第6話 ラブラブさん その弐

 ──私が小学生時代に流行した降霊術、ラブラブさん。まるでみんな何かに取り憑かれたかのように熱狂した後、何もなかったかのように、パッと終息していきました。今思い出すと、ほんの一瞬の出来事だったような気がします。あの熱狂的な流行は何だったんでしょうか……。


 我が校でのブームの発信源になったと思われる私のクラスでも、やっていたのは霊感が強くオカルト好きな女子生徒、Mさん(仮名)とその仲間だけでしたが、いつの間にか他の人もやり始めて、第5話で記した事件をきっかけに、一気に学校中へ拡がっていったような気がします。


 そんなある日のこと、ラブラブさん禁止令が 発足されるきっかけになった事件が、我がクラスで起きました。


 昼休み時間、私のクラスの中では、そこらかしこで「ラブラブさん、ラブラブさん……」と、 ラブラブさんを召喚する声が聞こえました。その声を中心に、小さな人だかりができる。なんだか異様でしたよ。その中でもMさんの周りは、一際多くのギャラリーが集まっていました。そのギャラリーに対してMさんが言いました。


「ラブラブさんに何か聞きたいこととかある?」


 それに対してギャラリーの一人が、◯田 ◯◯子(名前は伏せておきます)の霊を呼ぼうと、言い出しました。その◯田 ◯◯子さんとは、当時、人気絶頂の中、突然ビルから飛び降り自殺をはかった女性アイドルです。後追い自殺をしたファンも相次ぎましたから、相当なトップアイドルでしたよ。大変痛ましい事件でした。某女性週刊誌なんかは、その御遺体の写真を載せましたからね。私、その写真、見てしまったんですよ。虫歯の治療のため母と歯科医院に行った時、待合室で母がその雑誌を読んでいまして、私は隣で見ていましたからね。アイドルの御遺体の写真を載せるとは……。あれはひどいなと思いましたよ……。さすがにMさんも◯田さんを呼ぶのは止めようと言うのではと思いました。ところが……。


「いいよ。◯田 ◯◯子の霊呼んでみようか」


 なんと、Mさんは◯田 ◯◯子さんの霊を呼ぶと言ったのです。恐らくですが、Mさんは霊感が強かったので、自分の力を試したかったのかも知れません。周りで見ていたギャラリーは、みんな一様に固唾を飲みました。私もその一人です。しかし、いくらMさんとは言え、◯田 ◯◯子さんの霊を呼ぶなんて、絶対無理だろうと思いました。霊になったとしても、一応アイドルですからね。こんな田舎の小学校に来るわけないよ。しかしその反面、もし◯田 ◯◯子さんの霊がここに来たら、凄く怖いなと思いました。私はあの某女性週刊誌に載っていた、御遺体の写真を見てますからね。もし、あの姿で現れたらと思うと逃げ出したくなるぐらい怖かったですね。


 ◯田 ◯◯子さんの霊を呼ぶとなると、さすがにざわめきました。しかし、Mさんが「やるよ」と言うと、ギャラリーは水を打ったように静かになりました。Mさんと、その相方の女子生徒Sさん(仮名)が、一本の鉛筆を二人で握り、紙に書いてある鳥居のマークの上に置きました。まずはセオリー通りに、ラブラブさんを召喚しました。そして……。


「ラブラブさん、ラブラブさん、◯田 ◯◯子さんの霊をここへ連れてきて下さい」


 周りのギャラリーは鉛筆が、紙の右側に書いてある『はい』を指すのか左側の『いいえ』を指すのか固唾を飲んで見守っていました。私は怖いので、内心『いいえ』を指してくれないかなと思っていました。


 ──僅かな沈黙の後、鉛筆は右側に向かい『はい』を指した……。


 ギャラリーは顔を見合わせて、ざわめきました。嘘でしょ!とか本当かよ!とか……。それにも構わずMさんは、ラブラブさんに質問を続けた……。


「ラブラブさん、ラブラブさん、◯田 ◯◯子さんは今どのへんにいますか?」


 すると鉛筆は、紙に書かれた文字をなぞり『左側から2、前から1』と、差しました。


「左側から2列目の1番前の席ってことか?」


 ギャラリーの1人が言いました。


 みんなが一斉にその席を見ました。そこの席の生徒は席を外していたので、誰も座っていませんでした。


「おい、もしかして◯田さん、だんだんこっちに来るんじゃねえか?ヤバくね?」


 ギャラリーの1人がそう言うと、みんな一気に怖がり始めました。私も途端に怖くなりましたよ。止めた方がいいよと言う声も出始めましたから。しかしそれにもかかわらずMさんは続けました。自分は霊感が強いと言うプライドがあったのかも知れません。


