第38話 獲物

 僅かに草が揺れただけだったから、獲物は何なんだろうと目を凝らして見ていたんだよ。

 そしたら。

 藪の中にいた何者かが、ぴょーんと一息で十メートルほど距離をつめて来やがったんだ。俺たちと藪までの距離は十五メートルほど。

 ひらりと華麗に着地したのはアマガエルだった。

 いや、アマガエルのようなカエルと言いなおそう。

 見た目はアマガエルそのものなんだが、サイズがやべえ。

 全長三メートルくらいはあるんじゃないだろうか。大きく開けた口の中からは長い舌が見える。

 あの口のサイズなら、人間を丸のみできるんじゃないかと思う。

 

 カエルってさ。

 咀嚼できないから、丸ごと口の中に入るものしか食べないんだよね。

 つまり――。

 俺たちも捕食対象ってことだああ。

 

 だけど大丈夫。

 魔法の準備はできている。

 

 目を閉じ集中に入ると、顔全体にぬめええとしたものが。

 

「ソウシ様!」


 モニカの悲鳴が耳に届く。

 目を開けるととんでもないもんが見えそうだから、目は開かない。


「総士の名において依頼する。水の精霊よ。刃となりて切り裂け、ウォーターカッター」


 地面から這い上がるように天に突き抜け、そこから勢いをつけて落ちてくるイメージ。

 ――スパーン。

 水の刃が浮き上がった直後、いい音が響く。

 お、ぬめぬめが顔から取れた。

 目を開くと、案の定、真っ赤な赤い舌が地面に転がっていた。

 あの位置から舌が届くのかよ。

 

「モニカ。大丈夫だ。そのまま見ていて」


 舌を切り裂き伸び上がった水の刃は、二十メートルほど空へあがったところで方向を変え落ちて来る。

 ――スパーン。

 水の刃が薄く広がり、アマガエルを縦に切り裂いた。

 哀れアマガエルは真っ二つに割れ、どおおんと地面に音を立てる。

 

「ソウシ様、お顔がベトベトです」

「なんか生臭い……ところでモニカ。カエルって食べることができるんだっけ?」

「はい。後ろ足なら」

「足だけかあ。大きさの割に実入りが少ないな」


 ブツブツ文句を言っているが、もちろん、屋敷に持ち帰るつもりだ。

 

「ソウシ様。まずはこの布で……いえ、ウォッシャーの方が良いかと」

「だな。何だかこう服の中にまでベトベトが」

「水もしたたる、とは言いますが、それではさすがに台無し……っつ!」


 困ったように眉を下げるモニカの表情が一変する。

 口をきゅっと結び、眉間に皺がよりそうなほど顔をしかめた。


「ソウシ様。何か来ます」


 モニカが俺に覆いかぶさり、そのままゴロンと俺を下にして地面に伏せる。

 次の瞬間。

 クエエエエエエエエエ――。

 

 鼓膜が破れそうになるほどの咆哮が空から響き渡った。

 この鳴き声……どこかで聞いたような。

 

 顔だけをあげると、空から物凄いスピードで巨体が滑空してくる。

 あ、あれは。グリフォンか。

 鷹の頭にライオンの体をもち、背中から体に倍する長さの翼が生えている巨大なモンスター。

 グリフォンは俺が知る中で空を飛ぶ危険モンスタートップ3に入る。

 残り二つは飛竜とマンティコアだ。

 グリフォンがやっかいなのは――スピード。

 

「総士の名において依頼する。水の精霊よ。氷となり我が身とモニカを護れ。アイスシールド」


 今度は逆に俺がモニカの前に出て、両手を前に掲げる。

 氷の盾が前方に出現するや否や、グリフォンが前脚でこちらを切り裂こうと突進し水の盾にぶつかった。

 ガガガガと鈍い音を立てるものの、氷の盾はグリフォンの爪を弾き返す。

 対するグリフォンは体勢を崩しよろめいたが、空中でくるりと一回転してこちらから背を向ける。

 

