手袋をぶつけに

@valota666

第1話

 どこかの世界のどこかの国に顔に傷跡を持っている女騎士さんがいました。元々の顔の作りは悪くないのにその傷跡だけで醜い者だ女の魅力がないのだと口さがない宮廷雀達はつぶやいているのです。








 女騎士さんはどこにでもいるような騎士の家に生まれてちょっとばかり剣の腕が優れていたのでお姫様の護衛兼身の回りのお世話係として雇われているのです。お姫様自身とんでもないじゃじゃ……もとい、いの………じゃなくてお転………活動的でありましたので並の侍女やお付きの方では体力が少々追いつかないのであります。


 その点鍛えている女騎士さんはお姫様の少々活動的すぎる部分に楽々と付いていくのでありますから内々の細々とした所はともかく、外回りの部分では大変重宝されるのでありました。





 そんなある日のこと、お姫様は自分の領地の


「この場合はわたくしの領地というよりはお父様やお爺様の領地じゃないのでしょうか?」


 いやお姫様地の文に突っ込みを入れるなんて登場人物の嗜みに………


「姫様、この地は姫様の化粧料として用意されている地でありますのでこの表現は間違いないといえばないのですぞ。」


 爺やさん、あんたまで………





「地の文話が進んでないですよ。」


 へいへい………えっとどこまで進んでいたかな?女騎士さんがお姫様の護衛で下々の地を巡っている時の話でしたね。





 畑仕事している農民が飛ばす土くれは仕方ないとはいえ、下肥のおつりはさすがに………嫌そうな顔をしています。お姫様に当たらないように気をつけるのですが本気で嫌そうです。


「この汚れちゃんと落ちるのかしら?」


「…………えっと、どうなのでしょう?」


 女騎士さんとおつきの侍女さんの会話は女の子だなぁといえるものでした。


「女の子?」


 若手の男騎士さん、それ死亡フラグ!老侍従さんは逃げているのか聞かなかったことにしています。老侍従さんは侍女さんも女騎士さんも孫みたいな年齢なので女の子扱いしているだけなのですが。護衛の若手騎士さんの言にやっちまいやがったなこの若いのと生暖かい目で見るのでした。女性というものは40,50になっても女の子扱いを望むものなのです。


 駄洒落好きな中年騎士さんは


「たいひーたいひー、そういんたいひー!」


 等と馬鹿なことをいっています。そもそもこの世界において堆肥と退避が同音異義な言葉であるのかという突っ込みはしないでください。他のなろう作家さんの大多数が泣きます。彼等は言語体系に対する感覚がほとんどと言ってないのですから。





 と、なろう作家のディスりはさて置いて話を進めますと下々の地は実り豊かで困窮しているものがいないようでありました。当たり前です、悪の貴族様であっても、否、悪の貴族様であるからこそちゃんと利益が上がるように運営するのです。それができていないのは貴族から落ちこぼれたおばかなものだけなのです。


将来性もない治世で悪ぶるって言うのは救いようがないものである。とりあえずお姫様の父君と祖父君の治世は良くもないけど悪くもないといっておきましょう。自領の産物で一番できの良いものを取り寄せて食卓で悦に浸って「王でさえ食えないものを我等が食べているんだ」等とやっているのは可愛い物である。それを真似て領民達も「王様はかわいそうだべな。こげなうめぇもんしらねぇなんて。」とやり始めたのはどうしたものでありましょうか?ちなみに王様がそれを食べられないのは輸送の問題、日持ちがしないのである。わざわざこの時期を狙ってこの地に来る貴族は多い。主に食道楽系の…………とある大臣を勤める法衣貴族が休みを取ろうとしたら王様に休みを取り消されてしまって…………(お察しください)


 その王様も退位して身軽になってから行こうとしたのですが臣下たちに…………(お察しください)


 食い物の嫉妬は見苦しい………これにヤマト=ニホン系統の料理技能を持った転移者がいたらさらに


「それは確保しておりますな。我が姪孫を娶って………あの害虫が!」


 老侍従さん、あんた自重してください。


「ちなみに姪孫12歳、本人24歳。」


 えっと、本人の世界でしたら事案確定ですね。


「ちなみに女騎士18歳なのに目も向ける人がいないとは…………」


 いや、それはこたえられるかっ!





