第31話 ペタンの葉さがし
「お嬢さん、もう少し大きくなってからここに来るんだな。それともミルクでも飲むかい?」
壮年の男は愉快そうに右手を自分のスキンヘッドの頭へ置き、ペタンと叩く。
胸を見ながら言わないでくれるか……。
胸が膨らむわけねえだろ!
「うん。ミルクを。こっちの子にはオレンジジュースでも」
内心などおくびにも出さず、ストンとカウンター席に腰かける。
「物おじしないその態度。気に入ったぜお嬢さん。ミルクとオレンジジュースは俺からのサービスだ。さっきの詫びだと思ってくれ」
「ありがとう」
ミルクとオレンジジュースを俺とモニカの前にそれぞれ置くスキンヘッドの男、もとい酒場のマスター。
さっそくミルクに口をつける。
うーん。やっぱり牛乳はよい。廃村じゃあ牛もいないから飲めないものな。
もし牛を連れて帰ることができたとしても、飼育のノウハウなんて無いから無理だ。
こうして牛乳を飲めるだけでも、フレージュ村に来た甲斐があるってもんだよ。
「マスターさん、ペタンの葉って知ってる?」
「おう。採集に行く奴から聞いたことがある。結構いい値段で売れるらしいぞ。お嬢さんもその口かい?」
「この街の獣医さんがペタンの葉が不足しているって言っててね。それで、儲け話になるかなって思ったの」
「んー。ちょいと難しいかもしれんなあ。お。ちょうどいいところに。スイ」
マスターがカウンターの一番端っ子で飲んでいる獣人の少女を呼ぶ。
俺と同じくらいの子かなあ。
明るい茶色の髪をした肩口くらいまでのショートカットで、黄色のヘアバンドの両側から虎柄の猫耳が見えている。
ノースリーブの胸だけを覆う革鎧を身に着けているし、冒険者か何かなのかな?
「静かに飲んでいるのに邪魔しないでくれないか。マスター」
「お前さん、ずっとライムジュースじゃねえかよ」
「ボクの勝手だろ?」
猫耳をぴこぴこさせながら大仰に肩を竦める少女だったが、耳が気になって仕方ない。
獣人という種族がいるのはもちろん知っているし、見た事はある。
だけど、獣人がいたとしても公務以外で会話なんてしたことがなかったんだよな。
公務の時は自分に必死で周りを見る余裕なんて無かったから。
「こっちの可愛らしいお嬢さん方がペタンの葉について聞きたいんだとよ」
「一杯奢ってくれたら構わないよ。男なら嫌だけど女の子ならいいさ」
男だけどいいのかなあ……。
迷っていたら、モニカがカウンターに銅貨を三枚ぱちりと置く。
「ライムジュースでいいのか? スイ」
「それで。赤毛の子の隣に置いてもらえるかな?」
「あいよ」
猫耳少女スイが俺の左隣に座る。右隣がモニカだ。
「近くで見るとますます可愛いね」
スイが座るなり変な事を言うから吹き出しそうになった。
お前どこのおっさんだよなんて内心思うが、微笑みを返しておく。
「さっそくでごめんね。ペタンの葉について教えて欲しいの」
「ペタンの葉は採り尽くされていてね。二ヶ月は待たないと採取は難しいよ」
スイもまた獣医と同じ意見を述べた。
実際に採集しに行っている彼女が言うのだから、本当にペタンの葉を採取することは難しいのだろう。
だけど、そこは問題じゃあない。
「どのあたりで採取できたのか教えてもらえないかな? もちろん、謝礼は渡すよ」
「そんな事かい。村の南側から出てすぐに丘があってね。丘の上を探せばすぐ分かるさ」
「ありがとう。みんなが採集しているから、その跡で分かるってこと?」
「その通りだよ」
すぐ近くにあるのか。
たぶん一番近くて有名な採集ポイントなんだろうな。
本気で探すなら、もっと遠くへ行かないとならなんだろうけど、既にそこも彼女みたいな冒険者に採取され尽くしているだろう。
探す気もないんだけどね。
「モニカ、お腹空いてない?」
「お昼が遅い時間でしたので、わたしは平気です」
「私も、かな。軽食を屋台で買うくらいでいい?」
「はい。ソーニャ様の御心のままに」
よっし。聞きたい情報も聞けたし。
牛乳の残りを一気に飲み干し、コトンとコップを置く。
「マスターさん、スイさん。ありがとう」
ペコリと二人に向けてお辞儀をする。
俺に合わせるようにモニカもまた頭を下げた。
◇◇◇
「ごめんね。モニカ。疲れているところ」
「いえ、わたしは平気です。ソーニャ様こそ大事ないですか?」
「うん。私は平気だよ」
あの後、丸パンにレタスと肉を挟んだハンバーガーみたいなものを購入してから村を出たんだ。
向かうはスイから聞いた丘の上だ。
光石が中に入ったランタンを持って、ゆっくりと目的地に向かう。
聞いていた通り、村の南側から外に出るとすぐに丘が確認できた。
丘の上に登ると、スイの言う通りすぐにどこにペタンが自生していたのか分かる。
ペタンを根っこごと引き抜いた後がそこらかしこにあるのだから。
なるべく引き抜いた後が密集しているところはどこかな……うん、この辺でいいか。
腰を降ろし、そのまま目を閉じる。
範囲が広くならないように、注意して――。
「総士の名において祈る。元気に育ちますように。ヒール」
祈りに応じ、大地にヒールの力が注ぎ込まれる。
「ソーニャ様! いろんな芽が出てきます!」
「ペタンがあればいいんだけど」
これだけ雑草が生えていれば、地面の中には雑草の元になる種やらが含まれて当然だ。
ペタンがタンポポと似ているのなら、風に乗れなかった綿毛の種子が近くに落ちていても不思議じゃあないだろ?
「あったね。モニカ。ペタンが」
「確かに、葉の形がペタンです」
見慣れた白いボンボンが五本確認できた。
ボンボンはこっちの袋に入れて、葉っぱはモニカの持つ袋に入れる。
「モニカ、風の精霊魔法で風向きを調べてもらえるかな?」
「承知いたしました。モニカの名においてお願いいたします。風の精霊さん。吹く風の方向を教えてください」
風の精霊魔法の中でも基本中の基本。風を感じとる精霊魔法をモニカが唱える。
指先を濡らして指を立てれば風向きくらい分かるんだけど、風の精霊魔法を使えばもう少し遠くの距離まで把握することができるんだ。
「ソーニャ様。この辺りの風は西から東へ流れているようです」
「ありがとう。このまま移動したいところなんだけど、夜間だと足元が見えないのよね」
「ナイトサイトの魔道具があればよかったのですが、残念ながら持ち合わせがございません」
「仕方ない。朝まで待ちましょっか」
そのまま野宿してもよかったんだけど、モニカがいるし宿に泊まることにしようか。
彼女の持ってきたお金を使うんだけどね……。明日村に戻ったら宝石を換金しなきゃだな。うん。
翌朝――。
異世界にありがちなお風呂できゃっきゃみたいなイベントもなく、ツインルームで一夜を明かした、
宿で朝食を食べてからさっそく村を出る。
「総士の名において依頼する。水の精霊よ。氷となり我が身とモニカを護れ。アイスシールド」
モニカと俺の足元に氷の板が出現した。
「ソーニャ様、どちらへ?」
「東の方向へ馬で一日分と少し進みましょ。この街道を真っ直ぐに、ね」
村の南口を出たところから、東西南へ街道が伸びている。
目指すは東方向だ。そう、風の流れる方向と同じ。
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