、もしかしたら何か面白い話しがあるかもと思い、聞いてみました。


「丸山君って心霊体験とか、不思議な体験とかしたことある?」


「──あるよ……。実は俺、結構霊感あるんだよね。でも、人に話してもバカにされそうだから、あまりしゃべりたくねえんだけどね」


 ──以外でした。心霊やオカルトととは、全く縁がなさそうな丸山君でしたから。そんな丸山君の心霊体験を、俄然聞いてみたくなりましたよ。


「よかったら聞かせてよ!ブッ飛んでコエーやつ頼むよ。俺、そう言う話し好きなんだよね」


「いいよ。つまんねえ話しかも知れないけど、俺は怖かったな……」


 ──それは、丸山君が小学生の頃の体験談です。その夜は、なんだか寝苦しい夜でした。なかなか寝付けなくてしばらくゴロゴロしていたそうですが、日中の遊び疲れも手伝って、いつの間にか寝ていたそうです。


 どれくらい時間が経ったでしょうか。突然、フッと目が覚めたそうです。丸山君は、寝るときに完全に消灯はせず、常夜灯を点けて寝ているので、部屋の様子が見えます。特に変わった様子はありません。枕元の目覚まし時計を見ると、まだ真夜中。朝までまだ時間があります。尿意は大丈夫なので、再び眠りに就こうと思いました。


 同じ体勢で寝ていると疲れるので、ゴロリと反対側に寝返りを打ちました。その瞬間、あれっ!と、思ったそうです。


 視線の先50㎝ほどの所に、背丈が30㎝くらいの女の子の人形が、畳の上にチョコンと立っていたそうです。もちろん、寝る前にはそんな物はありませんでした。そして、後で考えると不思議なんですが、部屋はオレンジ色の常夜灯を点けているので、視覚でとらえる色の認識としては、オレンジ色に見えるはずなのですが、何故かその人形だけは、赤い色をしていたそうです。しかしその時は、あまり深くは考えず、自分が寝ている間にお姉ちゃんが悪戯をして置いたんだろうな。そう思ったそうです。そしていつの間にか再び眠りに就いていました。


 ──朝になりました。目が覚めて周りを見たときに、丸山君は、


「これ、どういうこと!」


 と、声をもらすほど驚いたそうです。眠りに就いたのは一階の寝室です。ですが、目が覚めて今自分のいる場所は、二階の空き部屋でした。夜中に寝ぼけて移動した覚えもありません。第一、丸山君の家は古い造りのせいか、階段の勾配がかなり急なうえに、手すりもないので、夜に寝ぼけて歩いた日には、転落してしまいそうです。


 そしてもう一つ不思議なことは、夜中に目が覚めた時に見た、赤い人形です。あれは絶対、お姉ちゃんが悪戯したんだよ。俺を怖がらせるために。丸山君は、居間でテレビを見ているお姉ちゃんに問い詰めました。


「姉ちゃん、俺が寝ている時に悪戯して、赤い人形置いたよね?気味が悪いからやめろよな!」


「えっ?あんた何言ってんの?私そんなことするはずないでしょ。それに赤い人形なんて持ってねえし!言いがかりつけるのはやめてよね!」


 丸山君は、逆にお姉さんに怒られてしまいました。確かに家の中で、そのような赤い人形など見たことありませんでした。


 ──丸山君は考えたそうです。あの赤い人形は、どこか別の場所から瞬間移動して、家の中にやって来たのだろうか。そして、寝ている自分を、その超常的な能力で、瞬間移動させたのだろうか。そうだとしても、その意図は一体何だったのだろうか……。


「──と、こんな体験をしたよ。どいだい?気味が悪いと思わね?」


「確かに……。その人形、怖いよね。もしかしたら、瞬間移動する呪いの人形じゃねえのかな……。んっ!あれっ?なんか変じゃね?外、静か過ぎねえかい?さっきまでうるさいくらいカエルが鳴いてたのに、なんでこんなにシーンとしてるの?」


 窓は網戸にしてあり、カーテンが引いてあります。その窓際をはじめ庭先では、先ほどまでカエルが大合唱していたはずです。気がつくとそれが、ピタッっと鳴きやんでいました。まるで庭先に誰かが来たかのように……。外から聞こえるのは、しとしとぴっちゃんと聞こえる雨の音と、庭より先に拡がる田んぼから、遠くで聞こえるカエルの声のみでした。


「なんかカーテン揺れてねえ?もしかして、窓際にその赤い人形、来てたりして……」


 私がそう言うと丸山君は、慌ててパンクロックのCDをかけました。その異様な雰囲気と静寂の空気を描き消したかったのでしょうか。


「もう、怪談話はやめよう……。シャレんなんねって。俺、感じるんだけど、カーテンの裏側……。何かいるよ」


 さすがに私も怖くなりました。カーテンが揺れていたのは、単純に風のせいだったと思います。しかし、窓際や庭先のカエルが一斉に鳴きやみ、その後に残ったあの静寂と、カーテンの裏側、窓の外から感じる異様な気配……。


 その後、窓の外から感じる異様な気配に押し潰されないように、無理やり明るい会話や振る舞いをしましたが、なんだか空回りするような、噛み合わないような……。


 しばらくすると再び、窓際や庭先のカエルが鳴き始めました。それから程なくして、新聞配達のバイクの音が聞こえたので、間もなく夜が開けます。私達は、ようやく安堵の空気につつまれました。外からは、カエルの鳴き声に混じるように、チュンチュンとスズメのさえずりが聞こえます。丸山君がカーテンを開けると、そこには何もいませんでした。空は曇っていましたが、夜が明けてうっすらと明るくなっていました。


「じゃあ、帰ってみるね」


 外に出ると雨脚は弱まり、ぱらぱらと小雨になっていました。庭先や、昨夜異様な雰囲気を感じた窓の外側に、何か変わった様子はないか見回しましたが、特に何もありませんでした。私は車に乗り、紫の空の下、帰路に就きました。ハンドルを握りながら、午前様の気だるいおつむで、昨夜を振り返りました。丸山君が赤い人形の話しをしたあの時、カーテンの向こう側に、本当に何かがいたのだろうか?もしかしたら、ただの気のせいだったのかな……。しかしあのタイミングで、あれほど鳴いていたカエルが一斉に鳴き止んだのは、どう説明すればいいのでしょうか……。それに、その場にいた私と丸山君は確かに感じましたよ。背中がゾッとするような寒気と、嫌な胸騒ぎをカーテンの向こう側に……。


 もしあの時、赤い人形を私と丸山君が見てしまっていたら、どうなっていたのだろうか……。超常的な能力で、どこか別の世界、あるいは別の次元に飛ばされて、二度と戻って来れなくされていたのかな……。そんなことが頭に浮かぶと、ハンドルを握る手が、ジワッと汗ばんでくるのを感じました……。


 丸山君が見た赤い人形は、今もどこかに突然現れ、誰かを瞬間移動させているのでしょうか……。
















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