注)女騎士さんは10人中5人はかわいいという美人さんです。残り5人は趣味合わないのが3人と見た目だけはいいのに残念だなというのが5人なのです。 





 馬鹿な話はおいといて領地の見回りの間に巡り合わせが悪いというのか盗賊の一団が村を襲っていました。その村の代官は先陣を切って盗賊たちを迎え撃ちます。


「ひゃっはー!民を害する糞蟲共め、文官仕事の鬱憤晴らしの糧にしてくれん!」


 代官さん、それは色々駄目でしょう。ひょろりとした風体からは似つかわしくない斬撃に盗賊たちは及び腰です。


 そんなところに出くわした姫様一行、代官の叫びは聞かなかったことにして加勢するのです。





 若手の騎士さんの一撃は盗賊たちの手足を確実にたたき折っています。


「こうして負傷者を出せばそれを助ける人員が………それに私は優しいのだよ、命は助けているんだから。」


「いえ、捉えられた後のことを考えればあまりやさしくないかと……」


 そう言いながら侍女さんは盗賊たちの一部分を執拗に叩き潰すのです。あまりの痛さにショック死する盗賊たちがおりますけど女の敵に手加減は無用です。それを見ていた若手の騎士さんはひゅうんとなってきゅっとしました。


 中年騎士さんは代官さんと旧知の中であったらしく雑談をしながら盗賊たちを叩きのめしています、なぜ剣を抜かないで何故か歩くときに使っていた杖で叩きのめしています。


「おいっ!中年騎士っ!お前なぜ剣を抜かない!」


「はははっ!剣の整備費用が私物だから実費になるんだ………それに杖はつえーだろ!」





 ひゅごごごごご~~~





 その場に寒風が襲ってきた…………


 いきなりの寒さに身をすくめる一同を無視して盗賊たちを叩きのめすのである。とりあえず中年騎士さんは謝ったほうがいいと思う平野権兵衛さん(故人)に 、あとダジャレがこの世界で成立するのかと問い詰めたい小一時間ほど問い詰めたい!このおっさん実は転生者とか転移者じゃないのかと疑問に思える。





 女騎士さんは普通にお姫様の護衛を務めている。老侍従さんもわきに控えているけど何やら取り出して投げるたびに盗賊たちが戦闘不能になっている。


「伝説の【弓兵】の二つ名はいまだ健在だな。爺やよ。」


「姫様、その名は捨てたものであります。今ここにいるのは姫様も侍従をしているしがない爺でございます。まぁ、宴会芸が役に立っているだけですからの。」


 老侍従さん、鼻くそをほじるような無造作さで盗賊たちを駆逐するのはどうかと思います。むしろ姫様一行が過剰戦力じゃないかと………姫様もどこからともなく取り出した権杖を盗賊の頭に叩き付けてスイカ割している。


「姫様、権杖はそのような用途で………」


「女騎士、それは違う我らが権威を認められているのは力を持つということとそれを民のために振るうから認められているのである。我ら尊き者は民の牧人剣の身分として間違うことなくあらねばならぬのだ。少なくとも我らは加勢をし、民を守るのが大事である。さぁ、守れ吾が配下たちよ!汝等の剣は誰のためにあるのだ?」


「わが剣は姫様のためにあります。」


「民を守らんとする姫様を誇りその名を守るがために。」


「姫様その叫びは見事でありますな。」


「私は姫様の剣であります。」


「女騎士よ、私には剣は要らん。私が欲するのは正しく在らんとする騎士だ。そこを違えるなよ!」


「はっ!」


「さぁ、吾が配下たちよ!民を害する害悪どもに存在することを後悔させてやれ!」


 姫様のその命令は正しく、苛烈に実行されるのである。


 ただ、この権杖は細工が込みすぎていて細かい所にはまった血肉の清掃がとても大変であったと整備をしていた若手騎士が嘆く羽目になるのは後日談である。





 優勢に事を運んでいる一行であるが、それでも盗賊たちは多数逃げ出したり他を狙うものも出てくるのである。一人の盗賊が村の子めがけて剣を振り下ろします、女騎士さんはそれを自らの剣で防ぎ盗賊を振り払います。他の盗賊も続けとばかりに手にした得物や邪なる呪いで攻撃するのです。女騎士さんは守るがために剣をふるいます。血に塗れていきます、傷も負います。それでも尚、剣をふるい続ける事は厭わないのです。彼女は正しく彼女は間違えるのです。


