第24話 ほっぺがぱんぱん

 この後、臼と杵にウォッシャーを施し、木くずなどの汚れを全て洗い流す。

 これで明日には粉ひきができそうだ。

 魔力にまだ余裕があったので、小麦を収穫可能なところまで育成しモニカと一緒にすぐに刈り取った。

 以前刈り取って屋敷の二階に置いたままだった小麦の束のところまで運んで、階段へ向かう。

 

 その時、ごそごそと階下から音が聞こえる。

 きっとニクだろうと思いつつも、他の何かが侵入してる可能性もゼロじゃあないから一段飛ばしで階段を駆け下りた。

 

「……この欲張りめ」

「愛らしいです」


 ボアイノシシのベッドの上に我が物顔で座り込み、鼻をひくひくさせていたニクを見てどっと力が抜けてしまったよ。

 あいつ、ハムスターな見た目だけど、習性もハムスターに似ているのか?

 頬を膨らませて一体何を拾って来たんだろう。

 あんだけ口の中に溜めるくらいなら、鼻を動かすんじゃあなく口を動かせよと。

 

「俺は今、激しく不安になった」

「どうされたのです?」


 ニクから目を離さぬままモニカが問い返す。

 答えを返さず、無言で麻袋の前までずかずかと歩きその場でしゃがみ込んだ。

 よし、麻袋は破かれていないな。

 

「きっとどんぐりですよ。ソウシ様がニクのために育ててくださったのですから」

「そうみたいだな。どんぐりならいいんだ」

「ソウシ様のお優しさに感謝するのですよ。ニク」


 モニカがニクの頭をそっと撫でる。

 ニクは気持ち良さそうに目を瞑り、鼻をひくひくさせた。だから、口を動させというとるのに。

 

 そんな一幕があったが、特に他には問題もなくおいしく夕ご飯を頂き、ウォッシャーをかけボアイノシシのベッドに寝転がる。


「失礼します」


 ワンピースに着替えたモニカが正座の姿勢から俺に断りを入れ、俺の隣に寝そべった。

 毛布くらい自分で引っ張ってもいいのに。毎日のことながら、引いた態度をとるモニカに苦笑しつつ毛布をかけてやる。

 

「毛布をもう一つ欲しいところだなあ」

「これから暑くなってまいりますし、薄い麻の掛布団もあれば快適に暮らせるかと」

「機織りもしないとだな」

「はい。ですが……道具が不足しております」

「だなあ。でも、できないものはできないで仕方ないし。毛糸みたいに編む感じでもそれなりに形になるんじゃない?」

「そうでうね。時間はたっぷりとございますし。しかし、失礼を承知で申し上げてもよろしいでしょうか?」


 寝ころんだまま顔を真っ直ぐ俺の方に向けるモニカ。

 彼女の目は真剣そのものである。頭がボアイノシシのベッドに沈み込んでいるから結構シュールだ……。

 

「うん、遠慮なく言ってくれ。断りを入れる必要もないさ」

「感謝いたします。まず編むのはソウシ様の部屋着です。素敵なワンピースを作ってみせます!」


 そういや、最初に俺のパジャマを作ってくれるって言っていたよな。

 聞いててよかった。とんだ勘違いをさ。

 

「ワンピースじゃなくて、ズボンがいいな……」

「そ、そうなのですか。お、お揃いで、と考えていたのですが、残念です」

「あ、うん。一応、俺、男だし? あ、そんなことより、今日、森でさ」


 しどろもどろになってしまったが、きっちりあからさまに話題を変える。

 

「何か変わったことがあったのですか? まさか、お怪我を」


 モニカはがばっと体を起こし、くわっと目を見開く。

 いや、森から戻った時に何ともないって見ているよね。それに今だって痛がる様子も見せてないよな。

 彼女は心配が過ぎるところがある。悪い気はしないんだけどね。


「怪我なんてないさ。森でな。変な鳥に会ったんだよ」

「ご無事で何よりです」


 俺もモニカと同じように起き上がり、二の腕をポンと反対側の手で叩く。


「そんでその変な鳥が『森の賢者にお目通りせよー』って繰り返したたんだ」

「人の言葉を真似する鳥はサーカスで見たことがあります。これくらいのオレンジ色の嘴に黒っぽい羽毛を持った」


 モニカは両手を広げ、鳥の大きさを示すように手を動かす。

 子供っぽい仕草で普段の彼女とのギャップが可愛い。

 カラスくらいのサイズで、オレンジ色の嘴か。それで喋るとなると、インコの一種であるヨウムか?

