第11話 整理整頓は大事だね
「うおっぷ」
「ソウシ様、これを」
二階に入るだけでむせそうになった。先日、屋敷を歩き回ったからなのか、前回よりも埃が酷い気がする。
モニカから純白に赤色のレースで刺繍されたハンカチを受け取り、口を塞ぐ。
彼女は彼女で俺と同じようにハンカチを装備していた。さすがモニカ、ちゃんと予備まで持ってきている。
屋敷の中の様子を知っている俺が抜けていて、彼女がちゃんと準備していたことに我ながら情けなくなってきた。
元からこういった家事が得意じゃあないしなあ……そのために導きの書(メモ)まで残したというのに。
「廊下の窓は全て破損しているようですね」
廊下から続く背丈ほどある窓は全て窓枠が朽ちて落ちている。廊下には先日俺が侵入した時の足跡がくっきりと残っていた。
すんごい埃だったものなあ。
「階段までお下がりください」
窓の数と廊下の広さを計っていたであろうモニカがこちらに目を向ける。
彼女に言われた通りに階段の半ばほどまで降り、しばし待つ。
ゴオオオッと風を切る音がして、すぐに音が鳴りやんだ。
「どうぞ。ソウシ様」
凛とした声に導かれ、階段を上ると埃っぽさがすっかり無くなっていた。
おおお、見違えるように綺麗になったじゃないかと思ったのだが、モニカはご不満そうな様子だった。
「やはり、水洗いしなければこびり付いた汚れは除去できません」
「埃を吸い込まなくなったし、とても良い感じになったと思うけど……」
「なりません。ソウシ様。ソウシ様が暮らすお屋敷がこれほど汚れていては」
「お、おう。じゃあ、もういっそ、二階もどばしゃーっとやっちまうか」
「ソウシ様のお手を煩わせてしまいますが、それがよろしいかと」
モニカが両手をお腹の辺りに揃え、澄ました顔で頭を下げる。
まさか、大反省会を行いそうになった狂乱の水攻めを再びやることになろうとは。
でも、水浸しにすると階下にまで水が落ちないか?
「ご心配には及びません。ソウシ様はそのまま水の精霊魔法をお使いください」
俺の考えを読んだかのようにモニカが口を挟む。
「モニカ、あとどれくらいウィンドブレイクが使えそうだ?」
「お恥ずかしながら、あと一度が限界でございます」
「あれだけの威力だったものなあ。今日はこれで撤退しないか? 万が一もあるから魔力を枯渇させない方がいい」
「お心遣い、感謝いたします」
「部屋が六つと廊下があるから、数日かけて掃除をしようか」
「はい!」
精霊魔法は便利なんだけど、魔力の消費が激しいからなあ。
一階の大広間に比べたら、二階の各部屋はぜんぜん狭いから明日だけで全部いけるかもしれない。
◇◇◇
馬車に戻ったところで、荷物の移動を行うことになった。
というのはモニカの乗ってきた馬車は向い合せに座席があり、後部の荷物スペースが狭い。
荷物を座席に移動させるか、俺の乗ってきた馬車に一部移動させないと寝るスペースが確保できないってわけなんだよ。
「ソウシ様、一つ提案があるのですが、聞いてくださいますか?」
「ん?」
荷物を運び始めたところで、モニカが遠慮がちに口を開く。
メイドたれとする彼女のことだ。自分から提案することをなるべく控えたい気持ちがあって、今の今まで黙っていたのだろう。
「ごめん。気が付かなくて。意見はどんどん言って欲しい。俺も廃村で暮らすなんて初めてのことだからさ。一人より二人の知恵ってね」
それにモニカの方がサバイバル技術は別として、家事全般に関しては俺より断然詳しい。
「はい。恐れながら、申し上げます。ソウシ様の馬車の荷物をわたしの乗ってきた馬車に運べるだけ運び込みませんか?」
「そんなことをしたらそっちの馬車は足の踏み場も無くなってしまうぞ」
「住居が確保できない今、夜間の安全性の面から同じ馬車で就寝した方がよろしいかと」
「確かにそうだな」
「ご安心ください。お屋敷が片付くまでの間です。しばし、ご勘弁くださいましたら」
「いや、俺は構わないんだけど、元々、野宿でもいいかなと思っていたくらいだし」
「なりません! ソウシ様にはぐっすりお休みいただけませんと」
別々の部屋にした方がプライバシーの確保にいいと思ったんだけど、モニカが構わないならそれでいいや。
俺? 俺は特に夜一人で部屋にいても日本と違ってすることなんてないしさ。
寝床に行けば即就寝だ。ここには本の一つさえないのだから。
「そうと決まれば、運べるだけ運び込もう」
「はい」
重い荷物は二人で持って、なんてやりながら馬車の荷物を隣の馬車に移動させていく。
単に移動させるだけじゃなく、モニカは一つ一つの荷物に何が入っているのか確認していた。
いろいろ持ってきたから、中身のチェックは必要だよな。俺もモニカに習って一つ一つ何が入っているのか確認し、彼女に相談しながら置き場所にも工夫を凝らすことにしたんだ。
「すごいスッキリした」
モニカの指示が的確だったからか、どこに何があるのかとても分かりやすくなった。
彼女はにこやかにほほ笑み、両手をお腹の辺りに揃え、澄ました顔で頭を下げる。
荷物の搬入が終わる頃にはもう夕焼け空だった。
◇◇◇
ボアイノシシの肉を豪快に焼いて……と思っていたが、モニカがざく切りにしたキャベツと玉ねぎと一緒にフライパンで炒めてくれた。
味付けは塩とコルドとシンプルだったけど、これはこれで絶品だ。
彼女はこんな簡単なお料理でと恐縮していたが、日本育ちの俺にはこれくらいが丁度いい。お屋敷のお料理はなんというか、こう肩がこる。
ちなみに、フライパンは俺が持参したものではなくモニカが馬車に積んで持ってきてくれたものだ。
荷運びの時に彼女の乗ってきた馬車を見たけど、それはもう家事に必要な道具が満載だった。食材や種は俺が持ってきていたから、馬車のスペースに余裕があったからとのこと。
お皿を洗おうとしているモニカを呼び止める。
「あ、モニカ。ちょっといいか」
「はい」
「そのまま、ウォッシャーでモニカごと綺麗にしてもいいか?」
「感謝いたします。わたしに精霊魔法を使ってくださって」
「いや、一日動き回ったから汚れているだろう。ここにはまだ風呂もないし」
「お心遣い感謝いたします。ですが」
モニカの肩が俺の肩に触れる。
「ん?」
「ご一緒にされた方が、魔力の消費も一回で済みます」
「そういやそうだな。うん。じゃあ、一緒に」
お皿を持っていない方の彼女の手を握り、目を閉じる。
「もうちょっと寄ってもらえるか」
「はい」
俺の言いつけ通りにモニカは俺の肩に自分の頭を寄せる。
背中合わせになるのが一番良いのだが、まあこれでいいか。
「総士の名において依頼する。水の精霊よ。我が周囲を清めよ。ウォッシャー」
水の膜が俺とモニカを覆い、グルングルン回っていく。
すぐに術の効果が解け、お皿も含めてすっかり綺麗になった。
術が終わると、モニカはそっと体を離しお皿を一か所に積み上げて行く。
「お皿は俺が持っていくよ」
「ですが」
「いいって。それくらい。毛布の準備でもしておいてもらえるかな」
ヒラヒラと手を振り、積み上がったお皿を両手で抱え、モニカの乗ってきた馬車……荷物入れ用馬車へと向かう。
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