 戦いが終わった後、彼女は血まみれ傷だらけ。





 村人たちは引きました。血まみれでも尚立ち上がる女騎士さんの姿に………だけど村の爺様とか婆様が


「女騎士様を早く手当てしろ!」


 と慌てて村の薬師の所に運び込むのでした。





 女騎士さんの傷はそれはそれはひどい物でありました。若い女の子なのに傷だらけで後にも残るものでした。男であればその傷跡は民を守った誉であると嘯く所ありますが、若き女性にそれを言うのは惨い物であります(性差別)


 民と姫様ついでを守った女騎士さんを殿様は


「民を守る行い、真に剣の身分たる在り方の良き見本である。我等が内に其方が居た事を我は誇らしく思う。」


 とうら若き娘が己が身を省みずに民を守る行いに血涙を隠さずに褒め称える。周りの騎士や武官たちは殿様の熱き涙に思わずもらい泣きしそうになって顔を上に向けてみたり、その場にある事が出来ぬ我が身に怒りを露わにするものが出てきます。


 その後に殿様は代官やら姫様一行の突撃思考に


「こんの突撃バカがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 と怒号を発して雷を落すのであります。





 本当に突撃思考しかない脳筋ばかりなのかと頭が痛くなった殿様であります。村を守るためとはいえ、突撃する代官に先祖伝来の権杖を血肉まみれにする娘(姫様)、その権杖は金貨を積んでも手に入るものではありません。護衛と顔つきの面々ももう少し安全に配慮しなければいけない立場なのに…………


 領民を守ったという建前がなければ一から指導しなおせと言いたくなるのだがその辺を本能で回避する厄介な脳筋、その中にあって正しく間違える女騎士。彼女が男であったならと思っている殿様、世の中ままならぬものであります。





お姫様は傷が癒えた後の傷痕だらけの女騎士さんを見て自らを省みるのでした。少なくとも突撃思考はやめて遠距離攻撃からの突撃にしようと思うくらいには………








 それから月日が経ちました。


 姫様も突撃思考のほかにもからめ手を覚えるようになり頼もしさが増しています。勿論、からめ手に必要だからと猫が何匹も…………げふんげふん………おかげで外面は美姫として謳い持て囃されるようになりました。その傍らには女騎士さんが静かに侍っているのです。傷だらけの女騎士さんは美しいお姫様にふさわしくないと口さがない者達が陰で悪く言うのであります。


 女騎士さんは陰で言われる言葉に傷つき下がろうとしているのですがお殿様が許しません。


「女騎士よ、その傷は民を守りし誉である。口さがない者の発言は聞こえ次第叩きのめす。」


 お姫様も


「そなたの存在はわが戒めである。そなたは剣ではなく我が正しき騎士である、そなたに見限られたら私は終わりでありましょう。」


 と引き留めるのであります。この言葉でお姫様の名が高まり王孫殿下の目に留まるのであります。





王孫殿下は噂だけを聞いてお姫様がただの猪だと思っていたのですが話をしてみると自身の未熟さに憤りを感じていることを知って不器用なんだなと愛おしく感じました。ただし、色々な面で殿下はお姫様にかないません。でも、負けていられないと努力を重ねるのです。


 そんな殿下の在り方を周りの者たちは生暖かい目で見守るのです。お姫様をうまく利用すればいいのに………げふんげふん、これも若さというものでしょう。お姫さまの方も負けず嫌いな殿下の在り方を嫌いではないのでありました。恋とか愛とかとはちょっと違うのでしょうが意外と似た者同士である二人は息はあっているのであります。


 女騎士さんもこの二人の微笑ましい様を見て自分の役割の終わりを覚悟するのです。








 そんな日常が続きお姫様が王孫殿下に輿入れする日が近づいていきます。女騎士さんは自分の傷が嫌いでした、それを人前にさらすのがとても辛いのです。無事輿入れが終われば自分はお役御免で…………


 そんなこんな思っているときに宴に駆り出されるのです。





 宴は王様主催で女騎士さんは姫様の護衛で壁の花なのです。そんな壁の花に絡むバカがいるのです。大人しい大型犬に悪戯して俺様かっこいいなんて言う子供じみた行いであるのですが、それを人相手に行うなんて………犬相手でも許されざる行為なのですが。





「そんな傷をさらして同情を買おうなんて何とも浅ましい雌犬だ。お前は飼い主の温情に甘えてのこのここの場に浅ましい様をさらす恥さらしが…………」 


 聞くに堪えない言葉が女騎士さんに浴びせられますそれを耐えるのが女騎士さんです。相手は大物貴族の関係者………ここでもめ事を起こせば女騎士さんのみならず姫様や殿様にまで類が及ぶのです。この場は一人で収まるのならばと…………





