第2話 手は語る。ブラック企業にて……。

 手……。私は思うのですが、手というのは身体の部位の中では、顔の次に自分の気持ちを表現することのできる部位ではないかと思います。何かを話すときのジェスチャーであったり、文章を書いて自分の意思を人に伝えるのも手です。


 このお話は、北関東、某県へと嫁いだ私の妹が実際に体験した、手にまつわるエピソードです。


 妹は以前、仕出し弁当を作る会社で働いていました。その会社は、社長のパワハラがとにかくひどく、それが原因で、人の入れ替わりが激しかったようです。先代の社長は温厚で情があり、社員を大切にしていたそうです。しかし、その社長が引退して、御子息が二代目社長に就任するや否や、様相が変わったそうです。私が聞いた話しで極めつけは、先代社長の時代から働いていて、会社に多大に貢献していたベテラン社員の、仮にAさんとします。そのAさんを、怒るようなことではない理不尽な理由で、みんなのいる前で激しく恫喝したあげく、冷凍してある魚で頭を殴ったと聞きました。本当にひどい……。その場にいた皆一同に、Aさんに同情したようです。


 想像してみて下さい。もし、自分が職場でひどい仕打ちを受けていることを、妻や子供、あるいは両親が知ったとしたら……。


 惨めですよね。悲しくなります。


 恐らくその社長は、自分に自信がないのでしょう。みんなの前で、自分の権力を誇示したいんだと思います。


 そんな会社なので、いつも息の詰まるような陰鬱な空気が張り詰めていたそうです。


 そんなある日のこと。妹がタイムカードの前を通りすぎようとした時、視界の片隅に、あり得ない物が映り、驚いて思わず振り返ったそうです。


 なんとそのタイムカードの上、そこからニョキッと手が出ていたそうです。その手は指をパーの状態に開いていて、特に動くこともなく、ただそこでじっとしていたそうです。見た目は普通に、生きている人間の物とかわらなかったそうです。


 最初見た瞬間は、あまりの異様なビジュアルに、恐怖心を感じたらしいですが、しばらく見ていると、その手から悲しみや苦しみのイメージが伝わってきて、なんだか可哀想な感じがしてきたと言っていました。手にも表情があるんですね。しばらく見ていると、だんだん輪郭が朧気になり、やがて煙りのようにスーっと消えていったそうです。


 妹いわく、その手は死霊のものではなく、生き霊だと思うと言っていました。


「社長からひどいことをされた社員の、悲しみや苦しい感情が生き霊化したんだと思う」


 妹はそう言っていました。


 人を苛めたり、泣かせるようなことをすれば、因果応報で必ず自分に返ってくるでしょう……。


 その社長、いずれ全ての運から見放され、暗く長い冬のような晩年を過ごすことになるんじゃないかなぁ……。


 なんだかそんな気がします。



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