第36話 メイド服

 翌朝――。

 

「お、おお。良くなってきたな。ニク」


 あぐらをかき、膝の上に乗ったニクの首元を覗き込むと、産毛が生えてきているのが見て取れた。


「ソウシ様、パンが焼けました」

 

 窯から丸パンを出し、モニカがこちらに微笑みかけてくる。


「毎朝ありがとう。今日は食糧の備蓄を増やそうか」

「承知いたしました」


 できたてホクホクのパンをほうばったら――。


「熱っ!」

「ソウシ様、お水を」


 あまりの熱さに吹き出しそうになるが、勿体ない。絶対にそのまま咀嚼してやるぜ。

 モニカがささっと水が入ったコップを俺の口元に寄せてくる。

 そのままコップに口をつけ、ごくごくと。

 

「ふう。ありがとう」

「いえ」


 くすりと笑うモニカに対し、頭の後ろをかく。

 

「ちょっと子供っぽ過ぎたかな」

「そういうところも素敵です」


 なんてにこやかな笑みを浮かべて言うものだから困ってしまう。

 塩コショウを振って薄く切った香ばしく焼けたボアイノシシの肉にレタスとキュウリを加え、パンに挟む。

 レタスとキュウリの冷たさでちょうどいい具合にパンが冷えているぞ。


「おいしい」

「はい」


 朝のノンビリしたひと時が終わると、モニカと一緒に畑に出る。

 

「小麦をたくさんと前々から作りたかったものがあって」

「何でしょうか?」

「大豆から豆乳を作りたいと思っていて。牛乳の代わりにさ」

「素敵です。豆乳の作り方は心得ておりますのでご安心を」

「モニカは何でも知っているなあ」

「そのようなことはございません。身の回りのお世話とお料理は一通りできるように学びましたので」


 いつものメイド服姿のモニカは、慣れた手つきでお腹の辺りに両手を添え会釈を行う。

 この世界の侍女は半端ねえな。

 なんでも素材から作ってしまう。


「ひょっとしてコルドやガルムなんかも作れちゃうの?」

「はい。ソウシ様がお好きだったカレーもスパイスがあれば可能です」

「ほ、本当に!? スパイスかフレージュ村で片っ端から種を買ってきたからそれでいけるかな」

「恐らく……揃っているのではないかと」

「よ、よし。陸稲もある。精米ってどうやるんだっけか」

「ソウシ様、まずは小麦と大豆のご準備をお願いいたします」

「だな。一歩一歩ゆっくりと」


 いずれカレーライスが食べられることを夢見て頑張るとするか。

 最初に比べたら随分と生活が豊かになったもんだ。毎朝、焼き立てのパンが食べられるとか来た頃には思いもよらなかった。


 小麦と大豆の種をモニカと一緒に撒いて……と。

 

「総士の名において祈る。元気に育ちますように。ヒール」


 畑全体にヒールの癒しが降り注ぎ、緑の芽が出て来たかと思うとあっという間に収穫時期となる。

 フレージュ村で買ってきた草刈り鎌を使って収穫したら作業速度が二倍以上になったんだ。やっぱすげえな道具ってやつは。

 

 屋敷に戻り、キッチンで取り出したるは寸胴である。

 やろうとしていることは豆乳作りだ。

 収穫したばかりの大豆がここにある。


「ウォッシャーで大豆を洗浄すればいいかな?」

「はい。洗った後、その鍋に大豆を入れて水をはってください」


 隣に立つモニカに目配せし、手順を尋ねるとすぐに答えが返ってきた。


「了解」


 モニカに言われた通りに水の精霊魔法「ウォッシャー」で綺麗に洗浄してから、クリエイトウォーターで水を注ぐ。


「これでいいのかな」

「はい。このまま放置しておき、明日の朝に豆乳作りをしましょう」

「すぐにはできないんだな」

「はい。大豆に水を吸わせねばなりません」

「了解! じゃあ次は粉ひきだ」


 水を張った寸胴を床に置き蓋をする。

 

 二階へ続く階段を登りながら、ふとあることが思いつく。

 ん、豆乳……豆乳……豆乳に膜が張ったものが湯葉とかそんなんだったよな。てことは、豆腐もできちゃうかも?


「モニカ、豆乳って液体だよな」


 後ろを進むモニカに前を向いたまま声をかける。

 

「はい」

「豆乳って水と大豆で出来ていると思うんだけど、水の量を減らしたら塊になる?」

「なります。なかなかおいしいのですよ。そのままガルムをかけて食べるも良し、鍋に入れて煮込みにつかうも良しです」

「お、おお。レストランとかでは余り見かけないんだけど」

「そうですね。豆乳より牛乳の方がお安く売っておりますので、大豆から作るのも手間ですし」


 お、おお。豆腐も作っちゃおう。

 大豆の育成なら任せてくれ。いくらでもヒールしてやるからな。ははは。

 なんて喋っていたら、作業部屋に到着した。

 

 この後、粉ひきに没頭して畑で作った小麦を全て小麦粉にしたが、まだまだ夕方まで時間があったので再度畑に向かう。

 二度目は魔力量に余裕もあったので、草刈り鎌を使わずウォーターカッターでさくっと刈り取りを行ったんだ。

 やっぱり精霊魔法でやると速さが段違いだ。なにしろ数十秒で全ての小麦が刈れちゃうんだもの。あとは拾うだけ。

 

「ふう。これで当面粉ひきはせずに済みそうだな」

「はい。お疲れさまでした」

「モニカも」


 二人揃って首を回し、んーっと大きく伸びをする。

 いやあゆっくりとした日を過ごしたなあ。

 こんな感じで生活が続いていくといいな。

 

 ところが、この日の晩、事件が起きる。


「ソウシ様、ボアイノシシの肉はこれで最後です」

「な、何だと……」

 

 ボアイノシシのステーキをフォークで突き刺していた手が止まってしまった。


「明日、森へ行こう。ソリも持って」

「承知いたしました。ニクはどうされます?」

「ニクは置いていく。朝に出て日が暮れるまでには戻るつもりだし。朝晩ちゃんと薬草を塗っていれば大丈夫だろ」

「はい。わたしもそう思います」


 肉がないとなると死活問題だ。

 ボアイノシシはそれなりに巨体だったから、まだまだ肉があると思っていた。

 ついでに森の探索も進めるとしよう。小川や湖があれば魚も獲れるからな……。

 魚を獲るのは大得意だ。水の精霊魔法使いの威力を見せてやることができるのだ。ははははは。

 ……湖があったらね……。

 

「そうそう、モニカ」

「はい」

「明日はフレージュ村で買ってきた服を着てくれよ。メイド服で森に入るとスカートが引っかかりそうだし」

「ソウシ様はメイド服がお嫌いなのですか?」


 食事の手をとめ、じっと俺を見つめてくるモニカ。


「いや、そういうわけじゃあなくて……」

「お嫌いなのですか?」

「メイド服はモニカに似合っていると思うよ」

「安心いたしました。ソウシ様がこの服をお嫌いなのかと」

「普段はそれでいいんだけど、森や山に行くときは動きやすく、引っかけ辛いものがいい」

「承知いたしました」


 ようやく食事を再開するモニカにホッと胸を撫でおろす。

 いや、このパターンだと。まだ足りないな。

 

「フレージュ村で買った服もモニカに似合ってると思っているからな」

「……はい」


 今度はうつむいてしまったよ……余計なことを言っちゃったかなあ。

 お尻をこれでもかとふりふりさせて餌をねだるニクに大麦を与えつつ、頭をかく俺であった。

 

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