聖女の替え玉だった俺の聖魔法は植物特化らしい~廃村で楽々隠居生活はじめました~

うみ

第1話 聖女を引退し廃村に行きます

 ようやくここまで来たか。

 心の中で呟き、馬車に座りぼーっと外を眺める。

 訳の分からないまま召喚され、聖女アリシアの替え玉となってから苦節三年。新しい聖女も誕生し、お役御免となった。


「本当にいろいろあったよ……」


 つい本音を呟いてしまったと左右を確認する。

 幸い馬車の中にいるから、外まで声は漏れてはいない。

 ホッと胸を撫でおろした時、低いが良く通る声が俺を呼ぶ。

 

「アリシア様、準備が整いました」


 馬車の扉を開け、外に出たら「わっ」と歓声が起こる。

 それほど大きくない村って聞いていたけど、100人近くの人が集まっているんじゃないか?

 純白のベールの奥で眉をしかめ、扉の前で立つ偉丈夫へ目を向ける。

 

「ご準備ありがとうございます。ベルンハルト」


 自分のものじゃない澄んだ女性の声が俺の口から出てくる。

 これにはもちろん種も仕掛けもあるのだ。

 髪の色と声を変える「変異の魔道具」ってのがあって、そいつをずっと身につけている。

 魔道具は聖女として過ごして行くために必須のアイテムだった。

 しかし、それもあと少しの辛抱だ。


「では出立いたしますか?」


 頭を下げる偉丈夫へコクリと頷きを返す。

 彼はくすんだ緑色の鱗を持つリザードマンという種族の戦士だ。聖女の護衛としてこれまで俺に付き従ってくれていた。


「それでは中にお入りください」

「いえ、少しお待ちを」


 馬車から離れ、一歩進んだだけで村人からざわめきが起こる。

 いくら小さな村とはいえ、村人たちは浮足立ち過ぎじゃないだろうか……と思うが、気にしてはいけない。

 聖女ってのは、超人気アイドルみたいなもんなんだよ。小さな村ほど注目される。


 俺が見つめる先には、膝小僧を擦りむいた小さな女の子。

 てくてくと彼女の元まで行き、膝を落とす。

 すると、彼女の手を握っていた母親らしき女性が驚きの声をあげる。

 

「せ、聖女様!」

「もう聖女ではありません。私のことはアリシアとお呼びください」


 純白のベールに手をかけ、顔を露わにする。

 そのままの姿勢で女性を見上げ、にこりと微笑む。

 恐縮したように彼女は深く頭を下げた。


「アリシアさま?」


 女の子が真っ直ぐに俺を見つめてくる。


「膝を怪我しているではありませんか。見せていただけますか?」

「うん!」


 女の子の膝に手を掲げ目を瞑った。

 聖女といえば聖魔法と相場が決まっているのだが、俺は聖魔法が得意ではない。

 そして、数ある聖魔法のうち最も苦手とするのが――回復魔法だ!


「アリシアの名において祈ります。この者の傷を癒し給え。ヒール」


 手の平から暖かな光が溢れ、女の子の傷を覆っていく。

 すると、みるみるうちに彼女の傷が消えていった。


「ありがとう。アリシアさま!」

「いえ。痛くないですか?」

「うん!」


 女の子は満面の笑みを浮かべ、俺の手を握る。

 一方で俺は慈愛の籠った聖女スマイルを浮かべているが、内心冷や冷やしている。

 小さな傷を癒す「ヒール」は聖魔法の中でも下級の基本魔法なんだ。

 だけど、ヒールが超苦手な俺は、無理やり傷を癒すために上級聖魔法に匹敵する魔力を込めた。

 これでなんとか元聖女としての面目は保てたってわけさ。

 

「お待たせいたしました。行きましょう」

「はい。アリシア様」


 馬車に乗るとすぐに動き始める。

 さらば、人里よ。もうアリシアとしてここを訪れることもないだろう。

 

 ――二日後。

 馬車が杭を立てただけの入り口へ入って行く。周囲は柵で覆われてはいるものの、腐食が進み雑草は生え放題でまだ柵としての形を保っているのが不思議なほどだった。

 入ったと思ったらすぐに道が途切れ広場に出る。

 民家も長い時間経過によって朽ち始めており、扉が倒れている家まで見受けられた。

 うん。完璧だ。

 この様子だと人っ子一人いないだろう。

 