 そんな言葉を耳にした王孫殿下付の護衛騎士さんは


「殿下、貴方に捧げた忠義の剣を今お返しさせてください!」


 王孫殿下はあわてて


「護衛騎士、我はそなたの忠義に値せぬ暗君であったか?」


「いえ、我が剣の主よ。あそこに見えるのはわが主の愛しき姫君の真なる騎士。剣は姫君に捧げ、剣にならずとも行いにて姫君を補い真なる剣の身分とはを体現する善き娘であります。その者が大公の類縁であろうと云われなき雑言に晒されて良いものでありましょうか?否、私も殿下の真なる騎士でありたいと思いますが、相手は大公に連なるもの。殿下の政道に於いて欠かす事ならぬとは言いませぬが敵対するべきではなきものでありましょう。為れば、我一人の乱心として彼の女騎士殿に降りかかる悪意を払うことをお許し願いたく…………」


 護衛騎士の血涙流す願いに王孫殿下は困惑する。お付の者達も


「何たる尊大なる願い、王孫殿下をないがしろにするのか」とか 


「見事なり護衛騎士!」等という言葉が入り乱れる。


 王孫殿下はどうすればよいのかよい考えが思い浮かばないのである。





 宴であるから様々な者が参列することはよくあることである。


 国外から来た客たちのうちに北の最果てより来た蛮族が呆れた声を上げる。


「これは貴様等の国の余興なのか?年端もいかぬ娘を大の男が心なき言葉で攻め立てるのは?」


 話し相手をしていた貴族某話の流れを軽く説明する。


「赫々然々…………で、あの恥知らずは彼女と対立陣営に属するもので…………」


「なぁ、お前らの国では女子供を戦場に立たせるのか?民を守った戦士に対して文句つけるのが流儀かのか?」


「い、いえ、そんなことは…………」


 北の蛮人達がこぶしを握り締めて今にも襲い掛からんとしております。


「なぁ、あれは俺達がぶん殴ってしまっても構わないのだろう?心配するなって、俺達は優しいんだ、ちょっとおいたが過ぎる馬鹿者に拳骨一つくれてやるだけだから。」


「止めてください!それ普通に国際問題になりますから!折角まとまり掛けた商売が………」


「………あゝ、商売か………これしくじるとかーちゃんと餓鬼共に土産持って帰れないんだよなぁ………あん糞野郎!まだネチネチと!」


「頭ぁ!俺が行ってきます!俺一人ならば酔っぱらって奴に絡んだ………」


「馬鹿野郎が!お前国には婚礼控えた妹が居るんだろうが!」


「この場合、酒が不味くなると皆で囲んだほうが…………」


「それだ!………って、それだとただの弱い者いじめだろう!」








「…………下賤な者を庇って傷を負う?馬鹿の極みだね、そもそもそんなに見た目も………」





 ぷちっ!





 そろそろ女騎士さんの我慢も限界です、お殿様もお姫様もその場にいないのです。居たら自称大公家の関係者は細切れかミンチになっているでしょう。この場の者達は身分やらなんやらのしがらみがあって手を出すことが…………





「民を守りし善き女騎士を公衆の面前で辱めるのは大公家の者として如何なものでありましょうか?」


 口を挟んだのは騎士見習い兼行儀見習いとして王城に務めている少年である。若いって無謀である、この場で楯突いたら一生冷や飯食いか首切り(物理か職業かはご想像にお任せします)にあってしまうのだから。それでも、立ち上がらずにいられないというのは青臭いものである。


「うるさい、この若造が!この私が誰だがわかっていっているのか?この場に口を挟んで大公家を貶めるとはお前なんか大公家の権勢をもってすればすぐに吹き飛ぶんだぞ。分かってんのか、まぁ、私は優しいからこの場で這いつくばって許しを請えば許してやることも考えないでもない。」


「うるせぇ!この臭い口閉じて酔いを醒まして出直しやがれ!何が大公家だ!お前の言動こそが大公家を貶めているんだろうが!」


 騎士見習いの少年は食って掛かり自称大公家の関係者は口汚くののしる。





 言葉の応酬が極まった頃、騎士見習いの少年は手袋を脱ぎ捨てて自称大公家の関係者にたたきつけようと


「決闘だ!」


 と宣言する。そして自らの手袋を投げつけるのだが





 ひょい…………





 自称大公家の関係者はかわすのである。


「手袋を受けて決闘に応じるのが普通だろうが!」


「あーあー、聞こえないねぇ。手袋一つまともに叩き付けられなくて何が騎士を目指しているんだろうねぇ…………田舎に帰って畑でも耕してたらどうだろうかね。」





 どこっ!





