第65話 ふう……
「モニカ、降ろしてくれ」
「はい」
モニカが俺をそっと地面に降ろしてくれた。
蟻酸も問題ない、鋭い顎の牙でガジガジやっている蟻が氷の盾に張り付いているが、こちらも問題ない。
氷の盾の中にいる限り、俺たちの安全は確保できたようだな。
しっかし、コアラの土壁が無かったら大変なことになっていたと思う。
こいつら、蟻酸をこれでもかとはき出すから、白い煙で視界が利かないくらいになってきている。
「どうやって倒すかだな」
「風の精霊術で仕留めますか?」
蟻から目線を離さぬまま、モニカが聞いてきた。
それはいいんだが、左手で首根っこを掴んでいたコアラをいつの間にか胸に抱き、頭を撫でているのはどういうことなんだ。
確かにモフモフはしているけど、真剣な顔と仕草のギャップに不覚にも笑いそうになってしまった。
「うぎゅー」
コアラが変な声で鳴く。
なんか、ぬいぐるみのスイッチを押したら出る声みたいで……ダメだ。もう耐えられん。
「あははは」
我慢できなかった俺は、蟻に囲まれている状況だというのに腹を抱えて笑ってしまう。
いや、無理だろもう。
モニカだけでもくすっときたのに、コアラのあの声を聞いてしまったんだもの。
「ソウシ様」
「モニカ、撫でるのをそろそろやめたほうが」
「うぎゅー」
コアラが壊れたスピーカーみたいにまた変な声を出した。
だから、ツボにはまると言っているだろうが!
ダ、ダメだ。また、腹が。
「仕方ありません。抱っこするだけにします」
「そうしてくれ」
ようやく落ち着いてきた。
こんなことをしている間にも蟻たちはこちらへ酸を吐きかけたり、大顎で齧ったりし続けている。
氷の盾を解除しなきゃ、問題ない。
「さて、コアラ」
「なんだ」
抱っこされるのはいいが、何でそんな体勢なんだよ。
モニカがコアラの脇の下辺りを抱きしめているものだから、コアラがでろーんと下に伸びていた。
足元にも全く力を入れていないから、足先まで弛緩していやがる……。
俺も人のことが言えないけど、コアラも緊張感ってもんがないよな。
土壁で囲んで蟻が外に出られなくなったから、気が抜けた? でも、蟻を倒さなきゃ、俺たちがここから脱出できないってことを分かっているのか、こいつ……。
「蟻の弱点とか、倒し方とかあるの?」
「蟻は硬い」
「そら、見れば分かる……」
「土の槍で突き刺そうにも中々な。ぺしゃんこにしたつもりでも、虫系モンスターは結構しぶとくてな」
「んー。燃やすとかはどうだ?」
「お前、火の精霊術を使えたのか?」
「いや。水だけだ」
さあて、どうしようかなあ。
蟻の甲殻は硬い。水の精霊魔法で倒すとしたら、手は二つ。
昆虫だから空を飛ぶ。だけど、こいつらは陸生昆虫で間違いない。
なので、水の中に閉じ込めて、溺死させることができるはず。これが一つ目。
二つ目は、表面を凍らせてモニカの怪力で破壊するという強引な手だ。
凍らせるだけで倒すことができればいいんだけど、溶けたらまた動き出してしまって酸を巻き散らかされでもしたら、最悪の事態になってしまう。
「んーむ。コアラ、土の壁ってどれくらいの効果時間があるんだ?」
「そうだな。懐にユーカリの葉が二十枚ある。一時間はいける」
「なら、確実に破壊した方がいいかあ」
蟻は五匹。
こちらから攻撃するためには、当たり前だけど氷の盾を解除しなきゃなんない。
ウォーターカッターやモニカのウィンドカッターで切り裂ければベストなんだが、倒せなかったら酸や大顎の反撃を喰らってしまう。
なら、やっぱりこうするしかないか。
「氷の盾を解除する。同時にあいつらを凍らせる。コアラ、モニカ、後は頼んだ」
そう宣言し、目を閉じ深い集中状態に入る。
深く、深く。イメージしろ。氷の盾に張り付いている蟻は二匹で、アリクイもどきを捕食している蟻は三匹。
どの蟻もすぐに動き出しそうにない。狙いを外さないように、焦らず正確に。
よし、行くぞ。
氷の盾を解除。解除に合わせて氷の壁が無くなったことに伴い、蟻二匹が地面に落ちる。
「総士の名において依頼する。水の精霊よ。霜を降ろし給え。アイスコフィン」
すかさず呪文を唱え、体の内から力を開放!