 ガタン。

 広場の中央で馬車が停車する。

 リザードマンの護衛ベルンハルトが扉を開け、細い目を更に細めた。

 

「本当に行かれるのですか? アリシア様」

「はい。もう決めたことです。ご協力、本当に感謝いたします」


 いろんな人が俺に協力してくれたんだ。俺が元の俺に戻れるように。

 生きるすべを、魔法を、円満に聖女を引退できるよう――数え上げればキリがなかった。

 中には聖女と成り代わるためのものも含まれているけど……。

 だから俺は、いきなり召喚され聖女の替え玉とされたことを恨んではいない。

 俺の正体を知る数少ない人たちはみんな俺に誠実であったし、替え玉として過ごす代わりに出来る限りの便宜を図ってくれた。

 ベルンハルトもまたその中の一人だ。

 

 だから、ありがとう。本当に。

 心の中で再び感謝の意を告げ、静かに立ち上がる。

 

 そして、馬車の扉をくぐった。

 外に踏み出す。

 

「ベルンハルト」

「アリシア様……この地には誰もいません。あなた様を助けてくれる者も何も」


 コクリと頷き、ベールを脱ぐ。

 ふわさっと艶のある薄紫の髪がふわりと舞った。


「アリシアは今この時をもって」

 

 そこで言葉を切り、聖女らしくないニヤリとした笑みを浮かべる。

 変異の魔道具――首から下げている大粒のアメジストを握りしめ、ベルンハルトに向け放りなげた。

 その瞬間、髪の色が薄紫から黒に変わる。


草壁総士くさかべ そうしとなる」


 元の男の声で宣言する。

 そう、俺はこの時を持ってアリシアから元の自分に戻ったのだ。


「アリシア様……いえ、ソウシ殿。どうかご壮健で」

「ベルンハルト。何も心配ないさ。寒村? 誰もいない? 大歓迎だ! 俺は俺として生きて行くことができるのだから」


 力一杯の笑顔を浮かべ、グッと親指を突き出した。

 街や村だと俺が聖女だと知れ渡っているし、俺が俺に戻ることができないだろ。

 王国や教会に迷惑をかける気は毛頭ないからな。

 

「それが本来のソウシ殿の顔なのですな」

「違うかな?」

「ええ。全く違いますぞ。私はそちらの方が好みですな。その顔はとても、あなたらしい」


 握手を交わし、ベルンハルトと肩を叩き合う。

 無性に彼の態度が嬉しかった。

 俺を聖女アリシアとしてではなく、一人の青年「草壁総士」として接しくれくれたことが。

 

「ですが、変異の魔道具はお持ちになってください。万が一のこともあるかもしれませぬので」

「分かった。お守りとして持っておくよ」


 ローブの懐へ変異の魔道具を仕舞い込むが、術は発動しない。

 この魔道具は首から下げないと効果を発揮しない仕様となっている。できることなら、もう二度と使うことがありませんように。

 

 遠ざかって行く馬上のベルンハルトを見つめながら、グッと拳を握りしめた。

 まずは何をしようか。

 使える家を探すか、それとも井戸でも確認する? それとも、外敵が来るかもしれないから結界魔法でもかけるか?

 いや、決まっている。

 まず最初にすることは――。

 

 純白のローブに手をかけ一息に取り払う。

 ローブの下には聖衣ではなく、紺色のシャツに黒色のズボンに茶色のブーツ。

 そう、ここに来る前に準備をした聖女アリシアではなく、草壁総士としての服なんだ。

 

「やるぞお。ここで快適に楽しく暮らしていくんだ!」


 大丈夫。

 この日のために、魔法だけじゃなくサバイバルから護身術まで学んだ。

 それに……残された馬車に目を向ける。

 馬車には積めるだけ資材を積んできた。こいつがあればしばらくの間は生きて行くことができるからな。

 

 馬車に入り、純白のローブを綺麗に折り畳んで床に置く。


「んじゃま。お次は家探しをするか。寝床は必要だろ。いや、馬車で眠ることはできるから、他に。ああもう」


 考えがまとまっていないけど、はやる気持ちは抑えきれない。

 目的も決まっていないのに、馬車から飛び降り歩き始める。


※少しでも気になりましたら、作品タイトル下にある一話目を読むの隣にある「作品フォロー」を頂けますと励みになります! よろしくお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る