第6話 肉だあああ

 担いで帰るか。

 ずぶ濡れになったままの前脚を掴み、よっこいせええっと力を込めるが重すぎて担ぎ上げることはできなかった。

 俺はあのリザードマンみたいに力持ちじゃあないんだ。こんな弱っちい細い腕じゃあ、普通のイノシシがせいぜいだよ。

 

 仕方ない。

 ブッチャーナイフを鞘から出す。

 

<<しばらくお待ちください>>


「総士の名において依頼する。水の精霊よ。我が身を清めよ。ウォッシャー」


 水の球体が俺を包み込み、グルグルと回転する。

 この水の球体の中にいても呼吸ができるのはいいのだけど、目が回りそうになるのが玉に瑕だ。

 敵がいつ何時来るか分からないから、目を閉じるわけにもいかないし。

 

 もう一丁、ウォッシャーを唱え今度はボアイノシシもとい肉を洗い流す。

 

「ふう。これでさっぱりした」


 血のりでベッタリだったから、気持ち悪くて仕方がなかった。

 こんなに血の匂いをつけたまま歩いたら、肉食獣が寄ってきてしまうからな。

 

 いやあ、俺もすっかりこの世界に慣れたものだよ。

 来たばかりの頃だったら、とてもじゃないけどイノシシの解体なんてできなかった。

 これもベルンハルトの力あってのものだ。

 将来の一人暮らしを見越し、彼にサバイバル技術を学んでおいてよかったよ。

 最初はベルンハルトが見本を見せるだけでも、吐いちゃったものだ。そんな俺でも今ではすっかり解体にも慣れたもの。

 ははは。

 動物を捌く技術は、必ず必要になると思った。

 日本と違って通販で肉を購入するわけにはいかないし、家畜を飼育するにしても自分で捌かないといけないからさ。

 海の近くなら魚もありだけど……。

 

「あ、魚か。魚を取るのは大得意だ」


 どっかに湖か何かがあれば、魚が獲れるな。

 いずれまた探索に来よう。

 

 籠に背負えるだけの肉を詰め込み、ボアイノシシの皮を籠に被せてこの場を後にする。

 

 ◇◇◇

 

 猛獣に襲われることもなく、村の広場まで帰り着いた。

 肉もそうだが、岩塩も重たいのなんのって。岩だしな……。

 

 馬車の幌の前で腰を降ろし、ごくごくと水を飲み干した。

 ふうう。

 この疲れた体を癒すには唯一つ。

 

「肉だ。肉を食べるぞ」


 血抜きしたばっかだけど、まあいい。腐っているより遥かに良い。

 肉を串に突き刺し竈の上に置く。

 燃焼石に魔力を通したら後は待つだけだ。

 

 おっと、塩をパラパラと振っておかないとな。

 ジリジリと肉の焼ける音が俺の耳に届く。もうそれだけで、腹がぐううと悲鳴をあげる。


「よおおっし、食べるぞ。いただきますう!」


 手を合わせ、肉汁迸る肉の塊へかぶりつく。

 あんまりおいしくはないけど、塩があれば何とかなる。

 モニカやフェリシアまでとは言わないが、俺も少しは調理ってものをしないとおいしく頂くことはできないなあ。

 素材の味そのままで美味しいなんてものは幻想だ。

 焼くだけでおいしい肉は、焼く前においしくなるよう様々な工夫が凝らされている。

 工夫は血抜き、切り方、熟成、餌……などとあげればきりがない。

 俺のようにただ狩猟してきて、そのまま解体して喰うだとおいしくなるわけがないんだよな。

 しかし、肉を食べられたことだけでかなり満足できた。

 味が云々という欲が出て来たのは喜ばしいことだろ? だって、味にこだわろうとする余裕が出たってことなんだもの。

 

「ふう、もう食べられん」

 

 お腹をポンポン叩き、地面に寝転がる。

 目線の先に肉の入った籠が……。

 残りの肉は塩漬けにするか、精霊魔法で保存するかどっちかしないと腐ってしまう。

 せっかく狩猟してきた肉を腐らせるなんてとんでもない。

 

 塩漬けするなら、塩が余裕で足りん。もう一往復あの洞窟まで行って来たらいけるけど……今日はもう行く気はねえぞ。

 既に足腰ががくがくしているからな。

 

