Subsection C02「墓場の森の老婆」
「薄気味悪い森ねぇ……」
森を歩きながら、ユリハはふとそんな感想を抱いていた。まるで誰かに見られているような──そんな視線が常に感じられた。
ところが、こんな森の奥に誰が居る訳でもないし、実際に人影は見られない。それなのに、見られているような感覚は消えることがなかった。
何度も振り返ってみるが、やはり誰の姿もない。
「確か、こっちの方に森の出口があったはずよね……」
上空から見た景色を頭に思い浮かべ、現在地の進行方向などと照らし合わせて町を目指す。
やがて、開けた場所に出た。墓石がいくつも並んだ墓場である。
立て看板があり、目を向けると『墓場の森』と書かれてあった。
「あぁ……」と、ユリハはそれでこの場所を思い出した。
──死者を手向けるという“墓場の森”。
それは確か、世界の南西にある
ならば、森への出口も近いはずだ。出口を目指して歩き出そうとした時──ふと、今までは気付かなかったが、墓石の前の人影が目に入って足を止めた。
──ガリッ!
──ゴリッ!
──グチャッ……!
しかもその人物は俯き、異様な音を鳴らしていた。およそ墓参り中に鳴るようなものではないそれは、余りにもユリハにとって不快な音であった。
眉間に皺を寄せつつ、ユリハはこちらに背中を向けてしゃがんでいるその人物に声を掛けた。
「あの、すみません……」
相手の動きがピクリと止まった。
「道に迷ってしまって……。もしよろしければ、近くの街までのルートを教えて欲しいのですが……」
そこでユリハは言葉を止め、それ以上に喋ることができなかった。相手が振り返り、こちらを見たからである。
その形相は、余りにもおぞましかった。
口の周りをべったりと赤色に染めた老婆──。墓石の前は掘り返されており、そこから突き出た遺体の体からは血が滴っている。
ユリハは警戒心を強めて、ゆっくりと後退った。
老婆はギロリと、そんなユリハを睨み付ける。
「これはこれは……。久し振りに生きの良い、ご馳走が迷い込んだようじゃのぅ」
老婆にはユリハのことが鮮度の高いお肉にでも見えたようで、舌なめずりをし出した。
ユリハは身の危険を感じてさらに後ずさっていった。──しかしその足を不意に何者かによって掴まれ、バランスを崩して倒れてしまう。
ユリハの足を掴んだその腕は、地面の土の中から生えてきていた──。
「お前たち、ご馳走だよ!」
老婆が嬉々として叫びを上げると、周囲の墓石の土が盛り上がっていく。地中から腐乱した死体──ゾンビたちが次々と這い出してきた。
今しがたユリハの足を掴んできたのもゾンビの腕であった。地面から顔を出したゾンビが、ユリハに向かって咆哮を上げる。
「アァ……アァアアアァアァッ!」
一瞬、ゾンビの手が離れた──その隙にユリハは飛び退き、ゾンビから距離を取る。
「逃がすかっ!」
山姥が飛び掛かって来て、思い切り爪を立てて左肩を引っ掻いてきた。
「痛っ!」
鋭く尖った山姥の爪はユリハの衣服を切り裂き、その白い肌に食い込んだ。鮮血が滴る──。
ユリハは傷口を手で押さえながら、山姥と距離を取る。
その間にも続々と、地中からゾンビの群れが這い出してきていた。
「これは、退散した方が良さそうね……」
ユリハは踵を返して森の奥へと駆け出した。
──背後から「逃がすな、追え!」という老婆の怒号が響いたが、振り返ることもできなかった。
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