第9話 サンドイッチ
「ソウシ様、お鍋が焦げています」
「え、あちゃー。やっちゃったか」
お昼にしようと思って、とりあえず鍋に水を入れて湯を沸かしていたんだよな。
中に何を入れようかと迷っていた時に二人が訪問してきたからさ。
モニカが竈の前にしゃがみ込み、燃焼石の稼働を停止させる。
「お昼をまだ、頂いていらっしゃらなかったんですか?」
「うん」
「でしたら、少し待っててください」
モニカは自分の乗ってきた馬車に入って行った。
じゃあ、その間に俺はこの鍋でも洗うとするか。
この焦げ付き具合は普通にやると大変だ。こんな時は精霊魔法しかないだろ。
「総士の名において依頼する。水の精霊よ。この物を清めよ。ウォッシャー」
鍋を空に放り投げ、精霊に依頼する。
空中で鍋が水球に覆われ、わしゃわしゃーっと洗浄されていく。
鍋が地面に落ちる頃にはすっかり綺麗になっていた。
「お待たせしました。紅茶も持ってきてます」
白い布を被せたバスケットを右手に持ち、左手でポットを掴んだモニカが戻って来る。
幌から突き出た台の上にそれらを置き、モニカがにこやかにほほ笑む。
「少々お待ちを」
彼女は台の上に置いてあった綺麗に折り畳んだ純白の布を両手に持ち、ふわさっと広げる。
続いて彼女は両手をお腹の辺りで重ね、会釈をした。
「こちらへ」
「お、おう」
ピクニックじゃないんだからと苦笑しつつも、懐かしい気持ちになってきて目を細める。
どこにいってもモニカはブレないなあ。
白いシーツの上で座ったがいいが、やべえお姉え座りになっていた。
や、やばい。つい昔の癖で。
姿勢をあぐらに変え、モニカから紅茶の入ったティーカップを受け取る。
一方でモニカはバスケットにかけた布を取り払い、俺に見えるようにバスケットを少し浮かせた。
サンドイッチか。おいしそうだ。
手の込んだ料理ってのを食べていなかったからなあ。
「じゃあ、さっそく頂きます」
手を合わせ、モニカから手渡されたサンドイッチをほうばる。
レタスにトマト、お、ハムまで入っているじゃないか。それに、こいつはバターか!
「美味しい!」
「お気に召して頂けて光栄です」
くしゃっと笑みを浮かべるモニカの姿も懐かしい。
彼女は心から笑う時、とってもいい笑顔をするんだ。この笑顔が見たくて頑張ったこともあったよなあ。
あの地獄の修行の日々における、ある種清涼剤だった。
ぐう――。
顔をほころばせていたら、可愛らしい音が聞こえた。
「モニカもまだお昼を食べていなかったのか」
「お恥ずかしながら……」
顔を真っ赤にしてうつむくモニカへ食べるように促すが、正座し膝の上に手を置いたまま動こうとしない。
「ほら、食べよう。一緒に食べた方がおいしい」
「あ、ありがとうございます」
「モニカ。ここはお屋敷じゃない。だから、要らぬ気は使わなくてもいいんだ」
「は、はい……」
サンドイッチの端っこをかぷりと口をつけたモニカが控え目に頷く。
まあ、彼女のことだからお友達感覚でと言っても難しいと思う。
だけど、少しだけでも距離感が無くなればいいな。
「お、おお。紅茶に砂糖を入れているのか」
「はい。幸運にも手に入りましたので」
「砂糖かあ。砂糖もどうにかして自作したいけど……砂糖って何からできているんだっけ」
「砂糖は南国産の植物か、モンスターから採れると聞きます」
モンスターから採れるんだ……。それは知らなかった。
俺の知識によると砂糖は、サトウキビかサトウダイコンから採取する。
モニカの言う南国産ってのはサトウキビかそれに類する植物だろうから、ここで栽培するのは難しそう。
ま、砂糖が無いにしてもその代わりにハチミツとか甘いものは手に入るだろ。
何て考えながら、サンドイッチをもしゃもしゃと食べきった。
「ソウシ様。昼食後は?」
