第3話 村の名前

 屋敷のキッチンを使うか悩んだ結果、広場でそのまま炊事をすることにしたんだ。

 あの埃を全て取っ払っていたら夕方になってしまう。

 他の空き家に入り物色すると、レンガを拾うことができた。

 レンガを積んでかまどを作り……っとちょっとグラグラしているけど、気にしたらダメだ。

 漆喰なんてものもないし、あ、そういや細かい砂を詰めて安定させる建築物とか見た気がする。この世界じゃなく、テレビの世界遺産か何かで。

 なあに時間は沢山あるんだ。そのうちちゃんとしたものを作ればいい。

 

 そんなことより、今は一刻も早くこのサツマイモを食したい!

 馬車から燃焼石を数個持ってきて、竈に放り込む。

 鍋に水を……あ、水がないな。

 

「こういった村だと大概広場に井戸があるんだが」


 周囲をぐるりと見渡したら、あったあった。

 広場の左手奥、住居と住居に挟まれるようにして井戸らしきものを確認できた。


「あ、枯れてる」


 井戸を覗き込んだものの、水が全くない。


「だが、問題ない。問題ない。問題は別のところにある」


 先にやってしまおう。

 

「総士の名において依頼する。水の精霊よ。水を満たし給え」


 井戸に手をかざすと、みるみるうちに井戸に水が溜まっていく。

 問題はここからだな。

 桶を引くための荒縄を掴み、軽く引っ張ったら――予想通り荒縄がぷっつんと切れた。

 哀れ桶は井戸の底に沈んで行く。

 

「ですよねえ」


 水の精霊魔法は加減がきかないんだよな。コップ一杯の水だけ出すなんてことは難しい。

 大は小を兼ねるというけど、水浸しになったらそれはそれで面倒だ。

 

「あ、大は小をか。よし」


 目を閉じ、水の精霊へ呼びかける。

 

「総士の名において依頼する。水の精霊よ。水を満たし給え」


 もう一丁うう。

 

「総士の名において依頼する。水の精霊よ。水を満たし給え」

 

 よおっし、井戸から水が溢れてきたぞ。

 ちょ、ちょっとやり過ぎたかもしれん。溢れる水はしばらく止まらず、俺の靴を濡らす。

 ついでに中から底だけじゃなく側面も割れた桶が浮いてきて、井戸から地面に落ちた。

 荒縄が無事でも桶が使えなかったってわけね。どっちにしろダメだったじゃねえかよ!

 

 ともあれ、これで井戸は使える。

 それ井戸じゃないだろって? 聞こえない聞こえないー。

 

「水の確保完了ー。おー」


 一人掛け声を出し、鍋で水をすくう。

 この水でサツマイモを洗……いや、そんなことをしなくても直接洗えばいいじゃねえか。

 

 井戸でサツマイモを洗い、水を張った鍋に放り込む。


「これで準備完了だ」


 竈の底に転がる燃焼石に人差し指を向ける。

 指先から僅かな魔力を放つ。

 魔力に反応した燃焼石が黒から赤に変わり熱を発し始めた。


「燃焼石ってその辺に転がっているもんなのかな。探し方は教えてもらったけど……」


 暖まり始めた鍋を見つめながら、心許ない燃焼石のことに想いを馳せる。

 この世界には地球には無い不思議な鉱物が幾つかあるんだよ。

 燃焼石はありふれたものなのだけど、とても便利な鉱物なんだ。魔力を込めると文字通り燃焼し、炭のように熱くなる。

 燃焼石の遠赤外線効果は炭の二倍程度。使用回数に制限はないが、合計使用時間がだいたい2時間ほど。


「ま、いざとなれば普通に火を起こせばいいだけ。周囲を探索してみりゃ何か出て来るだろ」


 塩のついでに鉱物もチェックするか。

 いや、鉱物よりも肉だ。肉を確保したい。鹿とか猪はいないのかなあ。

 ん? 狩猟なんてできるのかって?

 心配するな。俺には魔法がある。ははは。

 

 よし、そろそろいいか。

 鍋を火からあげ、井戸まで運ぶ。

 水である程度冷ましてから、いよいよ実食だ。

 

「熱っ!」


 サツマイモを半分に割って口につけたが、まだまだ熱かった!


