第66話 俺の認識

 寝ころんでいると、ニクがお腹の上に乗って来て、すやすやとしたものだから地味に重たい。

 ニクも俺たちが出て行った後は起きていたようで、ボアイノシシのベッドの前で鼻をひくひくさせていた。

 さっきウォッシャーを唱えた時、ついでにニクも一緒に綺麗にしたのだ。なので、モフモフした毛皮には汚れ一つない。どこかのコアラとは正反対だな。

 あ、そうだ。コアラが昼間寝ている時に、ウォッシャーをかましてやろう。汚れが酷くていい加減、洗濯したいんだよな、コアラのやつ。

 起きている時だと懐に忍ばせたユーカリの葉を気にして、全力でウォッシャーを拒否しやがるから……。

 

 少しだけ体を起こし、ニクの頭に手を伸ばす。

 ふわっふわの茶色の毛に手を乗せると、手のひらが沈み込む。上質なふっかふかの絨毯みたいで、なかなかに手触りがよい。


「これでラグやセーターを作ったらさぞ……」


 つい思ったことが口をついて出てしまった。

 聞かれていないよなと、隣で寝るモニカを横目で……うわあ。目が合った。

 起きていたのか。モニカが慈愛の籠った微笑みを浮かべていて、何だかやりきれない気持ちになる。

 

「あ、えっと。これはだな」

「ソウシ様とニク……とても絵になりますね。癒されます」

「そ、そうかな……は、はは」


 フォローしようとしてくれるのは嬉しいんだけど、ますます微妙な気分になってしまった。

 無理して褒めようとしなくたっていいんだぞ。

 いっそ、もう、「うわあ……」ってされた方がすっきりする。

 

「ソウシ様」

「ん?」

「見事な精霊魔法でした。とても凛々しく」

「お、おう……」

 

 押し黙っていたモニカは討伐のことを振り返っていたんだな。

 俺の感想はワンピースだったから、ずっとこうスース―してたってもんなんだけど……。

 結構無理して動いたから、せっかくモニカが作ってくれた力作に傷がいっているかもしれない。

 

「ソウシ様、少しだけお時間よろしいでしょうか?」

「うん。さっきまで動いていたから、頭がまだ冴えてて」

「椅子に座っていただけますか?」

「うん」


 ニクをどけようとしたら、先にモニカがひょいっとニクを持ち上げ、起こさないよう静かにベッドに置く。

 彼女に言われるがまま、椅子に腰かけた俺はあることに気が付いてしまった。

 裾が……。

 

 その間にモニカが光石を照らし、テーブルの上に置く。

 灯りに照らされるとハッキリとワンピースの裾が見えた。

 あちゃあ。思った以上に傷がついちゃってるな。裾から縦に七センチくらいバッサリと破れちゃっている。

 

「ごめん、モニカ」

「仕方ありません。そのままですと、裾をお気になさるかと思い。応急処置をしてもよいですか?」

「うん。ありがとう」


 モニカが二階にあがり、裁縫セットを持ってすぐに戻ってきた。


「着たままで大丈夫です」


 そう言ってモニカが俺の膝辺りに指先を当てる。


「ひゃあ」

「か、可愛い……」


 彼女の指先がひんやりしていて、変な声が出てしまった。

 くすりとしたモニカにからかわれてしまったじゃないか……。

 

 裾の様子を観察したモニカは、針に糸を通し仮縫いをしてくれた。

 今度は太ももに彼女の指先が触れたんだけど、我慢したぞ。ははは。

 

「あの……」


 針と糸を裁縫セットに戻しながら、遠慮がちにモニカが声を出す。

 

「まだ、破けているところがあったりした?」

「いえ、そうではなく。何でもありません」

「何か気になることがあったんじゃ? 遠慮せずに言って欲しい」


 最近は戸惑うことなく、言いたいことを言ってくれていたんだけどなあ。

 モニカにとって、とても言い辛い事なんだろうか?

 しばらく口をつぐんでいたモニカが、意を決したように口を開く。

 

「ソウシ様って男の方ですよね?」

「も、もちろん。そうだけど」


 何を言いだすんだ。こんな格好をしているが、俺はれっきとした男である。

 そこは疑う余地なんて無い。見た目が少しだけ、女子っぽいことは認めるけど、ね。

 

「太ももも、脛も……すべすべしてます」


 一体何が言いたいんだ。モニカは……。

 あ、ようやく。分かった。

 

「ムダ毛の処理はしていない。毛が薄くてさ。昔から」

「そうだったんですか。いつでも聖女様のようになれるよう、準備を怠っていなかったのかと思いました」

「今はもうフェリシアもいるし、そこは気にしなくていいんじゃないかな」

「街へ行く時に必要では?」

「そ、そうだな……」


 毛が薄いことは、気にしていたこともあったけど、今はもう何とも思っていない。

 髭も生えてこないんだよねえ。

 だからこう、いつまでも男らしくなんないのかもしれん。

 大丈夫か、俺。とか気にしても仕方ないし、既にその点は達観している。


「俺自身はもう何とも思ってないんだ。髭も生えてこないことだって、今はもう気にしていないから」

「気にされることなどございません! その方が素敵です。男の方の髭は少し……苦手です」

「そうだったんだ。俺はある意味、憧れではあるけどな」

「ソウシ様にはソウシ様の魅力があります! 髭が生えずとも、ソウシ様は立派な男の方であることに変わりはありません」

「男談義で思い出した。いや、どうでもいいことか」


 つい思ったことが口をついて出てしまった。

 唐突な話題にモニカがきょとんとしてしまっているじゃないか。

 あれ、モニカが目を輝かせて俺を見上げてきているんだけど……。

 

「何を思い出されたのですか?」

「大したことじゃないんだ。本当に」

「ソウシ様……」


 長い睫毛を下に向けたモニカが哀しそうに俺の名を呟く。


「そうだな。うん。モニカには何でも気にせず喋ってくれって頼んでいて、俺がそうしないのはフェアじゃないよな」

「ソウシ様!」


 顔をあげ、ぱああっと笑みを浮かべるモニカ。

 彼女はそれほど表情が豊かな方じゃないんだけど、これほどハッキリと顔に出るってことは余程嬉しいってことだ。

 改めて、彼女とは何でも言い合える仲になりたいと思えた。

 俺とモニカはメイドと主人という関係性じゃあない。信頼し合える友人だものな。

 

「本当にくだらないことなんだけど、コアラの奴さ」

「はい」

「人間の顔の区別がついているだけじゃあなく、美醜まで人間の感覚で捉えているみたいなんだよな」

「そう言えば、ソウシ様のことを『可愛らしいお嬢さん』とか言ってましたね」


 「可愛らしい」って枕詞はついていなかった気がするけど、そこは目を瞑ろう。


「コアラなのに不思議だよな」

「えむりん様のこともありますし、人と似た顔を持つ種族と親しい間柄だったのでしたら、理解できても不思議ではないかと」

「なるほど。それはあり得るか」


 さすが異世界。そこは頭から抜け落ちていた。

 えむりんみたいな妖精もそうだし、他にも人の顔に近い顔を持った種族も多数いる。

 森の中で生活しているコアラだけど、妖精が人の顔そっくりだから、他の妖精やら森に住む人の顔に似た種族とずっと付き合いがあったとしても不自然じゃあないか。

 

「顔の区別はつくけど、さすがに服装については理解できないみたいだな。コアラのやつ」

「そうでしょうか」

「うん。あいつ自身は素っ裸だし。俺がワンピースを着ていても特に何も反応が無かったからさ」

「それは、自然なことでは?」

「いやいや。モニカがワンピースを着ていても特に突っ込みどころはないけど、俺だぞ」

「恐らく、コアラ様はソウシ様のことを女性と見ているのでは?」

「え、さすがにそれは……」


 いや、待てよ。

 最初、コアラの奴、俺のことをお嬢さんとかお姫様とか言っていたよな。

 違うって否定したけど、その後どうでもよくなって放置していた。

 こいつはハッキリと問い詰める必要があるな。主に俺の為に。

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