「そうだな。これを見て、あ、日本語で書いていたんだった。読み上げる」
「はい」
「『塩、肉、家の掃除、パン、豆乳、トマト、風呂、洗濯』の順で生活を整えて行こうと思っているんだ」
「素敵です。随分と計画的に事を進めていらっしゃるのですね!」
「ははは。今のところ家の掃除の途中まで進んでいる」
「もう塩と肉を確保されたのですか」
「偶然、うまくいったんだよ。あ、そうだ。岩塩のある場所はなかなか見ごたえのあるところだから、いずれ案内するよ」
「そうですか。是非!」
胸の前で手を組み、ぱああと嬉しそうに返事をするモニカ。
そこで彼女は竈の傍に転がったままになっている果実の残骸に気が付いたようだ。
最初から気が付いていたのかもしれないけど……豪快にそのままになっていたからな……。
「その実は食べられない果実なのですか? まさか、どこからか採ってきたものを毒見なんてことは……」
「いや、そいつはアーモンドの果実で」
「アーモンドが自生していたのですか! 珍しいこともあるものですね」
「そこに」
井戸の脇を指さすと振り向いた彼女も合点がいったようだった。
二人並んでアーモンドの木の下まで移動して、見上げる。
風に吹かれ青々とした葉とアーモンドの実が揺れ、心地よい音を立てた。
「見事なアーモンドの木ですね。以前ここに住まれていた村民の方が残されたものですか?」
「いや、これは一昨日だったかな。植えたんだ」
「植えた? この木をそのまま植え替えたんですか!」
「いやいや、こんな大きな物を馬車に積んでこれるわけないだろ」
「ですよね。えっと……」
コテンと首を傾げるモニカは、どういうことなのか理解できていない様子だ。
「種を植えたんだよ」
「ですが、見事なアーモンドの木ですよ」
「そう。こいつをだな。育てたんだよ」
「よくわかりません……申し訳ありません」
「よっし、百聞は一見にしかずだ。見せよう」
テクテクと馬車に戻り、小麦の種を少々掴みモニカと共に屋敷横の畑に向かう。
アンズの木に「ふああ」と感嘆の声をあげているモニカをよそに、畑に小麦の種をパラパラと撒く。
「じゃあ、実践するよ」
「はい」
目を閉じ、水の精霊へ呼びかける。
「総士の名において依頼する。水の精霊よ。かの地に雨を降らせ給え。スコール」
控え目に魔力を込める。
すると、いつもより優しい雨が畑に降り注いだ。
「ソウシ様の水の精霊魔法はいつ見ても素敵です」
「本番はここからなんだ」
パチリと片目を閉じ、集中状態へ入る。
「総士の名において祈る。元気に育ちますように。ヒール」
柔らかな光が小麦の種に注ぎ込まれると、緑の芽が出てぐんぐんと小麦が生育していく。
見る見るうちに小麦の穂が垂れ、収穫時期となった。
「どうだ?」
「は、はい……」
モニカはその場でペタンと尻餅をついて、あわあわと口が開きっぱなしになっている。
「あれ? 知らなかったのか? ヒールは植物にも効果があるんだよ」
「い、いえ。聖魔法のことを私が存じ上げないとお思いですか?」
「そう言えばそうだな。聖女の侍女だったんだものな。フェリシアも聖女になったし」
「ヒールが植物に効果を発揮するのでしたら、遥か昔から伝えられています」
確かに。モニカの言う事ももっともだ。
聖魔法の中でもヒールは基本中の基本にして、最も研究され著名なものである。
怪我をした時、どこに手をかざすと効率がいいか。どの程度の傷を癒すことができるのか。
熟達者ほど深い傷を治療することができるし、魔力量を込めると治療がより促進されたり……その内容は複雑怪奇である。
それだけ研究されているのなら、植物に効果があることなんてとっくの昔に分かっているはずだよな。
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