第33話 服屋さん

「今晩はこの村で泊って行こうと思うの。どうかな?」

「賛成です。ニクの容体が安定しない場合、獣医さんにすぐに診せに行くことができますし」


 薬を塗り始めてからニクは患部を擦りつける仕草を見せなくなっている。

 傷口はヒールで癒しておいたし、おそらくこのまま薬を塗り続ければ完治すると思う。

 だけど、万が一ってこともあるしさ。

 

「他にもやりたいことがあるの。お金も入ったし、お店に行きたいな」

「よいのですか? 何事も自作したいのではと思っておりました」


 お店と言ってすぐに察しがつくモニカはさすがだな。

 うん。廃村で生活していくにいろいろ買い込みたいものがある。

 当初、他の村に行く予定なんて無かったから全部自分とモニカで作るつもりだったんだけど、村に来たとなれば話は別だ。

 俺は何も自給自足生活をしたいわけじゃあない。

 既製品が手に入るのなら、購入して持ち替えればいいと思っている。

 ……といっても、持てる量に限りがあるけどね。

 いや、待てよ。

 

「まずは換金に行きましょう」

「はい。お供します」


 宝石店はないかなあ。魔道具屋でもいい。

 大通りで尋ねたらすぐに場所が分かった。聞いてから気が付いたのだけど、獣医に聞けばよかったよな。

 ま、まあ見つかったから良しとしよう。

 

 親指の先ほどの大きさがあるルビーとサファイアを換金すると結構なお金になった。

 これと獣医からもらった謝礼を合わせて今度は厩舎に向かう。

 

「馬車とロバを購入したいのですが」

「幾つかありますがどれになさいますか?」


 厩舎側にいた従業員らしき若い男を捕まえて尋ねてみたらトントン拍子に話が進む。

 ルビー一個分の値段で二人乗りの馬車とロバ一頭を手に入れることができた。

 それほど荷物は乗らないけど、手で運ぶよりは断然良い。

 

 この後、荷物を乗せて引っ張ることができる木製のソリや、飼い葉の種を始め目に付いた種を全部購入して行く。

 買いそろえているとあっという間に馬車に入る許容量になってしまった。

 だけど、もう一ついや二つ、買いたいものがあるんだよな。

 

「ここは?」

「服屋よ」


 ショーウィンドウに飾られている衣類に目を輝かせるモニカ。

 「フレージュテイラーショップ」と描かれた小さな看板と、洒落た金色のドアノブがついた木の扉が特徴的だ。

 扉をくぐるとカランコロンと鈴の音が響く。

 

 中は思ったより狭い。

 奥にカウンターがあって、右側の壁には布が巻物状に巻かれたロールが立てかけれている。

 中央に腰ほどの高さの台座があって、そこには所狭しと服が並べられていた。

 左側はコートやローブといった長い裾のものがハンガーにかけられギッシリと詰まっている。

 

「好きな布を……そうね。三本くらいなら入るよね」

「わたしが選んでいいのですか?」

「うん。モニカのためにと思って来たんだもの」

「ありがとうございます。染料まで準備するのはまだまだかかりそうでしたので」


 そこで「できない」と言わず「時間がかかる」と言うのがモニカらしい。

 くすりとしつつ、彼女と並んで布に指先で触れる。

 モニカはすぐに紺色、淡いピンク、黄色の布の巻物に決めた。

 

「それでいいの?」

「はい。いろんな色があり目移りしますが、使いやすいもので」

「うん」


 そこでようやく店員が奥から顔を出す。

 店員は六十歳過ぎくらいの真っ白な髪をした女性だった。


「あら、可愛らしいお客さんだこと。その布が欲しいのかい?」

「はい。あと、服も欲しいんですが見てもいいですか?」

「どうぞどうぞ。着てみてもいいからね。言っとくれよ」

「ありがとうございます」


 なんだか懐かしさを覚えるおばあさんだな。

 こう、田舎の軒先でお茶を楽しむ的な雰囲気にピッタリと言えばいいのか。 

 