位置は予想通り。
蟻を包み込むように凍てつく霧が発生し、蟻に纏わりつく。
超低温の霧が蟻を凍り付かせ、奴らの動きを完全に止めた。外した蟻は無し。
「頼む」
俺が叫ぶより早く、コアラもモニカも動き出していた。
モニカは目前に迫っていた蟻のうち一体の前に立ち、手の平を上にあげ、おもむろに振り下ろす。
パシイイイイン――。
澄んだ音がして、蟻が粉々に砕け散った。
……分かっていたが、とんでもないパワーだな……。
一方のコアラは、左手を開き胸の前に持ってきた。
耳をピクリピクリと動かして、目を閉じたコアラはカッと目を見開き呪文を唱える。
「ラインハルトの名において命じる。土の精霊ゲーノモスよ。盟約に従い、我の前に力を示せ」
コアラの精霊魔法は具体的な呪文名を呟かない。
これでちゃんとした精霊魔法になるのだから驚きだ。
コアラがクイっと左手の指先を手のひらにつけた瞬間、アリクイもどきを貪っていた三体の上空に巨大な土の杭が出現する。
杭は幅50センチ、長さ1メートルといったところ。
出現した杭は重力に引かれ、蟻に突き刺さる。
凍っているからか杭が蟻の胴体を突き抜け、地面を穿つ。
貫かれた蟻は真っ二つになり、ピクリとも動かない。
パシイイン――。
その間にモニカが残った一体に平手打ちをかまし、蟻を粉々に砕く。
「ふう、何とかなったな」
「はい!」
「んじゃ、土の壁を解除するぞ」
コアラがそう言うや否や、土の壁は忽然と姿を消した。
壁が消えたことで、白い煙が拡散し視界がクリアになる。
地面はところどころ溶けていて、アリクイもどきは半数くらいがもうどうしようもない状態。
木材は一部を除き無事だったことは不幸中の幸いか。
「なるほど……木を食べているアリクイもどきに蟻が襲い掛かったら、木ごと溶けるわな……」
「そうなるな。アリクイもどき単体なら、食害で住むんだが、蟻が面倒だ」
「こいつは何か対策を打たないと」
「そいつは任せろ。村を覆う土壁を地下まで伸ばす」
「頼んだ」
ユーカリの木がかかっているだけに、コアラが非常に協力的で助かる。
なら最初から地下まで土壁で、と思うが、コアラだってアリクイもどきが来たことは想定外なんだろう。
あいつは民家の腐食に気が付いていたけど、「かつてのこと」と言っていたしなあ……。
まさか、丸太を積んだだけでアリクイもどきが嗅ぎつけるとは思っていなかったんだろう。
「念のために聞いておくけど、もうアリクイもどきの気配は無いかな?」
「おう。大丈夫だ。今も地中を探知している。万が一があれば、脳内に連絡を入れるわ」
「分かった。じゃあ、今日のところは解散で」
「おう」
お片付けは明日やろう。
もう眠くて仕方ない。
コアラと別れ、モニカと一緒に再び屋敷に戻る。
ボアイノシシのベッドに寝ころんだものの、どうもこう体が埃っぽくてかなわん。
てなわけで、モニカと一緒にウォッシャーの精霊魔法を施してから、寝ることにしたんだ。
夜中の騒動はこうして終わりを告げたのだった。
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