「となると精霊魔法か」


 よっこらせっと立ち上がり、籠に入れた肉を見やる。

 これ、どこに置いておこう? 馬車の中以外ないよなあ……。馬車の中には余り置きたくない。

 いいや、後から考えよう。

 

「総士の名において依頼する。水の精霊よ。霜を降ろし給え。ブリザベーション」


 力ある言葉に水の精霊が応じ、籠の中の肉が凍っていく。

 精霊魔法「ブリザベーション」は食材を凍らせる魔法で、持続時間は三日間。魔法の効果がきれたことを忘れ、食材を腐らせたことは一度や二度じゃあない。

 冷凍庫に保存するのと異なり、魔法を解除すれば一瞬で常温に戻るから解凍の手間要らずである。レンジでチンできないから、解凍するとなると一苦労なんだよね。

 

 外に放置して獣を呼び寄せても嫌だし、屋敷は埃まみれだから置いておけない。

 仕方ない、やはり馬車の中に保管するしかないか。

 とっとと屋敷の一室でも使えるようにしとかなきゃ、保管場所に困るな……。今後、どんどん持ち物が増えていくだろうし。

 

 ◇◇◇

 

 導きの書(メモ)によると、お次はお部屋の掃除と書いていた。

 ゴクリと喉を鳴らし、石造りの屋敷を見上げる。

 いつかやらねばならぬ。だが、ここの埃は手強い……イノシシなんかより遥かに。

 

 先に小麦の生産に行こうかなあ……いや、ダメだ。小麦を作ったとしても粉ひき問題が残る。

 

「でも、小麦ならどこの村でも食べているはずだし、すり鉢みたいなのでもいいから何か残ってないかな」

 

 ダメだ。結局、次に控えているのは民家のガサ入れになってしまう。

 となりゃ、埃と戦うことになるだろ?

 

 うううがあああ。

 仕方ねえ。やるしかない。いずれやることになるんだ。

 パーンと頬を叩き、屋敷の扉をくぐる。

 

 一歩屋敷の中に足を踏み入れ、再び外へ。


「ノー装備で行けるわきゃねえだろ。馬車にある品物を見繕ってみるか」


 馬車に一度戻り、再び屋敷の前に来た。

 ふふふ。これで行ける。

 手ぬぐいほどの大きさの布で顔の下半分を覆い、皮手袋と体をすっぽりと包み隠す旅装用のローブを身につけた。

 

 できれば箒やちり取りも欲しかったが、無いのだから仕方ない。自作しようにもいろいろ道具が不足している。何より、大工仕事は超苦手だ。

 こういう時、モニカが居てくれればサクっと掃除を済ませてくれるんだろうけど……。

 ぶんぶんと首を左右に振り、邪念を払う。

 

「大丈夫だ。俺には手がある」


 は、ははははは。

 謎の高笑いをあげ背筋を思いっきり反らす。

 いざ行かん。埃の魔窟へ。

 

 魔窟の中に入っても今度はむせることがなかった。

 ふふふふ。

 中はそのまま間仕切りの無い部屋となっていて、右手に暖炉、奥にキッチンがある。

 暖炉の前には何かの毛皮が敷かれていて、暖炉と反対側にダイニングテーブルと椅子が四脚置いてあった。

 もう見る影もないがな……。

 

 ところで諸君。何故、埃が舞い上がるか分かるかい?

 それは、軽いからだ。

 少しの空気の動きでさえ、軽い埃は舞い上がってしまう。

 

 なら、どうするか。

 

「答えはこれだ。総士の名において依頼する。水の精霊よ。かの地に雨を降らせ給え。スコール」

 

 霧吹きで埃を濡らすことで、埃が舞わず楽々除去できるようになる。

 我ながら素晴らしいアイデアだ。何かのテレビで見た気もするが、気にしたらいけない。

 このためのローブである。ローブを着ていれば多少濡れても平気なのさ。

 

「はははは! あ、ああああ。待って。ちょ、マジで」


 重大なことが抜けていた。

 自分で普段から言っているじゃないか「精霊魔法は細かい調整がきかない」ってさ。

 つまり、あああああ。

 お部屋が水浸しになってしまいました。はい。

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