第2話 俺のヒールがおかしい

「さすがに50年を過ぎると、どこもかしこもダメになっちゃうんだなあ」


 広場のすぐ奥にあった屋敷に入り、はあとため息をつく。

 他の家より一際大きく、中央にあることからこの屋敷は村長宅か何かだろう。

 石造りだったこともあり、壁が崩れてきたりすることはなさそうだけど……それだけしか期待できないな。

 大物家具だけは運べないからか残されたままだったけど、小物類その他は一切残っていない。

 燃焼石の一つでも残ってりゃなあ。

 

 埃を被ったキッチンに手をやると、ぶわあっと埃が舞い上がりせき込む。 


「たまらねえ」


 窓を開け放とうとしたら、窓枠ごと外に落ちてしまう。

 ううむ。こいつはいろいろ修繕が要りそうだな。

 

 二階にあがると、部屋が6つもあった。


「左から順に開けて行こう」


 そんなわけで一番左の部屋をオープン。

 ぶわっと埃がああ。

 大丈夫だ。廊下の窓は全て開いている。というか既に窓枠が腐っていて窓枠自体がなかった。

 

 室内は大きな本棚と執務机。他にはテーブルを挟むようにソファーが二脚ある。


「見たまんまだけど、ここは執務室か。村長たるもの事務仕事も沢山あったってことかなあ。もしくは、村長の書斎だったのかも」


 本棚には一冊も本がなかった。

 ソファーと執務椅子に腰かけることは控えることにする。

 ……脚が折れそうだし。

 

 残りの部屋は全て寝室で、かろうじて使えそうなベッドが一つあった。

 だけど、埃っぽ過ぎるのと布団が朽ちてえらい事になっていたから、俺が使うことはないだろうな……。

 

「骨組みが無事なだけ良しとするか」


 ぎいいいっと嫌な音を立てる入口の扉を閉め、外に出る。

 屋敷の左側は厩舎で、右側にはちょっとした畑の跡があった。

 畑の跡は当時の面影などまるでなく、雑草がぽつぽつと生えてる。

 

 畑か。丁度いい。

 この村は作物が育たなくなったから、放棄されたという。

 ベルンハルトの事前調査によると塩害が原因とのこと。

 危険なモンスターによって村が全滅したみたいな原因だったら、俺が来ることを許してもらえなかったところだった。

 だけど、塩害なら問題ない。その為の聖魔法を学んだからな。

 

「試しにやってみるか」


 畑の広さは目算で横二十メートル、縦三十五メートルってところ。

 聖女の替え玉を舐めてもらっては困る。これくらいの広さは余裕だ。

 俺が替え玉になった理由は、アリシアと容姿が似ていたからだけではない。魔力量もそっくりだったのだよ。

 え? 魔力量? と思うかもしれない。

 もちろん、日本にいた時、俺は魔力なんて持っていなかった。

 だけど、この世界に召喚された途端に聖女と同等の魔力量を持っていた。

 理由は分からない。

 俺の想像に過ぎないが、人間には元々それぞれの体内に魔力を貯蔵する器を持っているのではないかと思う。

 地球には魔力の元になるマナってものがないから器は空のままで、この世界だとマナがあるから器に魔力が注がれる。

 魔力量ってのは器の大きさで、聖女と俺は同じくらいの大きさを持っていた――のではないかと。

 

「魔力量はあるが、技術は別だ……でも、ま、浄化くらいなら」


 目を閉じ、複雑な印を脳内で思い浮かべる。

 こいつが中々難しいんだよなあ。よし。

 

「総士の名において祈る。この地を浄化せよ」


 緑色の光が畑の跡に差し込み、すぐに消失した。

 聖魔法「浄化」は大地の状態を整える初級魔法である。だけど、これは一時的なものだ。

 塩害が出ているのなら、いずれ畑にまた塩害が出てしまうだろう。

 でも問題ない。毎日浄化の聖魔法を唱えたらいいだけに過ぎないのだから。

 

 聖魔法と呼ばれているけど、俺は魔法ではなく魔術と呼称したほうがいいんじゃないかって思っている。

 というのは、魔法を使うには技術が必要だからだ。

 印を組んだり、呪文を唱えたり……方法はいくつかあるけど、どれも修練を要する。

 多少拙くても、普通より多くの魔力を消費すりゃ発動するし、膨大な魔力を注ぎ込めば威力もあがる。

 つまり、俺の使う魔法とはそんなものなんだよな……。

 もっとも、聖魔法以外なら技術より相性と魔力で押せるものもあるんだけどね。

 

