第29話 出かける時は迅速に
靴の調子を確かめるようにその場で軽く足踏みしてみる。
恐ろしいほどピッタリなんだが、モニカ……。
ま、まあ。王都に居た時は彼女が俺のお召し物を用意していたし、サイズが分かるのは理解できる。
だけど、これ絶対、着せるつもりで持ってきていただろう?
「モニカ。俺は重大な事実に気が付いてしまった」
「口調ですか? そうですね。聖女様のようにお話にはならない方がいいかもしれません」
そこじゃあなくてだな。
確かにこの声で「俺」はちょっと座りが悪い。
かと言って、この格好に合わせて口調を変えるのは何だか負けた気がする。
だああ。そんなことじゃあなくてだな。
「隣村……ええと確かフレージュ村だったか。そこまでは『馬車』で二日かかるんだぞ」
「魔法を使えば徒歩よりは早く到着できるかと」
「そうじゃなくてだな。最低二日以上かかるのに、ここで着替える必要があったかな?」
「もちろんです。誰がいつどこで見ているか分かりません。ランバード村を南に出た時から始まっているのです!」
ぐっと拳を握り力説するモニカだったが、隣村まで馬車で一日の距離くらいに近寄るまでは誰にも会わなくないか?
ここは未開地なんだぞ。
「何もスカートとタイツじゃなくても、何だかヒラヒラするんだけど」
「それが良いのです。ニクのことが心配です。旅の準備をいたしますね」
「あ、うん。俺も手伝うよ」
モニカがいつになくやる気を見せている。
これはこのまま押し切ろうというのだな。彼女にこんな強引なところがあったとは驚きだ。
だけど、彼女は普段から自己主張をしてこない。これをきっかけに何でも言ってくれるようになってくれるのなら、悪くはないか。
バックパックに物資を詰め始めたモニカの習い、俺もバックパックに食糧やらを詰め込む始める。
ニクは聖女のヴェールで包み、バックパックに入ってもらった。
暴れる様子もなく、バックパックから顔だけ出して鼻をひくひくさせているニクに安堵し、屋敷を後にする。
廃村と外の境界線である南門を出た所で、足を止めた。
「モニカ、精霊魔法を使って高速移動にチャレンジしてみたいんだけど」
「ソウシ様も精霊魔法を使われるのですか?」
「うん」
モニカが使う風の精霊魔法で体を押してもらい通常より早いスピードで動くことはできる。
だけど、それだけじゃあ走る速度が多少上がる程度なんだ。だって人間の足は地についているからな。押してもそうそう動かない。
そこで、水の精霊魔法を追加することで劇的に速度を向上させることができないだろうかと思ったわけだ。
うまく調整できればいいんだけど、繊細な調整は苦手なんだよなあ。
「それじゃあ、始めるぞ」
「ソウシ様、口調はどうされるのですか?」
「む、フレージュ村に到着してからでいいじゃないか」
「楽しみです」
や、やべえ。つい言ってしまった。
そのままの口調で押し切る予定だったのに。男口調の女の子なんてラノベの定番だよね。
おっと。集中集中。
目を瞑り、手のひらを胸の前で合わせ深く自分の世界に沈み込んで行く。
イメージしろ。小さく小さく――。
「総士の名において依頼する。水の精霊よ。氷となり我が身とモニカを護れ。アイスシールド」
俺の呼びかけに応じ、足裏と地面の間に氷の板が出現する。
一歩進むと氷も同じように移動した。元あった場所の氷の板は無くなっている。
よし、うまく行ったようだな。
水の精霊魔法「アイスシールド」は自分と周囲を護る高さ二メートルほどの氷の盾が出現する。
氷の盾は術者の動きにあわせて、自動で位置を変えてくれるんだ。敵の攻撃から術者を護るように。
そいつを調整し、地面から足裏を「護る」ように氷の盾を出したのが今回のカラクリとなる。
「モニカ、最初はゆっくりと風の精霊魔法を使ってみてくれ」
「はい。モニカの名においてお願いいたします。風の精霊さん。ソウシ様とわたしの追い風となってください」
モニカの求めに応じ、そよそよとした風が俺とモニカの背中を押す。
すると、俺とモニカの体が前に動いていく。
「ソウシ様、これは……」
「アイススケートみたいなもんだよ。これですいすい行けるだろ」
「転びそうになりましたが、慣れればスピードが出そうですね」
「うん、幸いフレージュ村からランバード村までは馬車で来ることができたんだ」
馬車が通ることができる道があるなら、このやり方で進むことができるはず。
森じゃあこの方法は使えないけどな。
「少し風を強くします」
「任せた」
細かい調整はモニカならお手のもの。
アイスシールドの効果時間は俺が魔力を注ぎ込む限り続く。この程度の魔力量なら丸一日効果を持続させても問題ない。
俺たちはすぐに馬の速度まで到達し、更にスピードをあげていく。
◇◇◇
途中で昼休憩を取ってから進んだんだけど、夕方前にフレージュ村が見えてきた。
「そろそろアイスシールドを解除するぞ」
「承知いたしました。風もとめます」
このまま村に突入したら村人がビックリするだろうからな。
目立つことは避けたい。
ここからはてくてくと歩き、門の入り口まで到着した。
門には衛兵が一人立っていて、村に入る者の監視を行っている。
ここは村とはいえ、広場に百人以上の人が集まるほどなんだ。俺の予想だけど村の人口は二千人くらいはいるんじゃないだろうか。
村には宿泊施設も酒場だってあるしな。
リグリア王国にとって、フレージュ村は外と王国内を隔てる境界線にもなっているから、それなりにこの村は重要視されているんじゃないかと思う。
「旅の者か」
ぶっきらぼうに衛兵がこちらに声をかけてくる。
「はい。王都に住んでいるのですが、観光を兼ねてここまでやってきました」
しれっとモニカが俺たちの設定を述べた。
観光って……辺境にわざわざ観光って大丈夫なのか?
「そいつは珍しい。何もない村だが、楽しんでいってくれよな。美しいお嬢様方」
ところが衛兵は特に疑う様子もなく、ガハハと笑い俺たちを中に通してくれた。
「モニカ、まずは何か食べよう。そこで、獣医さんについて聞いてみないか」
「承知いたしました。お耳を」
モニカはそう言いつつ、俺の耳に顔を寄せて来る。
そのまま彼女は俺の耳元で囁く。
「お名前はどうされますか?」
「そうだった。適当に」
「それでは、ソーニャ様とでもいたしますか」
「うん。それで」
「わたしとお話になる際は口調にお気をつけください」
覚えていたのかよ。まあ、忘れるわけないわな。
門から中に入ると、真っ直ぐに道が続いていて懐かしの広場が見える。
道の左右には露店が連なり、この村の商店街となっているようだった。
この付近に全てのお店が揃っていそうだな。
「モニカ、あれ、おいしそうじゃない?」
串に刺さった肉が香ばしい匂いを漂わせている。
「そうですね。ソーニャ様」
にこやかにほほ笑むモニカ。
表情こそいつものままだが、やたらと嬉しそうに見えるのは気のせいか。
「でも、お金をどこかで換金しなきゃね」
「ご心配には及びません。多少でしたら持っております。買って参りますね」
「ううん。レストランを探さない? せっかく食べるなら、お店の中がいいなって」
「承知いたしました」
はぐれないようにモニカと手を繋ぎ、お食事処を探す。
結構人通りがあるんだよ。夕方前のお買い物時ってこともあるだろうけど。
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