第63話 変な夢
「んじゃ、寝るわ」
話はそれで終わりだとばかりに、シッシと面倒臭そうに手を振るコアラである。
手を振っている途中でだらーんと手が下に落ち、眠ってしまったようだった。
な、何て奴だ。
俺はまだ「話が終わりだ」と言ってもいないのに。
「聞きたいことはだいたい聞けたし、まあいいか」
「えむりんもー」
ふよふよ浮かんだえむりんが鱗粉をまき散らしながら、コアラのお腹の上でぐでえっと寝そべった。
彼女も彼女ですぐにすやすやと寝息を立て始める。
あ、コアラにえむりんの種族を聞くことを忘れてた。彼女はドリアードでいいんだろうか。
ドリアードであると分かったところで、特に新しく分かる情報もないから……いいかもう、確認しなくても。
いずれにしろ、二人とも寝てしまった。
本当に呑気でマイペースな二人だよ……。俺もたいがいだけど、この二人には敵わない。
◇◇◇
――その日の深夜。
『おい、起きろ』
起きろといってもだな、退屈な数学の授業中に起きていてどうしろってんだよ。
顔をあげると、教壇の上に乗った先生が何やら数式の説明をしている。先生自ら教壇に乗るとは何て行儀が悪いと突っ込みたいところだが、誰も言うに言えないでいる。
いや、教壇の上に乗らないと授業がやり辛いことをみんな分かっているから、誰も突っ込まないんだ。
「ソウシくん」
「んー」
金糸のようなサラサラの金髪が魅力的な美しい少女が俺の名を呼ぶ。
彼女は交換留学生だか何だかで、名前はモニカと言う。
でも、留学生という割にはずっとこの学校にいるような気がする。
「先生が怒っているわよ」
「んー。こう、何だ。俺は眠いのだ」
「ソウシくん」
「ん? ち、近いって」
授業中だと言うのにモニカが机に頬をつけ横を向いた顔に、自分の顔を寄せてきた。
彼女の息遣いが俺の鼻にかかる。
「起きないんだったら、いたずらしちゃうんだから」
「キャラが定まってねえぞ!」
つい、突っ込んでしまった。
「突っ込むなら、先生に突っ込んだ方がいいと思うの」
「え? 先生は一応授業してるじゃないか。コアラだけど」
「そこ、そこがおかしいと思わないの? みんな何も言わないけど、教壇の上でダンスをしているコアラが先生とか」
「別に踊ってようが何してようがいいじゃないか。どうせ授業なんて誰も聞いてない」
そんなわけで、俺は寝る。
『起きろってんだろおおおお!』
スパーンとスリッパでコアラに頭を叩かれた。
「なんてことを。このコアラ。わたしのソウシくんに!」
ちょ、ちょっと。待って。
椅子を持ち上げてコアラを脅す、ってのは理解できる。
だけど、何で俺の座っている椅子を俺ごと持ち上げるんだよお。
お、落ちる。
◇◇◇
「はあはあ……」
ゆ、夢か。
どんな夢を見ていたか覚えていないけど、酷い夢を見ていた気がする。
起き上がろうと頭を起こす……が、重い。
「おい」
「分かったから、どいてくれ」
重い理由は、コアラが俺の額の上に乗っかっていたからだった。
俺の言いつけに従い素直にぼてんとボアイノシシのベッドの上に落ちたコアラが、着ているワンピース風パジャマを引っ張って来る。
「ユーカリの木なら明日でいいだろ。夜行性だったか? だから、夜中にハッスルするのは分からんでもないが」
「気が付いていないのか?」
ただならぬコアラの気配に冷水をかけられたように俺の頭が覚醒した。
何か、いる、のか?
目を瞑り、じっと耳をすませる。
「……俺の耳では何も感じないな……」
「そうか。人間だし、お前の属性は水だったか?」
「うん」
「だったら仕方ねえ。水は感知が苦手だからな」
「そう言うコアラも土じゃないか」
「土と風は物の僅かな動きを感じとることができるんだぞ」
常識じゃねえかとばかりに言われましても、風はともかく土のことは知らん。
って、こんなノンビリと話をしている暇はないんじゃないか?