「これで浄化はできたはず。さっそく試してみるか」


 ふんふんーと鼻歌を歌いながら馬車へ戻り、種イモが入った麻袋を担いで屋敷横の畑の跡地、いや畑に足を運ぶ。

 しかし、麻袋を開けた時、失敗に気が付いた。中には種イモじゃあなく、葉っぱが二枚ほどついた緑の茎がいっぱい入っていたのだもの。


「あ、しまった。これ、サツマイモだった。まあいいか。これはこれで美味しいから」


 植えるのはこっちのが楽だ。何しろ土に茎を挿すだけだもの。

 植えたら何をするかって? そいつは水やりだろう。

 任せろ。精霊魔法は得意なんだ。


「総士の名において依頼する。水の精霊よ。かの地に雨を降らせ給え。スコール」


 中空に突如雨粒が浮かび、畑に降り注ぐ。

 精霊魔法は複雑な術式は必要ない。全て精霊さんにお任せなのだよ。

 お任せな分、ヘソを曲げられることもあるけど、俺の魔力を好きなだけ注げば大概のことは聞いてもらえる。

 ははは。まさに「札束ではたく」とはこのことだ。

 

 畑がいい感じにしっとりとしたところで、最後の仕上げに取り掛かるとしよう。

 なあにおまじないみたいなものだ。

 

「総士の名において祈る。元気に育ちますように。ヒール」


 傷を癒すことができる聖魔法「ヒール」なら、おまじない代わりにはなるだろうと思ってさ。

 もしかしたら、芋が傷ついていたりすると癒してくれるかもしれないだろ?

 芋の傷ってどんなものかも分からないけどな。

 

「え、えええええ!」


 畑から緑の芽が出てきて、みるみるうちに茎が伸び葉っぱがぐんぐん増えて行くじゃあねえか!

 な、なんだこれ。どうなってんだ?

 茫然としているうちに、畑が緑色で一杯になった。

 

 まさか、サツマイモが?

 しゃがみ込み、手で土を掘り返してみる。

 大きなサツマイモが出てきた……。

 

「どうなってんだこれ? まさかヒールが植物に効果ある? いや、そんな話は聞いたことがない」


 ひょっとしたら、ヒールに膨大な魔力を込めたからかもしれない。

 繰り返しになるが、俺は回復魔法が得意じゃあないんだ。だから、無理やり発動させるためにヒールとしては破格の魔力を費やしてしまう。

 何故、謎の植物超育成が発生したのかってのは余り重要じゃあないから放置でいいや。

 重大なことは、ヒールをかけると植物が僅かな時で収穫できるってことだ。

 見事に育ったサツマイモを掴み、まじまじと見つめる。

 泥をはたいてみたら、見事な紫色の皮が確認できた。こいつは本当にサツマイモができていると見ていいな……。

 一応、スコップやら多少の農具は馬車にあるから、掘り返すにもそれほど苦労はしないだろ。


「すげええ! これで畑に関しては何も心配いらないな。この小さな畑だけで余裕だろ」


 浄化からの一連の流れを辿るだけで、即収穫だからな……。俺一人が食べていく分なんてたかが知れているし、今日食べたいものを植えればすぐ食べることができる。

 ヒール、あなたはなんて恐ろしい子。

 ゴクリと喉を鳴らしたら、腹までぐううと鳴った。

 

「さっそくこのサツマイモを食べよう!」


 よおっし。鍋くらいは持ってきている。

 サツマイモならそのまま蒸かすだけでいいからな。できれば塩も欲しいところだが……調味料は貴重だけど使っちまおう。

 だって、そこら辺に岩塩くらい埋まっているだろ。でなきゃ生き物は生きて行くことができないしさ。

 塩と水は生き物にとって必ず必要な栄養分なんだ。これがないとすぐに死んでしまう。

 ベルンハルト情報によると、北は森林、西は山脈らしいからそこで動物を探せばいい。動物がいたならば塩はある。


「そんなことより、俺の腹が悲鳴をあげている!」


 馬車へと急ぐ俺であった。

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