第12話 すやあ

 俺の乗ってきた馬車もとい居室用馬車の幌を開けると、仕事の早いモニカがもう毛布を出して床に畳んでいてくれていた。

 しかし彼女はそこで休もうとせず、立ったまま遠慮がちにお辞儀をする。


「ソウシ様、一つやりたいことがあるのですが」

「ん? さっきも言ったけど、遠慮せずにどんどん言って欲しい」

「では。飼い葉の余りがこちらの馬車に放置されたままになっておりましたので、そちらを使わせていただけないかと」

「うん。馬はベルンハルトが乗って帰ったし、馬を飼育する予定もない。使いどころがあるなら遠慮なく使おう」

「承知いたしました」


 二人で外に出て、馬車の下に束にまとめて縛っていた飼い葉を取り外す。

 そのまま馬車の中に持ち込むと、モニカが飼い葉を床にどさーっと置いた。

 その上からシーツを被せ、こちらに目を向ける。


「これだけです」


 自分で提案しておいてあまりに簡易的だったため恥ずかしいのか、モニカの頬に朱がさす。

 

「いや、これはとても良い!」


 シーツの上に腰かけると、ふかふかのクッションみたいにお尻が押し返された。

 なるほど。ゲームとかで馬小屋で寝るみたいなのがあるけど、馬車の床でゴロンするより余程いい。

 これだったら、布団で寝ているのとそう違わないぞ。

 この世界の敷布団の中身は藁か綿と聞くし、中身は普通の敷布団とそう変わらないってことだよな。

 違いは見た目だけだ。

 

「少しでも快適に過ごして頂きたく、こんなもので申し訳ありませんが」

「いや、目から鱗だよ。モニカも座ってみてくれよ」


 彼女の手を引き、隣に座ってもらった。

 二人揃って両膝を立てる体育座りの姿勢でほおっと息を吐く。

 固いところにしか座っていなかったからなあ。寝るときもそう。

 だから、久しぶりのこの柔らかな感触は心躍る。

 

 ゴロンと膝を立てたまま寝転がり、頭の後ろに両手を差し込む。


「よく眠ることができそうだ」

「はい」


 モニカが俺に毛布を被せ、口元だけで僅かな笑みを浮かべる。

 すぐに彼女も俺の隣に寝転がり、毛布を被った。

 

「何だか、久しぶりですね」

「んだなあ。リグニアに来てしばらく経った時以来かな」


 リグニア王国に召喚され、訳も分からず聖女の替え玉をすることになって……次々に来る情報やら対応やらに必死で何も考える余裕がなかった。

 だけど、三ヶ月くらいが過ぎる頃、ようやく我に返ることができて不安で不安でたまらなくなった時がある。

 そんな時、当時侍女だったモニカとフェリシアが交代で俺の寝室に来てくれたんだ。

 僅か14歳の少女に縋って泣く俺はかなり情けなかったと思う。だけど、それがあったから俺は気持ちに整理をつけることができた。

 

「何か考えられているのですか?」

 

 突然黙りこくった俺へ、モニカが問いかけてくる。


「いや、昔を思い出していただけだよ」

「そうですか。あれから随分と時が経ちましたね」

「だなあ。いろいろあった。だけど、フェリシアが聖女になるまでちゃんと聖女でいれてよかったよ」

「本当にご立派でした。わたしは聖女であるあなた様にお仕えできて幸せでした」

「情けない弱音を吐いたりしまくったけどな……」

「それもまた必要な事です。私とフェリシアだけに本音を見せて下さる信頼が嬉しくて」

「そ、そうかな……」


 何でもいいように捉えられてしまったら、困惑してしまう。

 嫌な気分にはならないけど……。

 

「はい。今もこうしてあなた様にお仕えすることができて、モニカは幸せです」

 

 こういう時どう返せばいいんだ? 

