第62話 鱗粉
「妖精が幽世とこっちを行き来できるのは分かったけど、それって彼らが特別な存在だからだよな?」
「うん。まあ、そんなところだ。お前やオレは生身だが、何といえばいいか。ほらあれだ。あれ」
もどかしそうにだらりと枝から垂れたまま、手足をばたつかせるコアラ。
よくあれで落ちないな……。
「あれじゃあ、何のことかわからん」
「俺やお前は生身。妖精は魔力みたいなもんでできているって言えばいいか」
「なんとなく言いたいことは分かった。生身で幽世に行ったらよろしくないんだな」
「おうさ。そもそも行くのも中々難しいもんだぞ」
「そんなもんか」
「そんなもんだ」
まてよ。
さっきのコアラじゃないけど、こう喉元まで出かかって出てこなくてもどかしい。
何かが繋がりそうで、手を伸ばすが指先を引っかけた状態でそこから進めないというか何というか。
あああああ。あと少しで辿りつけそうなのに。
気持ち悪くなって首元に手をやり頭を左右に振る。
「ばあー」
「うお」
そんな時、突然目の前にえむりんが現れたものだから、完全に不意を突かれてビックリしてしまう。
「えむりんは『向こう』に行っていたんだよな?」
「うんー」
「そっちは何があるんだ?」
「何もないんだよー。でもー、勝手に体がそっちに行っちゃうのー」
「こっちと向こうに体を半分だけとかできるの?」
「だめー。どっちかにぽーんってされちゃうよー。挟まったら止まっちゃうー」
「挟まることがあるの?」
「えむりんは挟まらないよー。ぽーんとされちゃうからー」
止まる。
止まる……。そうか、止まるのか。
「コアラ!」
「ん?」
突然叫んだ俺に対してもピクリとすることもないふてぶてしいコアラは、顔さえあげずに反応を返す。
「アリシアはこの世界と別世界を繋ぐために世界に穴を開けたんだよな」
「たぶんな。お前を引っ張り上げたんだっけ」
「俺のことじゃあなくてだな。世界と世界を繋ぐ間の世界……ハザマの世界と仮称しよう」
「まんまだな」
「……分かりやすくていいだろ。彼女の時が止まったのはハザマの世界とこの世界で体がごっちゃに存在しているからだよな」
「うん。そうだぜ」
何をいまさらと言った感じで、コアラが面倒そうに答えを返した。
確認だろ、確認。物事を説明するにはちゃんと前提から語らないと、よくわからなくなるだろ。
こいつは無駄に知力が高いから、いちいち繰り返すなと思うのかもしれないけど。俺はそんなに頭が切れる方じゃないんだって。
「まあ、順を追って説明させてくれ」
「めんどくせえ。あれだろ。えむりんが現世と幽世を行き来できるのなら、ハザマの世界でも普通に行動できんじゃねえかと思ったわけだろ」
「お、おう」
全てすっ飛ばして結論に至りやがった。
コアラが「間違っても幽世に行くんじゃねえぞ」と言ったことから、ひょっとしたら幽世とハザマの世界は同一なんじゃないかって思ったんだ。
こいつの言いようからして、幽世とハザマの世界はイコールじゃあないみたいだけど。
「えむりんから鱗粉が舞うのを知っているか?」
「うん。キラキラして綺麗だよな」
「あれな、純粋な魔力と似たようなもんだ」
「え、ええええ! 多少の魔力は感じたけど、ドラゴンのブレスとかと同じで魔力の力を使ったスキルの一つかと思ってたよ」
ドラゴンのブレス、マンティコアが空を飛び、コカトリスが石化光線を出す……などといったことに呪文や魔力構築は必要ない。
彼らの身体内部構造が魔力を利用して生み出しているんだ。
分かりやすいのが飛行するモンスターだな。ドラゴンの小さな翼で飛べるわけないし、翼さえなく飛行するモンスターもいるんだから。
「モンスターでもコアラでもお前ら人間でも、魔力の恩恵は何も魔法だけじゃないってことだ。えむりんの飛行もそうだしな」
俺の心を読んだかのようにコアラが補足してくれる。
ん?
「人間も?」
「そうだぜ。お前の恋人もそうだろ? 人間でも生来、魔力の恩恵を受けた力を持つ者はそこそこいる」
恋人? ええっと、コアラの知っている人間といえばモニカのことかな。
なるほど。彼女の細腕でとんでもない腕力を発揮するのは、生まれながらの体質か。
地球でも遺伝子の何とかで筋肉隆々の幼児とかいたりするし、この世界には魔力があるから、そういう特異体質の者が生まれても不思議じゃない。
つまり、モニカはナチュラルボーン怪力である。
筋肉は鍛えないと強靭にならないけど、魔力体質の場合は何もしなくても鍛えた人間以上の怪力を発揮するってことなのか。
「コアラもなのか?」
「おう、そうだぜ。俺はユーカリを食べると魔力も回復する」
そういやそんなことを言っていたな。
モニカの衝撃が大きすぎて、コアラの体質はふーん程度にしか感じなかった。
「ユーカリを食べたら回復するといっても、食べ物だから満腹になったら終わりだろ」
「終わりなどないのだ。果てしないユーカリ道にはなあ」
「やめろ、コアラ。そのセリフは何だかヤバい気がする」
「横道はこれくらいにして。えむりんなら、ひょいひょいと別世界でも行き来できるってことだ」
唐突に元に戻ったな。
俺が知りたいことなんだから、構わないんだけどさ……ついて行くのが大変だ。
「えむりんなら、ハザマの世界にも行けるってことなのか?」
「普通は無理だな。先ほど説明したように、えむりんの鱗粉で行けるのはあくまで『幽世』だけだ」
いつ説明したんだよ!
えっと、整理させてくれ。
えむりんの羽から出る鱗粉は幽世と現世を繋ぐゲートみたいなもんだ。
彼女は鱗粉を通じて幽世と現世を行き来している。んで、彼女の体質といえばいいのか体は、世界を渡るに適した作りになってて。
だああ。よくわからなくなってきた。
「要はハザマの世界への穴を開けてやれば、ハザマの世界に行けるってわけだな」
それなら、俺でもいけるんじゃねえのと思いつつもコアラへ確認するように問いかける。
「おう。えむりんならほんの僅かでも穴が開けば、ハザマの世界に行けるし戻ってこれる」
「穴が塞がっちゃったら戻ってこれないんじゃ?」
「いや、鱗粉はここと幽世を繋いでるわけだろ。現世にならどの世界からでも繋ぐことができる」
だあああ。また分からなくなってきた。
こんな時は理解を放棄するに限る。
「まず針の穴でもいいから穴を開けます。するとアリシアの状態をえむりんが見ることができます」
「おう。その通りだ」
「そして、状態が分かったら、大きな穴を開けてアリシアを引っ張り出すかなにかを考えればいいんだな」
「いや、違う」
違うのかよ!
「最後が違うのか?」
「おう。アリシアは引っ張り出さなくていい。お前、忘れてないか? えむりんの鱗粉のこと」
「お? 他人にも効果を及ぼすのか?」
「そうだぜ」
「素晴らしい! 最初からそう言えよ。てか、えむりんが来た時に教えてくれよ」
「寝てたし」
「……確かに……」
この件でコアラにどうこう言うのはお門違いってもんだよな。
アリシアほどちゃんとした穴を開けずとも彼女を救い出す方法があったのは、大きな前進だ。
針の穴ほどなら俺でも何とかなるんじゃないだろうか。
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