第23話 臼
お腹が一杯になったところで昼寝……ではなくいよいよ木材の加工に移ろうと思う。
造るのは臼と杵だ。
一通りの大工道具は持ってきているので、何とかなるはず。
王都に居る時、夜な夜な練習したこともあったからな。だけど、本当に触りだけだ。
ほら、考えてもみなよ。聖女がノコギリもって木を切っていたりしたら、絵的にヤバいだろ。
雰囲気がぶち壊しになるからさ。
そんなこともあり、誰にも見られず自室で一人大工道具を持ち込んで試してみたわけだが……日曜大工ってさ、結構な音が出るんだよねえ。
すぐにモニカなりフェリシアが来てしまって……あとはご想像にお任せする。
彼女らの名誉のために言っておくが、二人とも俺の行為を咎めはしなかった。俺の境遇も野心も彼女らは知っていたからな。
モニカに至っては風の精霊術で音を遮断してくれたりしたんだけど、効果時間が短くて……。
取り出したるはノミとハンマー。
こいつで、丸い木材に半円の穴をあけるのだ。
カーン、カーン、カーン。
ハンマーでノミを打ちつけるたびに、甲高い音が響く。
結構この音が好きなんだよなあ。へたくそでも何だか自分が熟練の職人になった気持ちになれる。
よおっしゃああ。どんどん叩くぞお。
カーン、カーン、カーン。
「あれ……」
ギザギザになるな。
ええい。削ればいいんだ。
カーン、カーン、カーン。
「……」
あれだよあれ。滑らかになりさえすれば、使えるって。
三十分経過しました。
「よし、杵の方を先にやろうじゃないか。うん」
俺は学んだのだ。
最初から慣れない大工道具なんて使うもんじゃあないってな。
そんなわけで、斧とブッチャーナイフを用意し、棒のようになっている枝を地面に置く。
小石をうまくつかって、枝を三センチほど地面から浮かせて。
「うおおりゃああ」
手斧を振り下ろす。
見事、枝はスカンと狙い通りの長さに切れた。
だいたい長さは80センチっところ。掴んでブンブン振ってみる。
「うん、これなら使いやすいだろ」
お次は臼にこすり付ける方の先端を滑らかにしよう。
ブッチャーナイフで丸みが出るように木を削っていく。仕上げにヤスリをかけてっと。
うん。我ながら中々な出来栄えだ。見栄えはともかく、これなら実用に値する。
枝に残るボコボコした小枝の跡を削って、持ち手になる部分に革紐を括り付けた。
革紐は馬車に入っていた荷物を縛る時に使っていたものだ。
ふう。
杵が完成したところで、大きく息を吐く。
こいつは一日で終わらないかもしれない。ざくっと木材を切るだけだったらすぐだけど、ちゃんと使えるように加工するには時間がかかる。
「どうですか? ソウシ様?」
モニカが俺の様子を見に来てくれた。
「杵は完成したんだけど……」
問題は臼の方なんだよなあ……臼に目を落とし、眉根をよせる。
モニカが俺の隣にしゃがみ込み、臼を覗き込んだ。
「もう少しじゃないですか。ソウシ様」
「そうかな……」
「ええ。そうですよ。これだけ掘れているんですもの」
「は、はは」
ん。臼を見ていてモニカの方を見ていなかったから気が付かなかった。
しゃがむ彼女の横にザルが置いてある。ザルには黒っぽい粒々が乗っている。
「これですか? これはコショウですよ。コーヒーも別のザルに乗せて乾燥させてきました」
「お、おお。仕事が早い」
「ソウシ様にコーヒーを飲んでいただきたくて。コショウも在庫が無くなる前にと思いまして」
できるメイドは違う。
ギザギザになった丸太の木材とはえらい違いだ。
「コーヒーとかコショウを粉にするのって」
「小さなすり鉢がありますので、それで充分です」
「あ、そういや」
「はい。ソウシ様が『これがあればコーヒーも楽しめる』とおっしゃってました」
そうだった。
俺もモニカも小さなすり鉢を持ってきていたんだった。
小麦の粉ひきに夢中ですっかりそのことを忘れていたぞ。調味料を作るため、薬草を煎じるためなどなどにすり鉢は必須だと思って準備してきたんだよ。
モニカもその重要性を分かっていて、彼女もすり鉢を持参してきた。
彼女の場合は、料理道具一式に含まれていたんだけどね。
「コーヒーはもう乾燥させたの?」
「はい。少量ですし、精霊魔法ですぐです。ご安心ください。魔力もほとんど消費していません」
先に魔力のことを言われてしまった。彼女は朝から木材の乾燥をやっていてくれたんだ。
なので、魔力を結構消費していたと思ってさ。
彼女は精霊魔法でも細かい調整をすることができるんだよなあ。魔力も最低限の消費で済ませてしまう。
俺とは大違いだ。
ん? 風の精霊魔法か。お、おお。繊細な調節ができる彼女なら、できるかもしれない。
「モニカ。まだ魔力に余裕はあるか?」
「はい。まだ半分以上魔力量が残っております」
「臼になるように半円の穴をあけたいと思っているんだ。ウォーターカッターでやれば木は切れるのだけど円形にするとかとてもじゃないけどできない」
「ソウシ様のウォーターカッターなら巨大な岩さえも両断できます」
何とかして褒めてくれようとしなくていいからな……。
でも彼女は本心から褒めてくれているのだから、無碍にはできまい。
俺がウォーターカッターを使った姿を想像してか、彼女の頬が紅潮しているし。
「モニカの風の精霊魔法で薄い膜を張って欲しいんだ。その後、俺のウォーターカッターをこう螺旋を描くように形状変化させて」
「素晴らしいです。ソウシ様。それでしたら自由に形を整えることができますね」
「できそうか。モニカ?」
「はい。問題ありません」
俺一人じゃできないことでも、モニカと一緒ならできる。
彼女と一緒なら、できることが格段に増えることを実感したよ。人間、一人より二人の方が断然良い。
彼女がここに来てくれて本当に良かった。
俺はここでのんびりゆったりとすごすことが目的だったけど、何も人と交流するのが嫌いってわけじゃあない。
元聖女ってことが国中に知れ渡っているから、人との交流を避けるしかなかったってのが正直なところだ。
でも、この村に来たことに対して後悔はない。
思ったくらいにはのんびりとした生活ができているもの。
モニカあってのところも大きいけどさ。
「では、先に精霊魔法を使います」
モニカが目を閉じ、風の精霊魔法を唱え始める。
続いて俺も水の精霊魔法の準備に入った。
「モニカの名においてお願いいたします。風の精霊さん。ウィンドブレイク」
「総士の名において依頼する。水の精霊よ。刃となりて切り裂け、ウォーターカッター」
モニカの風に重ねるように螺旋状になった水の刃を重ねる。
風の保護がある部分は切れず、無い部分はすぱすぱと削れて行く。
ものの三十秒もしないうちに、見事な半円の穴ができあがった。
「うまくいったな」
「はい!」
手を取り合って、ぶんぶんと上下に振る。
彼女にしてははしゃぎ過ぎだと思ったのか、モニカが手を止め後ろを向いてしまった。
「モニカ?」
「ソウシ様とご一緒に魔法を使い、お役に立てたのが嬉しくて、つい」
「俺も同じ気持ちだよ。いいじゃないか。うまく行った時は思いっきり喜んだって」
「それは、少し恥ずかしいです。ソウシ様」
後ろを向いたままうつむく彼女にくすりと頬が緩む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます