怪奇!実録オカルト劇場

座田 夢童

第1話 草むらから覗く笑う顔

 これは、私が小学生の低学年の時に体験した実話です。正確な学年は覚えていませんが、一、二年生ぐらいだったと思います。季節も定かではありませんが、夏が終わり、空気が涼しくなった頃、秋ぐらいだったような気がします。


 妹が夜、急に発熱しました。顔を真っ赤にして呼吸も荒く、とても苦しそうでした。それを見た父が、車のキーを手にして母に言いました。


「まだ病院やってるよな。連れてくか……」


 当時、私の自宅の近くには、これから向かうH病院しかありませんでした。その病院は、戦時中は診療所だったようで、建物も古く見るからに怖い雰囲気がありました。夜の8時頃まで受診していたので、夜間に発熱した際は、私もお世話になりました。しかし夜の病院の怖さは格別です。特にレントゲン室に向かう廊下が最恐で、立て付けの悪いドアを開けるとすぐに、陶器製の茶色く汚れた手洗いがあり、その廊下の照明は赤い電気が一つだけ点いているのみ。例えるならイタリアのホラー映画、サスペリアを思わせる感じです。私はこの廊下がとても苦手でした。レントゲン写真を撮らなければならない時なんかは、怖くて看護婦さんの手をギュッと握りしめながら重い足取りで向かったものです。そんな怖い雰囲気満点の病院でしたが、院長先生は、本当に素晴らしい方で、どんな患者さんにも親身に接してくれました。年齢は当時、六十代ぐらいで、白髪頭をオールバックにした精悍な顔立ちの、格好いいおじいさんという感じでした。


 父の運転する車の助手席に私が乗り、後部座席に母と妹が乗りました。私は別に行く必要はなかったのですが、非常に苦しそうにしている妹のことが心配で、ついていきました。


 病院の駐車場に着くと、母が妹を院内に連れて行きました。父と私は、駐車場で待つことにしました。


 院長先生は、なかなか風流なセンスをお持ちのようで、駐車場を挟んで西側には鯉の泳ぐ小さな池があり、その周囲には、背の低い松が植えてあったり灯籠が置いてあったりと、日本庭園のような赴きがありました。


 一方東側は、つつじや松、もみじ等の観賞用の様々な木が植えてありました。本来は美しい景観を見せるのでしょうが、残念なことに、あまり手入れがされていないようで、その木々の下は雑草が30から40センチほどの高さでまばらに生えていました。夜なのでその景観は、外灯に煌々と照らされていました。私と父の乗った車はその景観が前方に見える東側向きに駐車しました。


 車の中は、私と父と二人きり。元々、私と父は、あまりコミュニケーションのない親子なので、特に会話もなく、クルマから流れるラジオだけが、退屈な待ち時間をうめてくれていました。


 そんな気だるい時間が三十分ほど過ぎたころでしょうか。まだ妹の診察は終わりません。なんとなく前方をボーっと見ていました。外灯に照らされた木々は、少し前に降った雨で濡れているせいか、風に揺られる度にヌラヌラと光を反射していました。そして、ふと、木々の下に生い茂る雑草を見たときのことです。


 まばらに生えている雑草の少し奥まったところ、その一点に、目が釘付けになりました。


 なんとそこに、人の顔があったのです!


 ──不気味な顔でした。眉毛が濃く、黒目がちの切れ長な目をしていて、顔色は血色の悪い薄い茶色でした。それは日焼けしたような健康的な感じではありません。そして極めつけは、口角を上げて不気味に笑っているのです。性別はわかりません。男女どちらにも見えるような中性的な顔です。雨露に濡れたその顔は、外灯に照らされてヌラヌラと光っていました。


 私はあまりの恐怖に凍りつきました。父に知らせようか迷いましたが、やめました。もし、私たちが、そいつの存在に気付いたことがバレたら、草むらから出てくるのではないかと思ったからです。


 私は気付かぬ振りを決め込むため、目をそらしました。誰にも言えず独り、恐怖に怯えながら下を向いて……。


 ──あれは一体何なんだろう……。草むらの中に歩伏前進のような姿勢をして、人がいるのだろうか。だとしても顔の角度がおかしい。まるで地面の上にチョンと生首が置いてあるような感じだ……。やはり生きている人間とは思えない……。


 父は相変わらず無言で、タバコの煙を燻らせていました……。


 ──さっき見た顔は、きっと何かの見間違えなんだよ。心の中で、自分に言い聞かせた。そして、もう一度見てみることにした。もういなくなっていることを期待して……。


 いた!そいつはまだそこに……。相変わらずニタニタと不気味に笑っている!


 後はもうこれ以上、怖くて見ることができませんでした。


 私は再び下を向いて目を瞑り、気付かぬ振りを決め込むことにしました。


 ──早く戻って来て……。私は一刻も早く、妹と母が診察を終えて戻って来るのを切に願った。



 それから時間にして、15分後ぐらいだったと思います。突然、後部座席のドアが開き、私はビクッと驚いて振り返りました。


「ただいま……」


 母の声が聞こえました。母は妹を先に車に乗せて、続けて自分も乗車しました。


「風邪みたい。解熱剤と咳、鼻水の薬ももらってきたよ」


 母が妹の病状を、父に説明しました。


 父は、特に返事も相づちもなく発車させ、みんなは無事、帰宅の途に着きました……。


 余談ですが、以前、そのH病院前の道路をはさんだ向こう側に、老朽化したバス停がありました。そこは雨の日になると、バスを待つ女の幽霊が出ると言う曰く付きのバス停でした。その話しと私の見た不気味な顔が、なんらかの関連があるかはわかりません。そのバス停を最後に見たのは中学生の頃で、それから数年後に見たときには、いつの間にかなくなっていました。


 H病院は、私が中学生の時に、院長先生が心筋梗塞が原因で他界してしまい、閉院してしました。とても良い先生で、私も大変お世話になった方なので、当時、非常に残念な気持ちになったのを覚えています。しかしそれから数年後、御子息の方が後を受け継ぎ、H病院は再開しました。古い病院は壊されて、新しく建て直されました。駐車場をはさんで西側は、駐車場のスペースを広くするために、だいぶ景観が変わってしまいました。一方、東側は、私が不気味な顔を見た当時とあまり変わらない景観で残っています。


 今でもあの不気味な顔は、そこに居るのでしょうか……。そして、私が見たあの不気味な顔は、一体何だったのでしょうか……。


 今となっては知るよしもありません。もう40年近い昔の出来事ですから……。







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