 手袋をかわした時に罵りを入れながらけりを入れる、騎士見習いの少年はまともにけりを食らってうずくまる。うずくまった所にさらに踏みつけて


「こんな傷だらけのブスを庇うなんて、あの殿様に取り入ろうと………」


 品のない事をのたまう。








 それを見ている王孫殿下陣営。


「殿下…………やはり私は我慢できません!忠義の剣をお返しして一人の男として奴に………」


「許す!とでもいうと思ったか!我が騎士よ!私だってあんな品のない男が我が国の重鎮の一派であるなどとは………」


「殿下献策をお許しいただけますか?」


「爺や、何かあるのか?」


「あの気骨ある少年は騎士見習い、我らが王家の剣でありましょう。女騎士殿との諍いは家同士………個人同士の諍いで中立もしくは国のためになる立場を守らねばなりませんが、少年が諍いを収めようとしたのは義憤もありましょうがこの宴を恙無く執り行うための必要な行為でありましょう。謂わば国の名を背負って行われた行為、それを蔑ろにされたのでは我が王家、ひいては国に対する侮蔑行為でありましょう。あの大公家のぼんくらは少々おいたが過ぎているようなので殿下、今にも憤死しそうな騎士に命じて頭を冷やさせましょう。」


「爺や、あれは我らを舐めているのか?」


「品のない言い方であればその通りでございます。」


「よしっ!我が剣よ!あの者は少しばかり酒が過ぎているようだ!今一度王家の力というものを知らしめてやれ!」


「はっ!」


 騎士は駆け出して行った。


「あの場はあれで良いとして、あの気骨ある少年を労うには何をすればよいのだろうな。」


「とりあえずは自制心を養うための精神修養か礼法の講義でありましょうな。」


「爺やさん、それ褒美じゃないし………」


「爺や、その心は?」


「もう少し穏便におさめる術を学ばせておくのもあの少年のためかと。」


 突っ込みを入れてしまった侍従と疑問に思った王孫殿下の問いにしれっと返答するのである。








 騎士見習いの少年を踏みつけている大公家の関係者、さすがの女騎士もかばってくれた少年をそのままにするわけいかず剣に手をかけようとしていた所に


「なぁ、決闘とかいう喧嘩は手袋を投げつけて当てれば成立するんか?」


「ん、なにをいっ…………ぶげらっ!」


 北の蛮族の頭が手袋をぶつけたのである。


「おいっ!屑野郎、お前の言葉を聞いてると酒が不味くなる。決闘というんか喧嘩を売ってやるから高く買いやがれ!」


「え、えっと………決闘の挑戦状としての手袋は脱いだ状態で…………」





 思わず突っ込みを入れた女騎士さん、北の蛮族は作法がわからず拳が入ったままの手袋をぶつけたのである。


「あゝ、この国にケンカ売っちまったな。これで商売はパーだ。かーちゃんになんて言い訳しよう。」


「あー!頭ぁ!抜け駆けはいけませんぜ!俺達も混ぜてくださいよ!」


「おうっ!この国の作法では喧嘩売るには手袋をぶつけるらしいぞ。」


「なるほど、面倒なやり方ですな。」


「俺達はよそ者だ、その国の作法や流儀をできる限り尊重しなくちゃダメだろ。」


「さすがは頭、できてますぜ。」


「そういうことだ、喧嘩売りたい奴はあの糞に手袋をぶつけてやれ。」


「「「「おうっ!」」」」


 北の蛮人達は話を聞いていなかった。


「ですから手袋は投げてぶつけるもの…………」


 女騎士さんは北の蛮人達の蛮行に絶句するのである。





「そう謂えばあの勇気ある少年の手袋はよけていたなぁ。」


「だったら、動かないように押さえつけて………」


 自称大公家の関係者は殴られて朦朧としている間に後ろから羽交い絞めにされて手袋(中身入り)を受け続けるのである。 


「ちょ、ま、ま………うぐっ!」


「次俺の番な。」


「どうせ、商売が失敗だからその分こいつで………」





 騎士見習いの少年は自分の頭にかかっていた重さがなくなったのを感じて頭を振ると自称大公家の関係者に対する暴行を止めようとしている女騎士さんと手袋をぶつけている北の蛮族たちの姿が見えた。