「コアラ。何が起こっているんだ?」
「襲撃だ。木を狙ってる奴らが来る」
「あ、民家の壁をボロボロにした奴らか」
「まあ、そんなもんだ」
「どこだ! 案内してくれ。っとその前に着替えるくらいの時間はあるか?」
「急げよ」
差し迫ってるなら、とっとと要件を言えばいいのに。
なんて心の中で悪態を尽きつつも、ベッドの脇に置いてある服へ手を伸ば……したところでいつの間にか起きていたモニカに腕を掴まれた。
「ソウシ様。一刻を争うのでしょう? 『結界』を使われるんでしたら、着替える必要はないかと」
「あ、うん」
「ここに」
モニカの手の平には小さな水晶が乗っている。
何と準備の良い……。結界魔法には、起点となる水晶が必要なんだ。
これをワンピースのぽっけに入れておけば、結界魔法を唱えるのに支障はない。
「で、でも。この格好だと何だかこう、太ももが」
「さあ、行きましょう。ソウシ様。コアラ様がお待ちです」
俺の言葉を遮ったモニカが、シャキッと立ち上がり俺の手を引く。
まあいいかもう。どうせモニカしか見ていないし。彼女には、ワンピース風のパジャマを着ている姿を見られているから今更か。
◇◇◇
外に出たところで、モニカが目を細めこちらに顔を向ける。
「ソウシ様、何も感じません」
「敵の気配を?」
「はい。風の精霊では何も、です」
「おい、立ち止まってる場合じゃねえ。もうすぐ来るぞ。厩舎の裏だ」
コアラには見えているらしい。
厩舎の裏って丸太が大量に放置してある場所だよな。屋敷からすぐそこだから、モニカが感知できないはずがない。
コアラの奴……まさかまたユーカリの妄想で変になってんじゃないだろうな。
でも、こいつの声色は真剣そのものだ。警戒しておくに越したことはない。
「コアラ、モニカ。俺の傍に」
そう前置きしてから、目を閉じ、脳内で術式を構築する。
「総士の名において祈る。我に結界を」
先を急ごうとするコアラをモニカが後ろから掴んで抱っこしてくれた。
「結界魔法だ。俺から半径二メートル以内にいたら安全だからな」
「おう」
頷くコアラを見た俺はモニカへ目配せする。
すぐにモニカはコアラを地面へ降ろしてやった。
厩舎の横、丸太が積み上げているところまで来た。
その時「ひひーん」とロバが嘶く。
「来たぞ!」
コアラの声とほぼ同時に地面がもこもこと盛り上がり、アリクイのような頭が顔を出す。
それを鏑矢に、次々と地面が盛り上がっていく。
「ロバとニクが心配だな……」
「問題ない。あいつらは木しか狙わねえ。一番は乾燥させた木だ。そいつがなきゃ生木でも喰う」
コアラがのそのそと地面から完全に姿を現したアリクイのような顔をした動物を睨みつけたまま、簡潔にこの動物のことを説明してくれた。
地面から出て来たのは顔はアリクイで、モグラのような手足を持つ奇妙な動物だ。大きさはニクと同じくらいか。全身毛むくじゃらで、色は黒っぽい灰色をしている。
「放置していたら不味そうだな。この動物」
「もちろんだ。害獣は全て、一匹残らず、排除せねばならねえ。ジークユーカリ」
あ、そうね。
生木も食べるって言ってたものね。ユーカリの木も食べちゃうよね。
「仕方ない。全部、ぶった倒すか。ついでに、肉も手に入るしさ」
「早く倒した方がいい。じゃねえと」
言い終わらぬうちに、コアラはアリクイの群れの中に突っ込んで行く。
え、えええ。そこは土魔法じゃないの?
こ、こいつ、ユーカリのことで頭が一杯なんじゃ……。一抹の不安が俺を襲う。
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