「え?」


 意外なグリフォンの行動に変な声が出た。

 グリフォンは見る間に距離を取り――。

 

「待て! それは俺があ!」


 二つに割れたカエルを左右の前脚の爪に引っかけ、そのまま飛び去って行く。

 

「あ、あいつ。今度見かけたら絶対始末してやる」

「ソウシ様。お怪我がなかっただけでも良しですよ」


 モニカが慰めてくれるが、ベッタベタになった服や顔といい踏んだり蹴ったりだよ……。

 

「総士の名において依頼する。水の精霊よ。我が身を清めよ。ウォッシャー」


 水の膜が俺を包み込み、あれやこれやと汚れを落としていく。

 ふう。

 とりあえず臭いも取れたようだな。

 

 手首を回し、その場でトントンとつま先を地面に打ち付けた。


「よし、気を取り直してサンドイッチの続きを」

「ソウシ様……ちょっと許せないことになってます」


 モニカが持ってきてくれたバスケットが倒れている。

 中からサンドイッチが飛び出し、地面に……べっとべとの地面に。

 生臭い。

 さすがの俺でもこいつはもう食べることができないぞ。


「やったのはカエルか」

「いえ。ソウシ様は精霊魔法で集中されていたので気が付かなかったかもしれません」

「犯人はカエルではない?」

「はい。ご説明いたします」


 俺がアイスシールドを前面に張った。

 グリフォンがぐわんと迫って来て、アイスシールドにぶち当たってこっちに襲い掛かるのをあきらめ、カエルを盗んで逃げる。

 だが、アイスシールドに弾かれたとはいえ、グリフォンの攻撃はなかなかすさまじかったのだそうだ。

 振るった爪の風圧の範囲は広く、アイスシールドより外側にも風が舞った。

 その風がバスケットを倒し、今に至る。

 

「あ、あの野郎。カエルだけじゃあなくサンドイッチまで。モニカが作ってくれたのに」


 ぎりりと歯を食いしばり、ぎゅううっと手を握りしめた。

 今度会った時はと思っていたが、このまま捨て置けるものか。

 

「モニカ。今夜は焼き鳥を食べたくないか?」

「カエルの脚は鳥に似た味わいらしいですよ」


 気が合うじゃないか。

 カエルまでとはモニカの方が俺より上手だな。

 さすがだぜ。


「悪くない。風の精霊術で気配を感知できないか?」

「既に準備は整っております。逃げ帰る時に目印をつけておきましたので」

「お、おおお!」


 抜け目ない。俺はあっさりと見逃していたというのに。


「目印なしですと、数百メートルほどが限界です」

「目印ありなら?」

「数十キロは問題ありません。ご安心ください。犯人は既に飛ぶことをやめ巣に戻っているようです」


 よおし。

 

「ソリは置いて行こう。あとから回収すればいい」

「はい。ですが、ここですとアイスシールドでの移動は難しいかと」

「だなあ。いや。手はある。魔力を消費するけど、まだまだ大丈夫だ」

「楽しみです! ソウシ様がどのような手を使われるのか胸が高鳴ります」


 胸の前に手を当て、おおきく息を吸い込むモニカなのであった。


「ざっくりとどっちの方向になる?」

「あちらです」


 モニカは体の向きを俺から見て右側に変え、指をさす。

 崖のエリアではなく、深い森の方向か。

 丁度いい。

 

「まずは木に登ろう。木登りは大丈夫?」

「……多少お手伝い頂ければ」


 さすがの彼女でも木登りなんてやったことないだろうなあ……。

 それでも「できない」とは言わない彼女がいじらしい。

 引っ張り上げるか、後ろから押すかで何とかなるだろ。たぶん。

 登りさえしてしまえば、あとはどうとでもなる。


「それじゃあ、あの木のところまで行こう」

「承知いたしました」


 モニカの手を引き、太い木の下に向かう。


※なろうで少しだけ先行しております。そのうちこちらも追いつく予定です!

 ガンガン投稿していきますので、今後ともよろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る