第37話 サンドイッチ
よっし、これで森に行く準備は完了かな。
「ニクの塗り薬よーし。ブッチャーナイフ……持ってる。籠とソリ……玄関前にある」
指さし確認をしていると、ニクが俺のズボンをがじがじと噛んでくる。
「ニク。どんぐりでも食べて待っててくれよ」
ニクの両前脚に手を通し持ち上げた。
相変わらず足腰に力を入れないニクは胴体から足先まででろーんと伸びる。
その時、俺の後ろ……キッチンのところにいたモニカのくすりとする声が聞こえた。
「ソウシ様が抱かれた時だけ、ニクはそんな反応をするのですね」
「え? そうなの?」
「はい。わたしが同じように抱き上げればくるっと丸まりますよ」
こいつ。俺の時だけ力を抜いているのか。
揺らしてみてもニクは一向に力を入れる様子はなく、ぶらーんぶらーんと揺れるままになっている。
「ソウシ様。こちらも準備が整いました」
キッチンの方へ首だけを向けると、モニカが両手の手の平に収まるくらいの藁で編んだバスケットを掲げていた。
「お昼の準備までありがとう」
「簡単なサンドイッチですが」
「簡単なものがいいんだって。お昼もあるし、楽しい探索になりそうだ」
「はい」
笑顔で頷きあったが、ニクは相変わらずでろーんとなっている。
ニクをボアイノシシのベッドに降ろして、顎を指先で撫でると噛みつかれそうになった。
こ、こいつめえ。
鼻をひくひくさせて知らんふりか。帰ったら覚えていろよ。
◇◇◇
森に入ってまず向かったのは二度訪れたことのある崖だった。
そうそう。この辺り。
「モニカ、あの横穴に入るぞ」
ぽっかりと口を開けた横穴を指さす。
横穴は人間が横に二人並んで入ることができるくらいの幅と高さがある。
あの穴の奥はちょっとした洞窟になっていて、岩塩がとれるんだ。
「はい。ソリはどうされますか?」
「外に置いて行こうか」
ソリを置き、腰につけたポーチから光石を取り出す。
中は暗いからな。
「ソウシ様。しばしお待ちください」
洞窟に入ろうとしたところで、モニカが前に出て人差し指をピンと立てる。
俺が立ち止まったことを確認した彼女は、横穴の方へ体を向け目を瞑った。
「モニカの名においてお願いいたします。風の精霊さん。風の流れを教えてください」
索敵か。
さすがモニカ抜け目がない。
彼女がいれば風の動きを読み、大きなモンスターや猛獣がいたら探知することができる。
俺には何も言わなかったが、ここまで歩いてくる間も彼女は風の動きを読んでくれていたはずだ。
こうして「洞窟の中」など指向性を持たせるには改めて風の精霊に願う必要がある。
「特に危険性はありません。もう一度、呪文を唱えますのでしばしお待ちを」
「うん」
モニカは一旦風の精霊魔法を解除し、再び風の精霊へ願いの言葉を唱える。
「モニカの名においてお願いいたします。風の精霊さん。周囲の風の流れを教えてください」
「ありがとう。モニカの索敵は助かるよ」
「ほとんど魔力を使いませんので、ご心配なくです」
「モニカにばかり任せちゃおけないな。念のため俺も」
二人ってことで抜けていた。
いつも危機感を持っていないと思わぬところで足をすくわれかねないからな。
油断大敵と心に刻みつつ、目を閉じる。
「総士の名において祈る。我が周囲に結界を」
自分とモニカを対象に聖魔法「結界」かけた。
自分一人の時より魔力を消費するけど微々たるものだ。
ただし、俺の場合、聖魔法の扱いがうまくないのでモニカと二メートル以上離れたら、モニカにかかった結界は効果を発揮しなくなる。
「感謝いたします」
「お互い様だよ」
胸に手を当て、会釈をするモニカに向け笑顔で右手をあげて応じた。
「それじゃあ進もう。俺が前に出るよ」
「承知いたしました」
洞窟は入り口こそ広いのだが、少し進むと前かがみにならなきゃいけないほど狭くなる。
二回目だし、今回はモニカがいることで気配をいちいち探りながら進む必要もない。
たぶん、初回に来た時の半分以下の時間で目的地まで到着できた。
「この奥だ。モニカに一度見せたいって言ってたところ」
「そうなのですか。森に入って真っ直ぐ進まれるから何事かと思いましたが……わたしの為に感動です」
「感動するのはこの先を見てからにして欲しいかな」
「はい。楽しみです」
「ほら、もうそこだ」
目の前に突然視界が開ける。
そこは学校の教室程度の空間が広がり、天井から外の光が差し込んでいた。
透明感のある水たまりに光が反射しキラキラと輝いている。
「素晴らしい景色です。こんなところにこれほどの美しい場所があるなんて驚きです」
「喜んでくれて嬉しいよ。この場所は一見の価値ありと思ってるんだ」
「おっしゃる通りです! 聖堂の中のような厳粛さまで感じます。魔法的な力は一切無いのに不思議ですね」
両手を胸の前で組み、その場で祈りを捧げるモニカ。
確かにここは祠のようにも思えてくる。
◇◇◇
特に何にも邪魔されることなく洞窟から出て来た。
熊とか猪なら大歓迎だったんだけど、真昼間にわざわざ洞窟の中には入ってこないか。
せっかくここまで来たので、ウォーターカッターで岩塩を採掘しソリに乗せる。
荒縄を掴み少しソリを引いてみると、背負うより断然力を入れずに動かすことができた。
悪路だと辛いけど、このソリは底面が薄い鉄板で補強されているから中々に丈夫なんだぜ。なので、多少の石なんかは強引に乗り越えることができる。
「ちょうど区切りだし、ここで少し休憩しようか」
「はい。早め早めの行動がよろしいかと思います」
ここだと木々に視界を邪魔されることもないし、崖を背にできるから丁度いい。
モニカがバスケットを出してくれて、肩がつくくらいの距離で隣同士に座った。
もちろんこれには理由がある。
俺は魔法の繊細な動きに慣れていないから、自分とモニカを護る時になるべく近くにいてくれた方がいいんだ。
できれば接触してくれていた方が望ましい。
手を繋ぐとか背中合わせになるとかね。触れていると「自分の延長として」認識できるから。
結界やモニカの風探知があるから、何かある前に気が付くとは思うけどさっき自分が結界で護ることさえ抜けていたことの反省より、警戒を怠らないようにと思ってね。
食べている時ってのが一番気が緩むんだ。だから、こうして最大限の護ることができる体勢をとるってわけなのだよ。
狭っ苦しいやり方だけど、モニカも不満そうにするわけでもなくむしろ上機嫌に見えたのでこれで良しだ。
彼女も警戒の必要性を感じていることなんだろう。
完璧メイドさんからお墨付きももらえたってことだよな?
「どうそ。ソウシ様」
「ありがとう」
サンドイッチを受け取り、さっそくもしゃり。
おお。肉がないけどこれはこれで。
タマネギとレタス、トマトか。コルドの粉をまぶしているのかな。
ドレッシングやマヨネーズとは味わいが異なるけど、これはこれで。
「うん、おいしい」
「はい」
口元だけに笑みを浮かべて小さく頷くモニカだったが、彼女の口元がすうっと引き締まる。
「……ソウシ様」
モニカの目線の先には大きな木。木の根元は藪で覆われその奥の様子は窺いしれない。
しかし、僅かに草の先が揺れた。
さて、獲物は何だろうか? うまい肉ならいいんだけどなあ。
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