第5話 秘伝の書

 はははは。

 今の俺は昨日までの俺とは違う。

 何故なら、メモがあるからだ。こいつに従って動けば、効率よく生活基盤を構築していくことができる……はず。

 

『塩、肉、家の掃除、パン、豆乳、トマト、風呂、洗濯』


 メモに目を落とし高笑いをあげる。


「ク、ククク。完璧じゃあないか」


 さて、導きの書(メモ)によると最初に行うべきは「塩」か。

 頼れるリザードマンの護衛ベルンハルトによると、北は森で西は山脈だと言う。

 ざっくりし過ぎている気がするが、指針にはなる。

 

 どっちに行っても動物はいそうだから、コイントスで決めるか。

 王国銅貨をピイインと指先で弾く。

 表が出たら森。裏が出たら山脈だ。

 

 カラーン。

 取りそこなって王国銅貨は馬車の床に落ちた。


「表か。ならば森だな」


 出立の準備をしようじゃないか。

 未だ見ぬ地域に俺の期待が膨らむ。未踏の地を探索するなんてワクワクしてこないか?

 

 背中に大きな籠をしょって、籠の中に大きな麻袋を入れた。

 腰にはサバイバルナイフくらいの大きさがあるブッチャーナイフ(肉切包丁)。

 衣服はそのままで行く。夜までには帰ってくるから、マントなんてものも必要ないだろ。

 おやつと昼食はサツマイモとアンズにアーモンドが少々だ。こいつは腰から下げた麻袋に放り込んでいる。

 

「ではしゅっぱーつ」


 えいえいおーと一人拳を天に突き上げ、北へ向かう。

 

「北ってどっちだっけ……」


 コンパスを懐から取り出し確認したところ、村の出入り口が南だった。

 というわけで、出入り口とは反対側に進めばいい。

 

 畑の跡地を抜け、朽ちた柵を飛び越えたら村の外だ。

 外に出てから三十分も歩かないうちに木々の密度が濃くなってきた。

 

「さすがに木々が邪魔で視界が悪いな」


 うっそうと生い茂る草木に眉をひそめる。

 耳を澄まさずとも、生命の息吹を感じることができた。

 なかなか豊かな森みたいだな。ここは。

 小鳥のさえずりとかもそのうち聞こえてきそうだ。

 

 ――クエエエエ。

 な、何このとんでもねえ鳴き声。小鳥ってレベルじゃねえぞ。

 とても嫌な予感がする。

 小さな水晶を取り出し、握りこむ。

 

「総士の名において祈る。我に結界を」


 聖魔法「結界」。宝石を媒介とし術者の周囲一メートルに結界を張る。

 威力の高い攻撃には効果が無いが、弓矢程度なら弾いてくれる。

 

 ゆっくりと音を立てないように木の幹の下まで進み、息を潜めた。

 さっきの鳴き声の主はこちらに迫っていないか。他に大型生物が近くにいないか、探る。

 風の精霊術が使うことができるのなら敵感知も容易なんだけど、残念ながら風に適性がないからな。

 

 …………。

 ……。

 どうやら、近くに大きな生物の気配はない。

 さっきの鳴き声の主も遠ざかって行っているようだ。

 

「んじゃ、進むか」


 生物が豊富ってことは、餌が沢山あるってこと。となると、大きな生き物も沢山いて不思議じゃあない。

 猪なら大歓迎だけどな。ははは。

 

 ◇◇◇

 

 うっそうと生い茂った森だからこそ探しやすい。

 岩肌が露出し、草木が少ないところを発見すれば、可能性が高いからな。

 森に入って一時間くらい経過したころだろうか。

 高さ三十メートルくらいの崖を発見した。周囲には草木がなく、開けた土地になっている。

 

 こいつは期待だ。調べてみよう。


「うわあ。入りたくなるよなあ。こういうところ……」


 崖には横穴があった。

 人間二人が横並びで入ることができるほどの広さがある穴がぽっかりと開いている。

 こういう横穴は猪や熊なんかの住処になっていることも多いと聞く。


「ま、どちらにしろ狩猟するつもりだったから行くか」


 こんなこともあろうかと、準備のいい俺は光石を持ってきていたのだ。

 光石を握りこみ、魔力を込める。

 ランタンはかさばるから持ってきていないけど、これで明りとしては充分だろ。

 