 「頼りない俺だけど、よろしく」とでも言えばいいのかなあ。いや、それは少し違う気がする。

 少し考えた結果、自然と言葉が口をついて出てきたんだ。

 

「ありがとう。昔も今もこれからも」

「はい!」


 力強く返事をするモニカに対し目を細めつつ、ランタンに手を伸ばす。


「そろそろ寝ようか」

「はい」


 光石に魔力を込めると、ふっと光石から輝きが消える。

 

 ◇◇◇

 

 ガサゴソ――。

 んんん。天井……いや、屋根から何やら音がする。

 小動物か何かが屋根を歩いているのだろうか。

 

 見に行こうかなと思ったけど、眠い。

 それでもこのまま寝るのは身に危険が及ぶ可能性がないわけじゃないと思って目を開く。

 

 モニカは……うん、彼女からすやすやと小さな寝息が聞こえてくる。ぐっすりと寝ているようだな。

 懐にある小さな水晶石を握り、反対側の手で彼女の手に触れる。

 

「総士の名において祈る。我に結界を」


 聖魔法「結界」は、少々の攻撃ではビクともしない。小動物程度じゃあ万が一にもこちらを傷つけることなんてできないさ。

 モニカから手を離さないようにすることだけ、注意していればよい。

 

「そんなわけで、おやすみ……すやあ」


 そこまで考えたところで、意識を手放した。

 

 ◇◇◇

 

 朝起きて、朝食の準備をしているところで重大な事実を思い出す。

 ぐ、ぐううおおお。

 頭を抱えて転げまわりたい気分だ。

 そうだよ。またしてもアーモンドの種が根こそぎ無くなっていたんだよ!

 

 夜中に張り付いて犯人をとっつかまえてやろうと思っていたんだった。モニカとお喋りしていてすっかり忘れてしまっていたよ。

 あ、あああうう。覆水盆に返らず。アーモンドは戻らない。

 

「許さんぞ……今晩、必ず」


 グッと拳を握りしめ、屋根の上を睨みつけたところをモニカに見られてしまった。

 モニカは驚きのためか、手に持ったお椀を落っことしてしまう。

 

「ど、どうかされましたか? 強大なモンスターが迫っているのでしょうか?」

「あ、いや」

「申し訳ありません。わたしは敵の気配を察知する力が弱く……」

「いや、そんな大したモンスターじゃあない」

「風の精霊に聞いてみれば何か分かるかもしれません」

「あ、いや、だから、小動物程度だよ。魔法を使わずとも大丈夫なくらいかな」

「も、申し訳ありません。取り乱してしまいました!」


 深く頭を下げ、耳まで赤くなるモニカにくすりとする。

 いや、まあ、原因は俺なんだけどね。そこはちゃんと分かっているよ……。

 

「アーモンドを喰われたみたいなんだ。夜中にガサゴソしてたみたいで」

「そうだったのですか。貴重なアーモンドを」

「貴重でもないさ。アーモンドの木にまだまだ実がついているし、足りなければ、更にアーモンドの木を育成することだってできる」

「ですが、ソウシ様のおつくりになられたものを奪い取る不貞の輩を」

「うん。今晩必ず捕まえる」

「ご協力させてください」


 そんなわけで、今度こそ忘れず「捕獲大作戦」を実施することを誓う俺であった。

 今回はモニカもいるし、さすがに忘れることはないだろう。うんうん。

 

 となれば……。

 朝食の後にまたしてもアーモンドの実から種を取り出す単純作業を行うことになった。

 一粒取り出すたびに、イライラしてくる。ど、どうして俺は忘れてなど……いや、もうそのことは忘れよう。

 邪念を捨て、一心不乱に種を取り出すのだ。

 ギリリと歯を食いしばる。

 

 この日は屋敷の掃除を三部屋行い、トマトとキュウリを育成して夕方になる。

 罠を作ることも考えたが、俺とモニカと二人とも魔法が使えるので必要ないと判断した。

 夜に備え、早めの夕食を食べすぐに就寝する。

 見ていろよ、アーモンド盗賊め。

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