Subsection B06「ご案内人」

「お待ちしておりました」

 天界の宮殿でユリハを出迎えてくれたのは、ユリハと同世代くらいの女の子であった。眼鏡を掛けていて、小脇に分厚い本を抱えていることから勤勉さが窺えた。

「冥界の使いの方ですわね。ウェラ様がお待ちですわ。こちらへどうぞ」

「は、はぁ……」

 女の子が先立って歩き、ユリハはその後に続いて宮殿を奥へと進んだ。

「申し遅れました。私はウェラ様の秘書を務めております。本を司る女神、イシス・パーシヴァルと申します」

「ユリハ・ナノ・クレヴァーです。死を司っております」

 相手の丁寧な物言いに感化され、ユリハもできるだけ恐縮ながらペコペコと頭を下げた。


 宮殿の正面にある大きな扉を潜り、ウェラが居るという玉座の間へと通された。

 段の上に豪勢な椅子があり、そこに女の子が偉そうに足を組んで座っていた。

──彼女こそが天界の長──全ての神々の頂点であるウェラ・スポンスキィーだ。

「よく来たのぅ」

 高い所から頬杖をつき、ウェラはユリハを見詰めた。そんなウェラに対して敬意を払って、ユリハはその場に跪いて頭を下げた。

「冥界より、指名を受けて参りました。ユリハ・ナノ・クレヴァーです」

「あぁ、堅苦しい挨拶は構わぬぞ。ユリハよ」

 ウェラはパタパタと手を振った。

 ユリハは驚き、顔を上げる。

 流石は神々の頂点に君臨する女神といったところか──なかなかに寛容な心をお持ちのようである。

「……それで。今回、お前を呼んだのは他でもないのじゃが……」

 ウェラは言いつつ、イシスに視線を送る。

 イシスは「はい」と頷くと、ウェラの話しを引き継いで説明を始めた。

「近頃、妖魔の活動が活発化しているとこを御存知でしょうか?」

「活発化……?」

 ユリハは、冥界のコルクボードに貼られていた依頼の量が増えていたことを思い出す。それだけ人に危害を加える妖魔が増え、人間たちが危ぶまれているということだ。

「……確かに、閻魔が忙しそうにしていたわ。そういえば、最近は仕事も増えたってボヤいてたわね」

 ユリハが苦笑すると、イシスは頷いた。

「えぇ、その通りなのですよ。それも、これまでは単独で悪さを働いていた妖魔が主流でありましたが、最近では組織化して悪事を働く者たちも多いのです」

「へぇ〜。そうなんだぁ」と、ユリハは感嘆の声を漏らしたものだ。これまでユリハが相手をしてきた妖魔は、どちらかといえば単独犯が多い。

 複数名で徒党を組んだような妖魔には、これまでお目にかかっていない。

「そちらの方が、何かをするにも効率が良いからのぅ。なかなか賢い連中が現れて、知恵を付けてきたというわけじゃ」

 ウェラが横から補足を入れた。

「集団であるからこそさらに凶暴化し、神々に危害を加えようとする者たちも現れ始めたのです。これは、今までなかった傾向ですね。お陰で、各地の守り神も手を焼いているようです。中には、町全体が妖魔に占領されてしまった場所もあるみたいです」

「それは血気盛んね……」

 ユリハも事態の重さが分かって神妙な顔付きになる。現場に立つ身としては、力を付けた妖魔というのは討伐しにくそうで厄介に思えた。

「……そして、妖魔たちがそのように動きを変えたきっかけとして、私達はある者の存在を確認致しております」

「ある者……?」

「通称ぬらりひょんと呼ばれる、妖魔たちの総大将の存在じゃ」

 ウェラが横から声を上げる。

「……ただ、奴は姿を人前に現そうとはしない。妾らも、その行方を追っておるのじゃが、なかなか尻尾を掴めんのじゃ。襲撃を受けている各地の神々の援助や救出もあるからな……人手が足りん状況にあるというわけじゃ」

「……ですので、猫の手も借りたいということで、ウェラ様も英断なされたのです。冥界に、手助けを要請したのです」

 不意に、イシスがじっとりとした視線を向けて来たのでユリハは首を傾げた。

「……え? なに?」

「お一人ですか?」

 イシスの言葉は何やら不服そうだった。

 もしや、もっと大人数で来るとでも予想していたのであろう。

 単に閻魔に言われて冥界から派遣されてきた身のユリハとしては、なんだか肩身が狭い思いがした。

「これ! 失礼じゃろうが!」

 流石に、そんなイシスの無礼を主であるウェラが窘める。そこら辺の礼儀に関してはしっかりしているようだ。

「折角、来てもらったのに失礼じゃろうが! 要請を受けてくれただけでも有り難いじゃないか。……全く、お前は頭が固すぎていかん」

「ウェラ様の仰る通りですわ。……失礼なことを言って、申し訳ありません」

 イシスも自分の失言を撤回し、頭を下げた。

「いえ。全然構わないから、気にしないでください!」

 ユリハは笑顔を返して手を振るった。

 ユリハとしても、冥界を背負ってこの場に居る身であるので、どの様に反応したら良いものか困ったものである。

「それで私は、人間界に行って、そのぬらりひょんとやらを捜し出せば良いということですか?」

「はい。次いでに行方不明になっている神々の救援もお願いしたいです。どうにも、地上での活動は上手くはいかなくて……」

 イシスが困ったような顔になるので、ユリハは共感して頷いた。

「それは、確かにそうかもしれませんね……」

 神々はそれぞれ妖魔に対抗しゆる特殊な能力を持っているが、しかしそれはある制限下のもとでしか発揮することができない。

 例えば、夜の月明かりの下でしか本領が発揮できなかったり、能力を発動するために必ず特定の道具が必要になったりする──といったものだ。

 ユリハも冥界から許可を得なければ、他者を傷付けることすら許されないのだ。

 神々の中にも更に厄介な制約に縛られている者も居るので、制限のない妖魔相手に苦戦するのは当然のことである。


「分かったわ。どうせ、受けろと言われて来ているんですもの。その任務、必ずや成し遂げてみせますわ」

「ありがとう御座います」

「そうか! 感謝するぞ!」

 イシスとウェラは喜び、にこやかに微笑んだ。

「それでは地上に下りて、調査をお願い致します。こちらでもぬらりひょんの所在については調べてみますので、何かわかったらお伝えします」

「ええ。よろしくお願いしますね」

 ユリハもイシスの言葉にうんうんと頷いた。

「ミィにまた下界までの案内も頼んでおりますので、また入り口へとお戻り下さい」

「ミィ?」

 聞き覚えのない名前に、ユリハは首を傾げた。

「ここまで、ユリハさんに案内を頼んでおいた者ですわ」

 あぁと、ユリハは頷いた。

 案内役とは即ち──あのペガサスのことなのだろう。天馬がミィという名前らしい。


「それでは頼んだぞ、ユリハ・ナノ・クレヴァー。活躍に期待しておるぞ」

「お任せて下さい」

 ユリハは深々と神々の長に向かって頭を下げると、言われた通りに玉座の間を出て入り口に向かって歩き出した。

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