第32話 一件落着?
移動中はスピードが速すぎてモニカと会話できないでいた。
彼女に事情を説明しておきたかったんだが……。
お、そろそろかな。これだけ進めばだいたい目的地点だろう。
「風を止めてくれ」とモニカに手で合図を送る。
すると風が弱まり絶妙の匙加減で減速して行く。
さすがモニカだ。もう加速と減速をマスターしているんだな。何事もなく止まることができた。
すぐにアイスシールドを解除し、モニカへ目を向ける。
「ここから街道を外れ少し歩こう。木々があってここから見えない場所がいいな」
「承知しました」
モニカはお腹の辺りに両手を添え、会釈を行う。
「歩きながら、説明するよ」
「ソーニャ様。口調が戻られております」
「こ、ここなら平気なんじゃ?」
「いえ。この先に馬車で二日ほど進みますとカンパーニャの街があります」
「街か……」
街から村への交通量はそう多くはないだろうけど、村とはいえフレージュ村の人口を考えると全く人が通らないってことはないか。
「ソーニャ様、お気になさらず。わたしに説明されずともソーニャ様の行うことに何ら疑問を抱いておりません」
全幅の信頼を預けてくれるのは嬉しいんだけど、そうも言っていられない。
モニカだって説明することもあるかもしれないしさ。
「嘘というのは事実の中に嘘を混ぜるのが効果的なの」
「そういうものなのですね」
「うん。それでね、モニカ。フレージュ村の周囲には『もうペタンが自生していない』とスイも言っていたよね」
「はい。おっしゃっておりました」
「私があのままペタンを量産していたら、どうなると思う?」
「そうですね。ソーニャ様の偉大なるお力が噂になると考えます」
うん。モニカならそう言うと思ったよ。
あくまでこれは可能性の一つだ。俺たちがペタンの葉を大量に持ち帰ったら、その出どころは必ず聞かれる。
その時に村の周囲から拾ってきたと伝えても、さんざ探し回った者はスイだけではないだろう。
となればだな、俺たちが「本当はどこからペタンの葉を採集してきたのか」探ってくる者が出て来る。
付け回されたりしたら面倒だし、目立たぬことこそ最善。だけど、フレージュ村には薬草を届けたい。
「――とまあ考えたわけなの」
「それでここまで来たわけですか。東に来たのも風が西から東へ吹いていたからですか?」
「うん。ペタンの白い綿毛を見たでしょう?」
「はい! あれに種がついているのですよね」
「うん。だから、採り尽くされる前に風で飛んで行った種が、この辺りに落ちて芽が出たというわけなの」
「承知いたしました! ソーニャ様の慧眼、恐れ入ります」
頬を紅潮させ、両手を胸の前で握るモニカ。
「よし、この辺でいいかな」
「はい。ここからですと木々と高い藪が遮蔽物となりますので丁度良いかと」
「街道を通る人たちはまさかこの藪の中に……と思ってくれるよね」
「はい。ここは街道の途中ですし、朝からフレージュ村を出発しても日が暮れるまでには僅かばかり到達できません」
「つまり、野営地にもならず、素通りされると」
「ご認識の通りです」
さてとお。
取り出したるは白いボンボン……ペタンの種だ。
指先で白い綿を摘まみ、地面にバラバラと撒く。
今回は特に範囲を絞ることなくいつも通りに行くぜ。
「総士の名において祈る。元気に育ちますように。ヒール」
一部雑草が混じるがペタンがどんどん生育していき、白いボンボンを実らせる。
白いボンボンを回収し、一部をばら撒き再度ヒールをかけた。
見る間にペタンの群生地が広がっていく。
都合四回ヒールをかけたところで一息ついた。
「こんなものかな」
「少々やりすぎだったかもしれません……」
モニカの言うように確かに頑張り過ぎたかもしれん。
一部雑草が混じっているけどほぼペタンで埋まっている群生地のサイズは五十メートル四方もある。
「ランバード村でもペタンを育てるつもりだから、種を持って帰るね」
「はい。わたしがお持ちします」
「フレージュ村に持って帰る分はこの袋に入るくらいでもいいかな?」
袋は背負う籠の中に入れていたあの麻袋を持ってきたんだ。
これだけあれば、数ヶ月は大丈夫なんじゃあないか? 俺は医者じゃあないから、一人の患者にどれだけのペタンの葉を使うのか分からないけど。
でも、ニクに煎じた薬草の量から察するに、この袋一杯あれば事足りるんじゃあないかと思う。
すでにバックパックを背負っているから、こいつを背負うことはできない。
重さが心配だけど、まあ草だし持てるだろ。
「お任せいたします」
「うん」
ペタンの群生地が広すぎて、四分の一も回収できないうちに持ってきた袋が満タンになる。
草だと甘くみていたが、結構な重さだ……。
「採集した分は元に戻しておこうかな」
念のためだ。ヒールをもう一発かましておこう。
結果、回収した以上にペタンの群生地が広がることとなった。
「それじゃあ、戻ろっか」
「はい」
街道まで戻ったところで、忘れていたことを思い出す。
リュックをその場で降ろし、ゴソゴソと中を物色する。
これでいいか。
野外用の金属製のコップをぽおいと街道脇に放り投げる。
草に紛れ込むように金属製のカップが地面に転がった。
「うん、これで」
「それは?」
「万が一の時のための目印用よ。注意深く探さないと見つからないとこがポイントなの」
片目をつぶりおどけて見せる。
◇◇◇
フレージュ村に戻ると、大騒ぎになった。
門番の人が大きな袋を前抱きにしていた俺に尋ねたことをきっかけにして、どんどん噂が広まってしまってね。
獣医のところに行った頃には、彼が既に事の次第を知っていたくらいだった。
「これで足りますか?」
ドシンと床に袋を置く。重たかったああ。
「これだけあれば、これ以上病が大流行したとしても三ヶ月はもちます。これを一体どこで……」
獣医は喜びに顔を綻ばせながらも、不思議そうに首を捻っている。
「モニカは風の精霊魔法を使えるんです。採り尽くされた群生地まで行って、風を読んだんですよ」
「綿毛が飛ぶ方向を探しに行ったというわけですか」
「はい。距離はありましたが、幸いにも別の場所に群生地を発見しました。それを持ち帰ったというわけです」
「素晴らしい! 本当に感謝いたします。これは買い取らせて頂いてもよろしいですか?」
「はい。ニクの分は確保しておりますので、買い取って頂けますと私も潤います」
「君たちが来てくれて本当に助かったよ」
獣医とかたい握手を交わす。
肩を震わせて、本当に彼が喜んでいる様子が見て取れて俺も嬉しくなってくる。
廃村で暮らしていくと決めた俺だけど、やっぱり人が喜ぶ姿を見るのはいいものだ。
今回は自分がお手伝いできそうなことだから、お手伝いしたまで。
積極的に困っている人を探しに行く……なんてことは今後もするつもりはない。
だけど、目に見えるところに困っている人がいて、俺に何とかできそうなら協力するのもやぶさかではないんだ。
でも、あくまで俺の今の生活に支障を及ぼさないって前提があってこそだけどね。
獣医から謝礼の入った小袋を受け取り、診療所を後にする。
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