「ラブラブさん、ラブラブさん、◯田 ◯◯子さんは今、どこへいますか?」


 そう質問すると鉛筆は、紙に書かれた文字をなぞり『左側から4、前から2』と差しました。ギャラリーのみんなは一斉に、左側から4列目、前から2番目の席を見ました。そこの席にはY君(仮名)が座っていました。そして次の瞬間、突然Y君はビクッと大きく身体を反らした後、グダッっと力が抜けたように失神してしまいました。


「先生呼ばないと!保健室連れてかなきゃ!」


 女子生徒の1人が先生を呼びに教室を飛び出しました。


 みんな騒然となりました。Y君は白目を剥いて気を失っています。


「ラブラブさんと◯田 ◯◯子さんこっちに来るよ!ヤベェよ!」


 ギャラリーの1人が言うと、さすがにMさんも動揺を隠せなくなりました。


「ラブラブさんに帰ってもらおうよ!◯田 ◯◯子さんに帰ってもらおうよ!早くしないとこっちに来ちゃうって!」


 みんなが口々にMさんに言い始めました。Mさんも、さすがに怖くなったのでしょう。もし、ラブラブさんと◯田 ◯◯子さんの霊がこっちに来てしまったら、自分達にも危害が加わるかも知れません!


「ラブラブさん、◯田 ◯◯子さん、どうぞお帰りになって下さい!ラブラブさん、◯田 ◯◯子さん、どうぞお帰りになって下さい!」


 Mさんと、パートナーのSさんは必死になってお願いしましたが、ラブラブさんと◯田

 ◯◯子 さんの霊は帰ってくれません。周りのギャラリーも恐怖に凍りつきました。涙目になっている女子生徒もいます。


「早く帰ってもらわないと来ちゃうよ!ヤベェって!」


 みんなの焦りと恐怖はピークに達しました。


 その時です!突然、Mさんがバッと椅子から立ち上がり、白目を剥きながらブツブツと何かを呟いて手をバタバタ動かしながら、ダダダダッっと数歩後退した後、グタッと倒れました。


 もうみんなパニック状態でした。どうしていいか分かりません。Mさんは後ろにいた人が受け止めてくれたので、幸い頭は打たずに済みました。みんなガヤガヤ騒いでいると、


「おい、どうした!」


 担任の生徒が来ました。その時にはY君は意識を取り戻していました。一方Mさんは、グタッとして気分が悪そうでした。大事を取って二人共、保健室で休むことになりました……。


 その後、緊急でクラス会が開かれ、ラブラブさんは一切禁止となりました。私のクラスで起きたこの事件は、他の先生にも伝達されて、学校全体で禁止になりました。この事件をもって我が校でのラブラブさんブームは終息しました。


 Y君とMさんは、しばらく保健室で休むと体調も回復して、教室に戻ってきました。


 二人共無事だったので良かったのですが、謎が残りました。この事件が、霊現象ではなかったと仮定して考えた場合です。Mさんは自分でやっていたので、焦りと恐怖からパニック状態になったと考えられますが、Y君が気を失ったのは何だったのでしょう……。Y君も、第5話に登場したT君と同じく、オカルトには全くと言っていいほど興味がない人で、みんながラブラブさんをやっていても、一切参加したり見に行ったりしなかったですからね。Mさんと打ち合わせしてたとは思えません。うーん……。何だったんでしょうか……。それと、Mさんは◯田 ◯◯子さんの霊を呼んだつもりでしょうが、それはないと思いました。◯田 ◯◯子さんは、心の優しい素敵な方でしたからね。


 その後Mさんは、一切ラブラブさんをやらなくなりました。しかしある時クラスメイトのH君(仮名)が、Mさんの机の脇のフックにかかっている紙袋を指して、私に言いました。


「おい、あれ見ろよ!」


 いやぁ、ゾッとしましたね。その紙袋の隙間から見えたのは、なんと藁人形だったのですから……。


 Mさん、誰に使おうとしていたんだろう……。




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