第13話 捕獲捕獲
馬車は同じ向きに間を二メートルほど開けて並んでいる。
左が俺の乗ってきた居室用馬車だとすると、右が荷物用馬車だ。
俺とモニカは今、右の荷物用馬車の右側で肩を寄せ合ってローブの上から毛布を被っている。
この位置からだとアーモンドの乗った屋根からこちらが見えることはない。
時刻は深夜。俺たち以外に誰も住んでいないこともあり辺りは不気味なほど静かで生き物が立てる物音が全く聞こえてこなかった。
時折吹く風の音が妙に大きく感じられて、知覚が鋭敏になった気がする。
――ガサガサ。
来た。
モニカの肩を自分の肩で押す。
彼女は無言で頷きを返し、静かに毛布を手に取り折り畳んだ。
畳んだ毛布は自分の胸に抱く。
そのまま地面にポーンでもいいのにキッチリしている。それと同時に俺への信頼が見て取れて少し嬉しくなってしまった。
彼女は両手が塞がっている。つまり、この件に関して俺が下手を打たない限りは手出ししないってことだ。
結界の聖魔法はまだ効果時間内。
もう一つ、魔法を使おう。
音がなるべく外に出ないよう彼女の持つ毛布に口をつけ、囁く。
「総士の名において依頼する。水の精霊よ。我が身を隠せ。ミラージュ」
俺の体が回りの風景と同化する。
これで相手は視覚で俺を捉えることはできなくなった。こっちの視界は夜だけど問題ない。
月明かりだけで十二分に行動できるからな。
そっと、そっと荷物用馬車の裏手に回り、隣の馬車の屋根を睨む。
二日間の犯人の動きからして、屋根に登ってからしばらくの間留まっていたはず。
つまりだな。その場でアーモンドを食べていたに違いない。
なら、屋根の上に犯人が登りアーモンドを食べ始めてから、捕獲する。
――ガサゴソ。
来た。
俺から見て反対側の馬車の壁面を伝って屋根の上に顔を出して来たぞ。
暗くてよく見えないが、少なくともモンスターじゃあないように見受けられる。きっと動物だ。
そいつは予想通りそれほど大きくなく、中型犬程度だった。
幸いこちらに気が付いた様子もなく、アーモンドをがりがりやり始めたみたいだな。
今がチャンス。
「総士の名において依頼する。水の精霊よ。かの者を捕獲せよ。ウォーターウィップ」
水でできた網がアーモンド食害犯をあっさりと捉える。
腕を引く動作をすると、網も同じように俺に向かって引っ張られるように動く。
ドサッと犯人は地面に転がった。
『きゅーきゅー』
愛らしい声で鳴いているが、容赦はしねえぞ。
いくら暴れてもその網から逃れることはできないからな。ウォーターウィップは粘着性と伸縮性を兼ね備えた捕獲網。
俺が術を解かない限り、拘束から逃れる術はない。
「何だか見た事のない動物だけど、妙な既視感があるな……」
まじまじとその動物を観察し、変なため息が出てしまう。
そいつは白と薄茶色のまだらな毛並みを持つ中型犬ほどの大きさを持つ動物だった。つぶらな黒い目にヒクヒクした鼻、口元から伸びた二本の長い歯からこいつがネズミ類の一種だと分かる。
いや、こいつ、見た目はハムスターそのものだ。違いは二点。
大きさがネズミ類最大種のカピバラと同じくらいなことと、毛皮がハムスターより倍くらいふさふさしていること。
これだけモフモフしているから、見た目よりは肉が少ないかもしれんなあ。
「ソウシ様、お見事です」
捉えた巨大ハムスターに目を落とし、モニカからお褒めの言葉をもらう。
彼女は俺がこいつを捉えてすぐにこちらまでやって来たんだ。
「うまくいってよかったよ」
「ソウシ様、アンゴラネズミをどうされるのですか?」
巨大ハムスターの名前はアンゴラネズミと言うらしい。
この世界には地球にいない動物も沢山いるんだよな。もちろん、地球にいてこちらにはいない動物も多々いるのだろうけど。
こいつをどうするのかって? そんなもの決まっている。
「肉だ」
言い切った。微塵の迷いもなく。
「ソウシ様、アンゴラネズミをご存知でしょうか?」
「いや、初めて見る。どんな動物かも知らないけど、まさか猛毒を持っていたりする?」
あの尖った歯から毒液を……それならそれで毒を抽出して……。
「いえ。アンゴラネズミは毒を持っていません。人にもよく慣れ、王国内で家畜として飼育しているものもいます」
「へえ。そんなに肉が美味しいのかな」
「肉はどうでしょうか……。そうですね。ソウシ様がお気に召していた枕。あれの中身はアンゴラネズミの毛です」
「お、おおお?」
「高級な糸としても販売されております。質のいいセーターなど、アンゴラネズミの毛で出来ているものも多々ございます」
へえ。勉強になる。
でも、いきなりアンゴラネズミの解説をはじめるなんて唐突で彼女らしくもない。
いつになく余裕がなく、必死な感じもするし。
さっきから、目線がずっとアンゴラネズミに固定されているよな。
「アンゴラネズミって可愛いよな」
「はい。この上なく愛らしく」
ハッと目線をあげたモニカは自分の口を手のひらで塞ぐ。
かああっと頬を染め、うつむいてしまった。
「分かったよ。モニカ。こいつは食べないでおく。だけど、アーモンドを毎晩食べに来られたら困るのも事実だ」
「でしたら、わたしに一つ考えがあります」
「ん、ペットにでもするのか?」
「そのようなものです。餌と寝床を作りアンゴラネズミが集まってこないか試みてみます。この子はそうですね。少々お待ちを」
モニカはお腹の辺りに両手を添えてお辞儀をする。
彼女は馬車の上にヒラリと登り、アーモンドを手に取り戻ってきた。
アンゴラネズミの前でしゃがみ込み、手の平にアーモンドを乗せアンゴラネズミの前に手を差し出す。
カリカリ――。
アンゴラネズミは彼女の手の平に乗ったアーモンドを食べ始めた。
モニカはその様子に目を細め、アンゴラネズミの頭をそっと撫でる。
すると、どれだけちょろいんだと思ってしまったが、アンゴラネズミは頬を彼女の指先に擦り付けてきたのだ。
「拘束を解いてもいいか?」
「はい」
ウィーターウィップの術式を解く。
自由になったアンゴラネズミはすぐに逃げ出そうとせず、モニカの手の平に乗ったアーモンド(二個目)をもぐもぐし始めた。
モニカはアンゴラネズミの顎下をゴロゴロさせ、口元を緩ませる。
全く。そんな顔されたら肉にしようとしていた俺が悪者みたいじゃないか。
「明日、餌箱と水を準備いたします。その後、飼育場を広げて行く手筈でもよろしいでしょうか?」
「任せるよ。アーモンドが必要ならいくらでも使ってくれ」
「ご厚意、感謝いたします。必ずやふかふかのお布団をソウシ様にお届けいたします」
「そいつは楽しみだ。ただし、一つ注意して欲しい」
「承知しております。わたしたちが食べる分のアーモンドはちゃんと別に準備いたします」
さすがモニカ。抜け目がない。
「それじゃあ、屋根上のアーモンドを回収してから寝るとしようか」
「はい」
最後にもう一度アンゴラネズミの頭を撫でたモニカが立ち上がり、ふんわりとした笑みを俺に向けた。
肉にしなくてよかったよ。だって、彼女のあれほど嬉しそうな顔を見れたのだから。
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