 いや、ヨウムだと嘴の色が違う。となれば――。


「九官鳥かな。この世界にもいたんだなあ」

「キュウカンチョウというのですか」

「リグリア王国ではどんな名で呼ばれているの?」

「存じ上げておりません。『喋る鳥』と紹介されておりました」

「家でペットとして飼うとかじゃなく、サーカスみたいなところにしかいないのかな」

「はい。王都ではサーカスの開催が盛んなのですよ」

「へえ。そうだったんだ」


 三年も王都にいてサーカスが開催されているなんて、知らなかった。いや、知ろうともしなかったってのが正解だな。

 聖女の政務と修行に必死で他のことに目を向ける余裕がなかった。その甲斐あって、今があるのだから特に思うところはない。

 

 しかし、モニカは睫毛を震わせ浮かない顔で言葉を続ける。


「王都におられる時にソウシ様をサーカスにお連れすることができませんでしたので……。娯楽の一つくらい楽しんで頂きたかったのですが」

「モニカだって、娯楽を楽しむことが無かったんじゃないか? 俺の世話で忙しかっただろうし」

「ソウシ様のお世話をすることはわたしの喜びです」


 何がそんなにモニカを駆り立てるのだろう。

 聖女の替え玉として俺がしっかりと勤め上げることができることが、彼女の喜びだったのだろうか?

 元聖女のアリシアのことを尊敬していたと言っていたし、中身が俺に変わろうとも「聖女アリシア」がちゃんと聖女として見えれば満足だった?

 そのお手伝いができることが喜びってことかな。

 それなら、まだ理解できる。モニカにとってアリシアとはそれほど大きな存在だったのだ。

 憧れであり尊敬するアリシアの聖女としての「尊厳を」「威厳を」維持できれば、彼女にとっての喜びにはなるはず。

 

「アリシアのことが好きだったんだな」

「聖女様のことは今でも尊敬し敬愛しております」

「そっか。うん。俺もアリシアの役に立ててよかったよ」

「ソウシ様はご立派でした。アリシア様と同じくらい尊敬し敬愛しております」

「ありがとう」


 お世辞でも嬉しいよ。

 異世界に転移し、独りぼっちの俺にここまでついてきてくれてありがとうな。


「ソ、ソウシ様。え、えっと。ニクが」

「ん? ニク?」


 何だか焦った様子のモニカが部屋の中央でびったんばったんと体を転がしている様子を指さす。

 俺以上のあからさまな話題転換だけど、彼女もさっき俺に付き合ってくれたんだ。今度は俺が乗る番だ。

 

「そういや、口がパンパンに膨れていたのに元に戻っているな」

「そ、そこですか。ごろごろしている姿が愛らしくないですか!」


 疑問形で力強く言い切られても……。

 俺たちの注目を集めていることを感じ取ったのか、ニクがゴロンと一回転しそのまま立った姿勢になるとこちらにひょこひょこやってくる。

 鼻をひくひくさせ、お尻をフリフリしながら。

 

 俺とモニカの間で寝そべったニクは仰向けになりでろーんと体を伸ばす。

 モニカはもうたまらんといった感じでニクの真っ白な腹を撫で始める。

 

「ソウシ様、明日は何をされますか?」

「まず小麦からやろう。その後、時間があれば糸か森かどっちかへ。どっちがいい?」

「そうですね。わたしも一度森へ出てみたいです」

「分かった。じゃあ、森に行こう」

「はい」

 

 ニクが間に挟まったままだが、その場で寝そべり就寝した。

 

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