「え、えっと…………」


「少年、大丈夫か?」


 蛮族の頭が少年の状態を確認してくる。


「は、はい。もしかして私を助けてくれたのは…………」


「礼に及ばん。俺もあの言い分はとても腹が立った。おめぇが立ち上がってなければ俺達は気づかず腰抜けだといわれてた、大事なことに気づかせてくれて礼を言う。」


「そ、それで………あの状況は………どうなって………」


「この国では喧嘩売るのに手袋をぶつけるんだろ。あの屑が気に食わないから俺達は喧嘩売るために手袋をぶつけているんだ。」


「え、えっと…………手袋は投げつけるものなんですが決して殴りつけるものでは………」


「そうだったのか!ま、礼儀の知らない蛮族のやることだ。多少の間違いはお偉い貴族様だって許してくれるさ。」


「許してくれるのかなぁ?」


「…………うーん、そんな心が狭い相手だったらとしても誠意をこめてお話すれば分かってくれるだろ。」


「お話が拳とか剣とかになりそうなのは私の気のせいです?」


「それこそ蛮族らしいだろ。俺達にだって気にする評判の一つや二つあるものだ。」


 北の蛮族の頭はしてやったりという顔をしている。





 騎士が駆け付けた時には手袋(中身入り)をぶつけられまくった自称大公家の関係者は北の蛮族たちに羽交い絞めにされていたのであった。その状況を見て女騎士さんは呆然と立ち尽くしているし、騎士見習いの少年は蛮族の頭と礼儀についての話をしている


「この状況は………」


 騎士が呆然とするのは仕方のない話である。


「騎士様、北の蛮族さん達は決闘の申し込みを少々誤解していたみたいで………」


 と説明する騎士見習いの少年。





「こ、この蛮族共から私を助け出す栄誉をやろう騎士よ。はやくわたしをたしゅけ………」


 世迷いごとをわめく自称大公家の関係者を冷めた目で見る騎士。


「…………私は貴公の暴言を諌めるために来たのだが、まだフザケタ事を………」


「なんであんな傷だらけの役立たず………オーク鬼でさえ…………それよりも私を助けるのだ………」





 ぷちっ!





 ぶちきれた騎士は自称大公家の関係者の顎に手甲を叩き付けるのです。





 自称大公家の関係者は顎を砕かれて気絶するのです。死んでませんよね?





「なぁ、少年。俺思うんだが、俺達の事を蛮族だの礼儀知らずだの言われるが、あの騎士さんの方が大概だよなぁ………手袋じゃなくて手甲だぞ。しかも躊躇いなくぶち抜きやがったぞ、あれじゃあの糞野郎喧嘩どころじゃないだろ。俺達が先に喧嘩売っていたのに台無しにするなんて、それこそ礼儀知らずな行いじゃないのか?」


「えっと…………」


 北の蛮族の頭の質問に騎士見習いの少年は答えることができなかった。文化の違いは深い溝である。











 宴は乱闘で終わり、自称大公家の関係者は本当に自称となってしまった。さすがに対立陣営とはいえ恥知らずな行いに大公自身が切れてしまったのである。殿様も姫様も事の経緯を知るとこの自称大公家の関係者を細切れもしくはミンチに従っていたのだが大公の方に権利があると我慢する羽目になったのである。どっちがましなのかは別の話である。


 北の蛮族達は暴れたりなさそうであったが大公より不味くしてしてしまった酒の代わりをもらったり、殿様とよい商売をしたり、王孫殿下から北の地で取れない貴重な薬草とかをもらったりして機嫌を直するのである。それよりも民を守るために傷ついた女騎士さんの名誉を守ったという評判や善き騎士見習いの少年との友誼を得たことが何よりの収穫だと嘯くのである。北の蛮族の友誼を得た騎士見習いは北の蛮族担当の外交部門に配属となったり、女騎士さんが民を守る善き騎士であると王様にお褒めの言葉をいただいたりするのである。


 大公と殿様はこの件がきっかけで話をするうことがあって互いの利益になるにはどうしたらと長い長い話し合いをするのである。











 後日、別な宴で 


「なぁ、女騎士さんに少年よ。俺調べてみたんだが決闘の申し込みに手袋を投げるってのは殴ることの代用らしいんだ。古い流儀ではあるんだが間違っていないのに礼儀しらずと謂われるのはどうかと思うんだが………」


 騎士見習いの少年も女騎士さんも答える事ができなかった。


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