 おじゃましまーす。

 心の中で呟きつつ、穴の中に入る。

 せ、狭いな。

 入口こそ広かったが、すぐに天井が低くなり前かがみになりつつ進んで行く。

 時折立ち止まり、気配を探り、また進む。

 床は思ったより滑らかで、水が流れた跡が見受けられた。でこぼこしていないのは、水の浸食か何かかな。

 

 途中に分かれ道は一つもなく、真っ直ぐ進むと突然視界が開けた。

 

「すげえ」


 思わず声が出てしまった。

 洞穴の最深部は広場のようになっている。

 学校の教室程度の広さがあり、三分の二くらいの面積を透明感のある水たまりが占めていた。

 天井は高く十五メートルほどか。一部天井に穴が開いていて、そこから外の光が差し込んできていた。

 その光が水たまりに反射して幻想的な美しさを醸し出している。

 

 水をすくい、ペロリと舐めた。

 しょっぱい。

 これ、塩水か。

 いきなり口にするのは危険極りないことは分かっているけど、この水なら大丈夫。何故かそんな気がしたんだ。

 万が一の時は聖魔法でなんとかできる。

 

「この水を乾燥させたら塩が取れるな。しかし、ここが塩水になっているってことはこの辺り全部が岩塩なのかもしれない」


 試しに壁をナイフで削り、くんくんと匂いを嗅いでからちょこっとだけ舌にのせてみた。

 ビンゴだ。

 

「よおし、少々拝借するとしよう」


 意気揚々と洞窟を出たところで、ハッとなる。

 ゾクリと俺の背筋に寒気が走った。

 

 何かいる。

 そこの茂みの奥に。

 じっと息をひそめ、俺の姿を観察している何かが。

 

 さて、どうしたものか。

 魔力量は十二分にある。今朝は畑でヒールなんてしていないからな。

 聖魔法「結界」の効果もまだ持続している。

 

 相手の強さは不明。だが、圧倒的な気配を放っているわけでもない。

 さっきのクエエエなら話は別だけど、待ち伏せしているこいつなら問題ないだろ。

 

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 先手必勝!

 

「総士の名において依頼する。水の精霊よ。刃となりて切り裂け、ウォーターカッター」


 俺の求めに応じ、手のひらから水の刃が顕現し、真っ直ぐ茂みに向かって行く。

 ズパアアンと風を切る音がして、茂みにある雑草が一文字に切り裂かれた。

 

 ブウオオオオ。

 お、出て来た出て来た。

 ちょっかいをかけた俺に怒り心頭といった感じで、角のある猪のような生物が顔を出す。

 ボアイノシシか。

 こいつは猪より二回りほど大型で、凶暴かつ雑食で人だろうと捕食する。

 頭から一本の角が伸び、背中にもトゲトゲが並ぶ。猪との一番の違いは尻尾だろう。

 尻尾は太く短いが刃のような角が生えている。

 

 奴は俺を真っ直ぐに見据えると、前脚に力を込め飛び出す。

 前脚の力は凄まじく、砂ぼこりが舞いあがるほどだ。

 

「総士の名において依頼する。水の精霊よ。かのものを包み給え。ウォーターインベラップ」


 直径三メートルほどの水の球体が出現し、ボアイノシシの突進を食い止める。

 そのまま水の球体はボアイノシシを包み込み、奴を中に閉じ込めた。

 

 水の中でもがくボアイノシシだったが、しばらくたつとついに動きを止める。

 完全に動かなくなったことを確認し、ウォーターインベラップの魔法を解除した。

 

「よおし、ちょうどいい具合に肉も確保できた」


 持ち帰るには大きすぎるが、どうしようこれ。

 二メートルを超えるボアイノシシの体躯へ目をやりたらりと冷や汗を流す俺であった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る