「モニカ、選んでくれない? 私は服のことがよくわからなくて」

「ソーニャ様のお召し物ですか! 喜んで選ばせて頂きます」


 うん。鼻っから男物を選ぶつもりがないことは分かった。

 モニカがまず物色し出したのはスカートからだったのだもの。

 でも、それで丁度いい。

 彼女が選んだのは首元が白で他が赤色のブラウスとクリーム色のふんわりとしたスカートだった。

 うん、可愛いじゃないか。

 

「少し大きいかもしれないね」

「いえ、バッチリですよ。わたしがソーニャ様のサイズを間違えるはずがありません」

「ううん。モニカには少し大きいでしょ?」

「わ、わたしにですか?」

「うん。いつも頑張ってくれているし、ご褒美だと思ってね」


 おばあさんに頼み、服のサイズを調整できないか尋ねると明日の朝までの調整してくれることになった。


「とても嬉しいです。ですが、ソーニャ様にもお召し物を」

「私のはモニカが仕立ててくれるって思って。モニカは自分の服より私のばかりを作っちゃいそうだしね」


 ペロリと舌を出すと、モニカは両手をブルブルと震わせて「ありがとうございます」と呟く。


「それでは、おばあさん、また明日来ます」

「はいはい。可愛らしいお嬢さん、また明日ね」


 手を振って、モニカの手を引き店の外に出る。

 外に出るとすっかり夜のとばりが下りていた。

 

「馬車に荷物を置いてから夕ご飯にしない?」

「はい」


 バックパック(と中に埋まっているニク)は安全のため持ち歩いたままだ。

 だけど、追加で買った布の巻物は馬車に置いちゃっても問題ない。何より嵩張るし……。

 

 荷物を置いた後、スキンヘッドのマスターがいる店を訪れる。

 昨日座ったカウンターと同じ席に座ったら、こちらが声をかけるより早くマスターが「いよお」と右腕を上げた。

 

「お手柄だったそうじゃねえか」


 彼の言う「お手柄」とは、ペタンの葉っぱのことだとすぐに分かる。

 それ以外に手柄と言えるものもないしね!

 

「たまたま見つかっただけです」

「ははは。謙遜するところがまた可愛らしいねえ。今日は食べていくのかい?」

「はい。もうお腹がペコペコで」

「よおっし。分かった。今晩は村の英雄たるお嬢さんたちにご馳走しよう」

「ありがとうございます」


 モニカがお金の入った小袋を出そうと懐をゴソゴソしていたら、マスターが「おいおい」と大げさに肩を竦める。

 

「今日は俺のおごりだ。じゃんじゃん食ってくれよ!」

「剛毅ですね。ありがたく頂かせていただきます」

「いいってことよ。俺にも小さな娘がいるんだ。ありがてえこった」


 ガハハと豪快に笑いながらもマスターは手を止めずテキパキと料理を出してくれた。

 どんどん出される料理にドギマギしながらも、がっつがっつ食べていく。

 も、もう食べれない。

 

「いい食いっぷりだったな。赤毛のお嬢さん。そちらの金髪のお嬢さんはメイド服だけに上品だったな」

「おいしくてつい……」


 お上品さなんてどこ吹く風だったよ。

 うん、口元がベタベタになっているさ。ナプキンで口を拭うと、こんなにかと驚くほどソースがナプキンに付着していた。

 

「ご一緒していいかな?」


 食後のミルクがコトリとカウンターに置かれた時、スイから声をかけられる。

 お、今来たばかりなのかな。


「もちろん。どうぞ」

「マスター。オススメを一つとライムジュースを」


 昨日と同じ席に腰かけたスイは慣れた様子でマスターに注文を行う。

 この店に来た目的は彼女だったんだ。会えてよかったよ。


「食事の後、少し落ち着いたところでお話しがしたいの、いいかな?」

「それはなかなか興味深いね。秘密のお話しかい?」

「うん、ちょっとだけ秘密にしたいなって」

「了解だ。マスター、後で奥の部屋を借りていいかな」


 スイがマスターに問いかけると、彼はすぐに反応を返す。


「あいよ。今日は誰も使わねえからゆっくりしてって大丈夫だぜ」


 お、ちょうどいい部屋があるのか。

 商談とかする時って、オフィスなんてないからマスターの店とか飲食店でも商談ルームみたいなところを用意しているのかな。

 

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