第4話 樹木はしんどい

「ふああ」


 んー。良く寝た。

 幌を開けずとも分かる。馬車窓から差し込む光は淡いものじゃあなく、強い。

 光の加減からして、夜明けから結構な時間が立っているな……。

 

「まあ、急ぐこともないし」


 起き上がり、幌を開けると眩しさに目を細めた。

 それと同時に腹がぐううと悲鳴をあげる。

 

「さてと、朝食にしますか」


 鍋に水をくべ、乾燥させた大麦に塩を少々……本当はクリーム煮にしたいんだけど、残念ながら牛乳はない。

 あ、豆乳ならどうだ? いけるかもしれん。

 レーズンとクルミを加え、一度沸騰させる。

 冷えたところで簡易版オートミールの完成だ。

 

 お玉で鍋からオートミールをすくい、木の器に入れる。

 木のスプーンを取り出しまして、さっそくもしゃりと。

 

「もぐもぐ。うん、悪くはないが、うまくもないな」


 この世界はよくある中世ヨーロッパ風異世界なんだけど、食材が西欧風以外にものも多々ある。

 例えば、新大陸原産のトウモロコシやトマトなんてのもあるし、東アジア原産の豆類、穀類も手に入るんだ。

 日本人には余り馴染みがないが、地中海地域では古くから親しまれているデーツ(ナツメヤシ)なんてものもあったりする。

 とはいえ、気候を無視して育てることはできないから、何でも栽培できるってわけでもないんだけどね。

 できることなら、常夏の島なんかでゆっくりと暮らしたかったが、そこは我慢だ。

 ここで生活できるだけで、俺としては満足しているのだから。


 オートミールを食べ終わり、器を洗ったところで本日の作物を何にするか種袋の前で悩む。

 

「レーズンに豆乳、パン、米なんていろいろ食べたいものはあるが……加工ができない」


 米は脱穀が無理だ。パンは……粉ひきをやろうにもかなり手間だよな……。

 豆乳は大豆を絞らなきゃいけないんだが、あ、こっちは油にもなるか。さすがに醤油を作ろうという気概はないけど……。

 レーズン……ブドウならそのまま食べることもできる。

 

 よし、決まった。

 

「全部作ってみればいいじゃない。種はちゃんと回収してね」


 畑一杯に同じ作物を植える必要なんてない。俺が今日明日に食べる分だけならほんの少し種を撒けばいいだけだ。

 しかし、屋敷横の畑に来てあることを思い出す。

 

「サツマイモだらけじゃねえか……」


 そうだった。昨日すくすくと育ったサツマイモは一房収穫しただけで、残りはまだ畑に埋まっている。

 いや、まさか一瞬で生育するなんて思わないじゃないか。だから、ほら、畑一面に茎を植えたんだよね。そんなに広い畑でもないし。

 

「よろしい。ならば収穫だ」


 スコップを手に持ち、思いっきり背をそらして偉そうに宣言する。

 土を掘り、サツマイモを引き抜き背負った籠に放り込む。

 しばらく続けていると何だか楽しくなってきた。これぞ大地の恵み、生きているって感じがするよな。

 ……なんて思っていたのは半分くらい収穫が終わるまでだった。

 

「もういいだろ。半分はスペースが空いた。浄化をかけてから植えよう」


 浄化をかけた後、ふといい事を思いつく。

 樹木で試したらどうなるんだろ?

