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「──まあ公爵。気持ちは分かるが、そこまでにしておけ。話が進まん」
しばらく悲鳴を上げるマブロゥ様をお父様が蹴りつけるのを皆して傍観しておりましたが、見かねたのか陛下が止めに入りました。
「お父様、ありがとうございます。わたくしは大丈夫ですから」
わたくしがそう言うと、お父様はようやくマブロゥ様をいたぶるのをやめました。……だいぶ不服そうでしたが。
「なっ、なぜ礼など言うのだ! 公爵は貴様の婚約者であるわたしに暴力を振るったのだぞ!」
……あらあら、お父様にあれだけやられて、まだ叫ぶ余裕があったとは驚きます。見苦しいので、鼻血と鼻水は拭いたほうがいいですよ。
お父様が「もっと殴ってやればよかった」とつぶやいていますが、いよいよ侍従たちがおびえるので、舌打ちはやめてくださいな。
「それをあなたが言うのですか、
「しっ、しかし!」
「……本当にあきれるな。先程セレーネからもともと嫌っていたと言われたばかりではないか」
反論しようとするマブロゥ様に、レアンドレ様があきれたように言いました。援護ありがとうございます。心強いですわ。
「あなたにかける情など、露ほども持ち合わせていませんわ。そんな無駄な期待をするよりも、ご家族である奥方様や男爵家の方々に慰めていただいたらどうでしょうか」
「あ、あれは悪魔だ! わたしが婿に入った途端、態度が変わって罵倒ばかり! わたしはあの女にだまされていたんだ! あの胸も詰め物で……!」
あー……、コリンヌ嬢のあの胸、盛っていたんですね? 彼女もそれなりにあるのに、わたくしのことをメロンと侮辱したので不思議に思っていたのですが。
「やはり天然物にはかなわない! 貴様のその胸は、間違いなくそうだからな! 喜べ! わたしが行き遅れそうな貴様を救ってやるぞ!」
「──嫌ですわよ、気持ちの悪い」
わたくしが一言で切って捨てると、マブロゥ様は驚いた顔をしました。
「な……っ」
「あなたの妻になるくらいなら、修道院にでも入ったほうがましです。鳥肌が立ちますわ」
すると、お父様がこの馬鹿馬鹿しい会話に入ってきました。
「そうだな。セレーネはこの馬鹿と婚約が決まったときも、そう泣き叫んでいたものな」
お父様、わたくしの黒歴史をばらしましたね? 子供の頃のこととはいえ、かなり恥ずかしいのですが。
……いえ、これはこの際必要悪だと受け取っておきましょう。
「なっ、ば、馬鹿だとっ!?」
わたくしの黒歴史と引き替えにしたのに、マブロゥ様はお父様に馬鹿にされたことに心を奪われたようで、がっかりです。
「そのものじゃないか。それに、セレーネは行き遅れることはないぞ。わたしが婿に入るからな」
「兄上、ずるいですよ! 大好きなセレーネの婿には僕がなるんだ!」
ダレン様とセドリックがどさくさにまぎれるように求婚してきます。できれば落ち着いた場所で聞きたかったですわ。
「なっ! セレーネ貴様、わたしという者がありながら浮気していたのか!!」
「はあ……?」
一気に周囲が「なに言ってるんだこいつ」というように生温かい目でマブロゥ様を見つめます。
「浮気をしていたのはおまえだろう。今のセレーネは誰にも縛られていないのだから、求婚されてもなんの問題もない。──そういうわけだから、わたしもセレーネに求婚するよ」
えっ、レアンドレ様までもですか?
でも王太子様ですから、公爵家の婿にはなれないですよ。
「兄上は王太子ではありませんか! セレーネの婿になるのは無理です」
「そうだよ! 次期国王の兄上は対象外です!」
ダレン様とセドリックが主張しましたが、お父様がそこで口を挟みました。
「別に公爵家はわたしの代で終わってもかまわない。結婚相手については、セレーネが望むとおりにしなさい。今まで苦労をかけたことだしな」
「……お父様」
お父様の優しさに、思わず涙が出そうになりました。
けれど、そのとてもよい場面をぶち壊す者がいました。マブロゥ様です。
「婚約破棄されるような女のくせに、どこまでも無礼なやつだ! 少しちやほやされたくらいで思い上がるな!」
ええ……。
それをあなたが言うんですか?
「……婚約者があなた以外の方だったら、婚約破棄などされていないと思いますよ? あなたがあの騒ぎを起こしたからこその現状ですわよね?」
いまだに理解していないようですけれど、はじめから無礼なのはあなたのほうですよ。
そして、レアンドレ様もわたくしに加勢してくださいました。
「マブロゥ、おまえこそ少しは身分というものをわきまえたらどうだ。公爵令嬢であるセレーネは、たかが男爵家の婿であるおまえが侮辱してよい相手ではない」
「わたしは婚約者だったのだぞ! こんな仕打ちが許されるか!」
……この馬鹿、自分勝手すぎてあきれます。
あなたから破棄した婚約ですよね? こんな仕打ちもなにも、ただの自業自得だと思うのですが。
すると、それまで沈黙されていた陛下が重々しく口を開かれました。
「──そうか。それでは、セレーネとおまえの婚約はなかったことにする。おまえと婚約していたことじたいが、セレーネの経歴の汚点になるだろうからな」
「なっ! 父上、なぜわたしとの婚約が汚点になるのです!」
驚愕したかのように叫ぶマブロゥ様に、陛下はさげすみきった目を向けられました。
「黙れ。おまえに父などと呼ばれる筋合いはないわ」
「父上!」
「黙れと言うのが分からんのか!!」
場の空気が震えるような声を陛下が上げられます。普段穏やかな陛下がここまでお怒りになるのも珍しいことです。
ようやく口をつぐんだマブロゥ様を
「妾妃がすべて白状した。──おまえはわたしの子ではない」
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