Subsection C03「幽霊少女との出会い」
ユリハは出現したゾンビから逃げるように、森の中を駆け抜けていた。でも、何も臆したわけではない。それには死を司る女神としての事情もあった──。
死を司る女神であるユリハは、冥界の許可無く無闇矢鱈に他者の生命を侵害してはならないのだ。きちんと正式に討伐命令が下った相手でなければ、危害を加えることはできない。──それは則ち、例え相手から殺意を向けられたとしても、抵抗することが出来ないということである。
だから、一度捕まってしまえば解放されるまで絶えるか──あるいは、自ら生命を断つ他、選択肢というものはなくなってしまう。
死を司る女神としての能力と引き換えに、ユリハはそうした厄介な制約に縛られていたのである。
ゾンビの群れに囲まれて、行く手を塞がれてしまえばその時点でお終いである。
──そうならないために、ユリハは脱兎の如く逃げ出していた。
ともあれ、冥界からの討伐令さえ下れば、こちらからはやりたい放題である。その妖魔が人間に害意を与えている──そんな証拠を収集して、閻魔に進言しなければならない。
なんにせよ、今は分が悪いので逃げることに徹した。証拠を集めるにしても、それなりに時間が必要になる。
背後から、ユリハを追跡するゾンビ達の呻き声や慌ただしい足音が響いてくる。
「追われる人の気持ちって、こんな感じなのね」
普段は追う側であるユリハは、獲物の気持ちを体感して自嘲気味に笑った。
ゾンビたちから距離を取って引き離し、再び森の奥にまで逃げてきたユリハは簡易的な腕の治療に当たる。左肩に布を巻いて止血する。
「なにこれ……」
治療を施しながら顔を顰める。山姥の生爪が突き刺さっていた。気色の悪いものである。
──ふと、何者かの気配を感じた。
「……何かが居る?」
野生の動物や追っ手のゾンビたちとは異なる気配がする。──かと言って、こちらに敵意を向けているようには思えないので新手の妖魔というわけではなさそうだ。
確かに、誰かがそこに居た。──しかし、その姿は見えない。
『あの……』
「きゃあァァあっ!」
不意に耳に息を吹き掛けられたので耳元で、ユリハは驚いて飛び上がってしまった。
そんなユリハの反応に、相手の方も驚いた様子だ。
『ごめんなさい、ごめんなさい……』と謝るばかりである。
ユリハも、そうも下手に出ている相手に怒鳴る気持ちも起きない。深呼吸を繰り返して心を落ち着けると、相手の顔を凝視した。
ペコペコとユリハに向かって頭を下げているそれは人間の少女の姿形をしていた。──が、その表皮は透過していて背後の景色が写って見えた。
指にはめた水色の宝石のついた指輪ですらも透き通っている。それはつまり──。
「……幽霊?」
思い当たるものとしては、それくらいしかない。
幽霊少女は『はい、そうです。驚かせてすみません』と再び頭を下げてきた。
「そんなに謝って貰わなくても大丈夫よ。少し驚いただけだから。……それに、幽霊っていうのは、驚かせるのが仕事みたいなものでしょう」
『ありがとう御座います』
今度は、幽霊少女は感謝の気持ちを表すために頭を下げた。どうやらずいぶんと丁寧な性格をしているらしい。
『あの……失礼なことを言ってしまってたら、すみません。貴方様は普通の人間ではないようにお見受けするのですが……』
「ええ、わたしは死を司る女神だから、普通の人間と違うと言われればそうかもしれないわね」
それを聞いた幽霊少女の表情がパアッと明る。
『お願いです! アイツらをこの森から追い出して下さい!』
突然、幽霊少女が耳元で叫んだので、ユリハの耳はキーンとなった。
『ああっ、ごめんなさい、ごめんなさい……』
そんなユリハに、幽霊少女はひたすらに謝り続けるのであった。
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