第30話 病名
通りから一本裏手に入ったところで、オープンテラス付きの小さなレストランを発見しそこに入ることにした。
店先に観葉植物が並べられていて、小さな村でもおしゃれな雰囲気の店があるんだなあと感心する。
店内はテーブル席が四、カウンターに五人ほど席が用意されていた。
時間が時間だけに店内にお客さんの姿は見えない。
こじんまりとしていて、ところどころに木でできたオブジェを置いてあったりと喫茶店感覚で通いたくなる店だ。
店に入るとすぐに30代前半くらいのオレンジ色の髪をした女性が奥から出てきて元気よく「いらっしゃいませー」と俺たちを迎え入れてくれた。
「どの席でもどうぞ」
女性は人好きのする笑顔を浮かべつつ、左右の席へ交互に目を向ける。
「奥の席でいいかな?」
「はい。わたしはどちらでも構いません」
入口から一番遠い席に腰かけ、対面にモニカが座った。
「お姉さん、オススメをください」
「お昼ですか?」
「はい。食べ損ねてしまいまして、この時間になっちゃいました」
「すぐに食事をお持ちしますね!」
カウンターの奥にキッチンがあるのかな。女性がカウンターの奥に向け「オススメ二丁」と注文を伝えていた。
注文を受けたコックさんが「あいよー」と野太い声で返す。コックさんは男の人なんだな。
声から年齢を推測することはできないけど、老年ではないと分かる。
「鶏肉のシチューと大根サラダ、パンになります」
お盆に料理を乗せて女性が戻ってきたが、一回では持ちきれないのかコックさんも一緒にやって来た。
コックさんは女性と同じくらいの歳に見えるお腹がふっくらとした髭もじゃの男だ。
「ありがとうございます」
モニカの言葉に合わせ、俺も頭を下げる。
料理を置いた後、女性がコックさんを肘で突っつく。
「ちょっとあんた、鼻の下を伸ばしすぎだよ」
「お前が超綺麗な子が二人もとかいうから、見にきたんじゃないか」
この二人は夫婦なのかな?
仲がよさそうでなによりだ。
こちらに興味を持ってくれているなら丁度いい。
「あの、すいません」
「はい」
コックさんを押しのけて、女性が前に出る。
「この辺りで獣医さんていますか? この子の治療をしたくて」
リュックから顔を出し、つぶらなお目目で鼻をひくひくさせているアンゴラネズミのニクへ顔を向ける。
「可愛い子はペットも可愛いんですね。そこの角を右手に行って三軒目が獣医ですよ」
「ありがとうございます!」
立ち上がってペコリとお辞儀をすると、何故かコックさんの方が後ろ頭をかき会釈をしてくれた。
「やはり、ソーニャ様の可憐さにはどんな方も……」
グッと拳を握りしめているモニカだが、ばっちりと俺に見られているぞ……。
気が付かないフリをし、シチューに口をつける。
お、おおお。久しぶりに食べる牛乳とバターの味わいに口元が緩む。
「おいしい」
「はい。ソーニャ様」
大根サラダもシャキシャキでゴマとガルムを合わせたドレッシングとよく合っている。
◇◇◇
レストランで教えてもらった獣医のところを訪れるとすぐにニクを診断してくれた。
「ネズミカビ病ですね」
髭に白い物が交じり始めた獣医が柔和な顔で片眼鏡をあげる。
「治療できそうですか?」
「塗り薬を一日三度患部に塗布すれば良くなりますよ」
「ほんとですか!」
いやあ、大事に至らないようでホッとした。
獣医はテキパキとニクの患部に薬を塗布して行く。
しかし、彼は作業を続けながらも、困ったように眉尻を下げる。
「薬が不足しておりまして、四日分しか準備することができないのです」
「薬って薬草からですか?」
「はい。この辺りでも生育していたのですが、現在不足しておりまして」
「そうなんですか……」
ううむ。
農園か何かで薬草を育てているのかな。不作だったとか?
「人間用の発疹薬にも使う薬草なのですが、村の周囲にある薬草はとりつくしてしまいましてな」
そういうことか。薬草は野山から採集してきたものだったんだな。
薬草って栽培が難しいんだろうか。王都でも薬草栽培の話を聞いたことがない気がする。
「発疹が流行しているのですか?」
「ええ。子供たちの間で流行しております。発熱も伴いますので、どうしてもそちら優先となってしまいます」
「薬草の現物って確認することができますか? 一日分だけお薬を頂けましたら後は自分で探しに行きます」
「冒険者さんでしたか! メイドさんを連れてらっしゃったので、お嬢様のお忍び旅行か何かと思っていたのですが」
モニカがメイド姿を維持するから、謎の解釈をされるんだよお。
「ま、まあ。野外活動には慣れてます」
「もし、薬草が沢山自生しているところを発見したら、で構いません。薬草を持ってきていただけませんか? もちろんお代はお支払します」
獣医が立ち上がったところで、奥から小さな女の子が出てきて彼の足元に抱き着く。
「薬草を取って来るから、また後でね」
女の子の頭を愛しそうに撫で、獣医は女の子と共に隣に部屋へ移動する。
獣医の娘だろうか。発疹の病は小さな子の間で流行っているって言っていたよな。
あの子も病に罹患する可能性が大いにあるし、彼も心配なのだろう。
ニクのついでという形にはなるが、薬草が不足しているというのならここへ薬草を届けに再び訪れるとするか。
ん?
でも待てよ。
獣医の診療所を出たところで、ふと思いつく。
「モニカ、この葉っぱの形って見た事ないか?」
「口調が……ペタンの葉という名前でしたよね。その薬草」
つい、素が出てしまった。
ちらりと周囲を見渡すが人の姿は無い。
いや、別に俺とモニカの会話をいちいち聞いているわけないじゃないか。
何て思うが、モニカの言うことも一理あるんだよな。
「私、この葉っぱの形を見た事があるの」
「はう……」
な、何だよ。
モニカが言うから首を傾げて可愛らしく言ってみたんだけど。
「ダメ?」
「いえ、素敵です! 素敵ですとも」
「モニカは知っているかな? タンポポ」
「タンポポですか。聞いたことがありません。ペタンに似ているのですか?」
「そう。そっくりなの。タンポポの葉っぱに」
もしペタンがタンポポに似た植物だとすれば、探す手間が大幅に省ける。
「獣医さんは実際にペタンを採集したわけじゃないんだよね?」
「はい。そうおっしゃってました」
「だったら、酒場とか冒険者の宿? みたいなところに行ってみない?」
「ソーニャ様が行かれたいところでしたら、喜んで」
モニカと手を繋ぎ、大通りに出て通行人に尋ねたらすぐに旅人や冒険者が集まる酒場の場所が分かった。
酒場といっても普通の建物なんだな。
なんてことを思いながら「ムクドリ亭」と大きな看板を見上げる。
入口は扉が開きっぱなしになっていて、中から喧騒が聞こえてきた。
そういやすっかり日が暮れて、飲み屋も繁盛し出す頃か。
自然木が生かされた店内は光石が天井からつるされていて、思いのほか明るい。
立ち止まらず、そのままカウンター前まで来るとマスターらしき壮年の男へ向け右手を上げる。
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