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 陛下のその宣言に、場はしんと静まり返りました。

 マブロゥ様といえば、なにを言われたのか理解できないというような顔で、ぽかんと陛下を見つめています。


「妾妃がわたしに薬を盛り、夜這よばいをかけた時点で、関係のあった平民の男の子供を身籠もっていたらしい。それがマブロゥ、おまえだ。……こんなことなら、レティシアの命乞いなど聞かずにさっさと妾妃を処刑しておくのだった」

「なっ、母上がそんな恥知らずなことをするはずがありません! なにかの間違いです! それに、処刑などおかしいではないですか!」


 ……そんなことを言えるマブロゥ様の正気を疑います。妾妃様の所業は、十分処刑される理由ですよ。


「平民が王族に薬を盛るのが、なんの問題もないと言うのか? 薬を盛れるというのは、毒も盛れるということだ。処刑されて当然と思うが」

「し、しかし! それは父上を愛するがゆえだと思います!」

「……わたしを愛していて、他の男の子を身籠もるのか? 第一、当時妾妃は他の貴族の男にも粉をかけていたぞ」


 すると、お父様も陛下のお言葉に頷きました。


「そうですね。わたしも執拗しつように迫られて困りましたよ」

「黙れ! おおかた母上に相手にされなかった逆恨みだろう! 適当なことを言うと許さんぞ!」


 えええ……。

 許さないもなにも、はるかに身分の高いお父様に命令口調とか、マブロゥ様、いったい何様のつもりですかね。必死なのは分かりますが、無礼すぎませんか?


「マブロゥ、おまえが黙れ。そもそも、おまえに命令する権限などない」

「しかし、それでは母上の名誉が守られません! これはなにかの間違いです! 母上はきっと誰かにめられたのです! そうだ、王妃が一番怪しい!」


 すると、陛下がぴくりと身を震わせました。そのお顔はみるみるうちに険しくなられます。

 ああ……、マブロゥ様、陛下の逆鱗げきりんに触れてしまいましたね。


「……レティシアが妾妃を嵌めただと? あれだけかばわれておきながら、よく言えたものだ。この恩知らずめが!!」


 その陛下の剣幕に、マブロゥ様があわあわと慌てふためきました。

 王妃様が妾妃様を嵌めるつもりなら、そもそも陛下が夜這いされた時に命乞いしませんよね? なぜ、そんな簡単なことが分からないのでしょう。……まあ、そうであるから、今までいろいろとやらかしていたんでしょうけれど。


「そもそも、セレーネを殺そうとした時点でおまえは処刑されるはずだったのだ! それをレティシアが止めたことで、おまえは命を永らえたというのに、その温情は無駄だったようだな!」

「なっ、なぜ、わたしが処刑されなければならないのですか!?」


 マブロゥ様が驚愕していますけど、それこそなぜなんですが。

 公の場であなたがしでかしたことはごまかしようもありませんし、王位継承権を持つわたくしを殺そうとしたことは、十分その罪に値します。

 王子というだけで、王家がマブロゥ様の横暴を許したと貴族たちに思われては、今まで培った忠誠も簡単に失われてしまうでしょうしね。


「おまえよりも身分の高いセレーネを殺そうとしたのだから当然だろう。男爵家の婿に入れたことだけでも感謝してしかるべきなのに、被害者であるセレーネに婿に入れろと居丈高に怒鳴りつけるとはあきれ果てるわ」

「ち、違います! わたしは婿の来てがないセレーネに同情してそう言ったまでです!」

「……どこまで愚かなのか。公爵家の跡取りであるセレーネに、婿の来てがないということはありえない。実際にセレーネには各家からの婚約の打診がひっきりなしだという。おまえはただ自分が不自由のない生活を送りたいだけだろう。セレーネにあのような侮辱までしたというのに、なんと浅ましいことか。こんな卑劣な輩を婚約者にしてしまうなど、セレーネには本当に申し訳のないことをした」

「なっ、いくら父上でも失礼です!」


 マブロゥ様が怒って抗議しますが、怒りたいのはこちらですよ。あなたのあまりの馬鹿さ加減にあきれ果てて、その気力すら湧きませんが。


「おまえの父ではないとわたしは申した。失礼と言うが、本来の父も平民であるおまえはまぎれもなく平民だ。思い上がるな」

「そ、そんな! ですが、母上は王族ですよ!」

「……その王族をたばかって側室に収まったのだ。その子供であるおまえがわたしの子でない以上、身分は取り消されるに決まっているだろう」

「そんな、そんな馬鹿な! 高貴なわたしが平民になるなど!」


 そんな言動など一切してこなかったのに、高貴が聞いて笑わせますね。

 平民どころか、お先真っ暗な未来しかないというのに、どこまでお花畑なんでしょうか。妾妃様は自業自得なので、既にどうしようもありませんけど。

 ……そういえば、彼の奥方様はどうなるんでしょう。

 末端とはいえ、王族であるマブロゥ様が婿に入ったことで、彼女のしでかしたことが見逃されていた部分もあるんですよね。

 その前提が根底から覆されてしまった今、彼女の未来も明るいものではないのは確かです。


「高貴もなにも、おまえの所業は平民でさえ唾棄だきするようなものだ。そのようなおまえには、平民の身分でさえもったいないわ」

「そんな父上、ひどすぎます! わたしがいったいなにをしたというのです!」


 あきれたことにマブロゥ様がまだ抗議していますが、陛下があれだけおっしゃったのに理解できないとは、どれだけ鳥頭なんでしょうか。……いえ、ニワトリのほうがまだ賢いかもしれませんね。

 あなたがわたくしにしたことをそっくりそのままされたら、絶対に許さないでしょうに、なぜそんなことにも思い至らないのか不思議でなりません。

 でもまあ、少し反論されたくらいで頭に血が上る方ですから、自分以外がどうなってもかまわないと普通に思っているんでしょうね。わたくしには理解しがたい思考回路ですけれど。


「──くどい。父と呼ぶなとわたしは言った。おまえのような卑怯者ひきょうものを末席とはいえ、王族としていたことは王家の恥でしかない。後日改めて沙汰がある故、それまで地下牢に入っておけ!」

「ちっ、地下牢!? なぜわたしがそんな罪人の入るようなところに……!」


 マブロゥ様が驚愕して叫んでますが、あなたはまぎれもなく立派な罪人ですよ。それも国家級の重罪人です。

 妾妃様がしでかした罪がどれだけまずいことか理解できていないとは、本当におめでたい脳内です。

 まあ、もう関わることもないでしょうし、この方の末路がどうなろうとわたくしの知ったことではありませんが。


 ──そして、見苦しくわめくマブロゥ様を騎士たちが地下牢へと引き立てていきました。

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