 

 どうせならそのまま食べることができて、乾燥させて長期保存できるものがいいな。

 候補は幾つかあるが、色がきれいなアンズ(アプリコット)で試してみるか。

 接ぎ木でやるのがいいとがモニカが言っていた気がする。しかし、接ぎ木の元になる木も無いし。

 上手くいかなかくても構わないからな。

 

 畑から見て屋敷と反対側の辺りにしゃがみ込み、スコップで土を掘り返す。

 そこに種を一粒撒いて、土を被せた。

 

「浄化ってどれくらいやりゃいいんだろ」


 村の中には木も草も自生していることだし、全部が全部ダメってわけじゃあないだろ。

 ダメならダメで、浄化をかけてから試してみればいい。

 

「それじゃあま。やりますか」


 馬車から持ってきたジョウロを傾け、水をやりつつ目を閉じる。

 

「総士の名において祈る。元気に育ちますように。ヒール」


 うらあああ。魔力を持っていくだけ持っていけえ。

 寝すぎた俺の魔力量は現在満タンだからなあ。ははは。

 土から緑の芽が出てきてグングンと枝が伸びて行く。

 ある程度、枝が伸びてきたところで生育が止まってしまった。

 アンズはまだ幹になるまで育っていない。

 

 ん。

 今の魔力量だと、これくらいが成長限界ってことかな。

 いや。

 水が足りてないんじゃないか? 

 物は試しだ。

 

 今度は大きめのバケツに水を汲み、どばーっと根元にかける。

 

「総士の名において祈る。元気に育ちますように。ヒール」


 お、おおお。

 グングンとまた成長し始めた。今度は俺の背丈くらいになったところで成長が止まる。


「ん、水じゃないかもしれない。一回のヒールで成長できる限界があるのかもしれない」


 一回のヒールで一年分成長する、とかかもしれん。


「よろしい。ならば、ヒールだ」


 最初から数えて八回目で、アンズの果実が実った。


「はあはあ……手間取らせやがって……」


 アンズの実をむしり取り、そのままかじる。

 お、なかなかいけるじゃないか。

 果樹は少し手間だけど、何度もヒールをかければ収穫できることが分かったことで良しとしよう。

 

 それだったら、他の果実も試したいな。

 オートミールにも使えてそのままかじることもできるアイツも育成するか。

 

 ◇◇◇

 

「はあはあ……さすがに二本の木を成長させたら少しキツイな」


 収穫したアーモンドの実を握りしめ、膝をつく。

 アーモンドの木は馬車の置いている広場の脇に生育させた。

 アンズの近くだとよろしくないとモニカが言っていた気がする。

 この果実の種がアーモンドになるんだ。乾燥させるのに多少時間がかかるけど、使い勝手がよいからな。

 

「ちょっと休憩」


 よろよろと馬車に入り、そのままバタンと倒れ込む。

 昼からは屋敷の掃除でもしようと思っていたけど、予想外に疲労した。

 魔力を回復させるには――。

 

「寝る」

 

 毛布をかぶりそのまま枕に顔を埋めた。

 

 ◇◇◇

 

 さて、時刻は昼下がりというには遅すぎる時間だが、気にしてはいけない。

 すっかり魔力量が元に戻ったからよいではないか。

 若いっていいよね。すぐに回復するからさ。ははは。

 

 小麦とかトマトを作るぞーと意気込んでいたけど、今日はもうヒールを使うのは勘弁願いたい。

 これ以上やったらヒールでトラウマになりそうだからな……。何事も焦らずじっくりと、やり過ぎはよくない。

 アーモンドの木を見上げながら、うむうむと頷く。


「少し遅いがご飯にするか」


 人参、ジャガイモ、干し肉を刻み鍋に入れて、ぐつぐつと煮込む。

 味は塩と玉ねぎと鳥ガラを煮詰めて粉にした「コルド」って調味料を使う。

 

「やっぱり肉は美味しい。肉が食べたい。肉、肉……」


 肉を食べるなら、外で狩猟してこなきゃいけねえ。

 明日は狩りに出る。食材はまだまだあるんだ、問題ない。

 いや、待て待て。塩だろ塩。岩塩を探しに行くんだろうに。

 目標が沢山あって分からなくなってくるから、メモに残していた方がいいな。

 

 馬車から小さなパピルスを持ってきて、炭でメモを取る。

 この世界の文字じゃあなく、日本語でね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る