「ははは。これもまたいい」


 冷めるまでの間に塩でもとってくるとしようか。


 ◇◇◇

 

 サツマイモはなかなかのお味だった。一個食べるとお腹一杯になるほどの大きさだったけど、中身は普通のサツマイモと同じみたいだな。


「やりたいことがあり過ぎて逆に動けねえな」


 広場で一人、腕を組みうんうんと唸る。


「あ、肝心なことを忘れていた」


 衣食住の確保が当面の目標だけど、衣食住を確保するために最も重要なこと……それは安全だ。

 浮かれすぎていて最も基本的なことの確認が抜けていたぜ……。

 寝ている間にモンスターや猛獣に襲われたらゾッとする。

 

 広場から続く道をテクテクと歩き、村の入り口まで来た。

 入口は左右に杭が立てられただけの簡素なものだったが、杭から柵が伸びている。

 申し訳程度に安全を確保しようとしたんだろうけど、柵が頑丈かどうかはどっちでもいい。

 むしろ……。

 柵に軽く体重をかけてみると、あっさりと音を立てて折れた。

 

「うん、頑丈なわけがない」


 手をパンパンとして埃を払い、ふうと息を吐く。

 ん? 杭に何か文字が彫り込まれているな。

 

『ランバード』


 村の名前かな。俺一人なわけだし、村の名前とかは必要ないか。

 だけど、確かにここに人が住んでいた時期もあった。残された家や柵がその証拠だ。

 塩害が元で放棄されたと聞いているから、壊滅的な被害を及ぼすモンスターなんかは襲撃してこない、はず。

 来ないよな?

 

「つっても、見ておくに越したことはない」


 柵に沿って歩き始める。

 柵が壊れていないか。壊れている場合はどのように壊れているか、壊されているかを確認していく。

 

 歩き始めてすぐに民家が見えなくなり、雑草がまばらに生える畑の跡が広がっていた。

 民家が入り口から屋敷までの間に集中していて、その外周は畑だったってことかな。

 うん、分かりやすい作りをしている。

 

 一周回るころには二時間くらい経過していた。


「思ったより広いな……」


 杭の横で座り込み、水袋に口をつけ水を飲む。


「それほどの危険は無いように思える」


 水袋から口を離し、呟く。

 柵の様子を鑑みるに強風で倒れたり、浸食に耐えられず朽ちてしまったものがあったりしたが、ブレスで焼かれたりした跡があるものは見当たらなかった。

 猪程度の大きさの動物がぶつかった跡が二か所ほどあったけど、それくらいなら問題ないかな。

 長い時の間に二か所だけなんだもの。

 

「まあ、この村に食糧になるものが残されていないものな。食べるものがないなら猛獣も来ない」


 当たり前だが、猛獣だって目的が無いと村までやっては来ない。

 今後は腹を空かせた魔物や猛獣がやって来ないとは限らないか。

 

「今日のところはこれくらいにして、馬車に戻ろう」


 ちょうど日も暮れてきたしさ。

 

 その日の夜は持ってきた食材を使わず、サツマイモをもう一本食べることにした。

 せっかくだしな! いや、本音は調理が面倒だったからサツマイモにしたんだよ。サツマイモなら蒸かすだけだし。

 それにしてもヒールで一瞬で植物が生育することが分かったから、食糧の心配はない。馬車に保存食やらを詰め込み詰め込みしてきたんだけどなあ。当初の目標は保存食でつなぎつつ周辺を探索して食糧を確保する予定だった。森や山に行けば肉を含め食糧はあるだろうし(でなきゃ森にならないさ)。

 

 馬車に入り、ランタンに魔力を通す。

 するとランタンが淡いオレンジ色の淡い光を灯し始める。

 ランタンの中には光を放つ光石が備え付けられていて、魔力を通すとしばらくの間光るって寸法だ。

 

 毛布を引っ張り出し、寝転がる。


「明日は何をしようかなあ。村を散歩するのもいいし、外を探索するのもよいなあ」


 馬車の後部の幌を開けると、満天の星空が目に映る。

 今日は半月か。

 こっちの世界でも月は一つで、星座の位置は全然違うけど星も見える。

 眺めているうちにウトウトしてきて、いつしか寝てしまった。

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