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「──ふざけんな! なんでわたしがこんな汚いところに入らなきゃなんないのよ!」
──日の光も射し込まない王宮地下牢。わけもわからないまま、ここに連れてこられたコリンヌは、貴族とも思えないような口調で口汚くののしる。
そのコリンヌの暴言に黙っていられなかったのか、看守が怒鳴り返した。
「黙れ、この大罪人が! おまえがセレーネ様にしたことを許されていたのは、婚姻した偽王子が王族であるとされていたからだ! それが偽りの身分であるならば、本来の罰を受けることになるのは当然だろう!」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! 偽王子? 偽りの身分? マブロゥ様は王太子にはなれなかったけど、れっきとした王子様でしょ!?」
鉄格子にかじりつきながらコリンヌが叫ぶが、セレーネに同情的だった大多数に属する看守は鼻で笑った。
「妾妃が他人との子を陛下の子と偽って生まれたのがあの偽王子だ。容姿も気品も陛下とは似ても似つかぬと思ってはいたが、まさか平民との子とは、
「なっ、なんですって! 平民との子!? マブロゥ様が!?」
落としたマブロゥに王位継承権のなかったことでさえ許しがたかったコリンヌは、驚愕の事実に目を剥いた。
「それじゃ、まぎれもない平民じゃないの! わたしの今までの苦労はなんだったのよ!」
「……自業自得だろう。そもそもあの偽王子が婚約破棄騒ぎを起こした時点で、王妃様が止めていなければ処刑となっていたはずだったらしいぞ。一応あの時は王子という身分だったが、だがもしそうなっていたら、おまえも間違いなく処刑されていたはずだ」
「なっ、この世界のヒロインのわたしが処刑されるわけないわ!」
「……はあ? なにを言ってるんだ。頭がおかしいのか?」
いきなり意味不明のことを叫びだしたコリンヌに看守が顔をしかめる。するとその時、大声でわめくマブロゥを連れて騎士がやってきた。
「無礼者! わたしにこんなまねをして許されると思うな!」
「いいからさっさと歩け。……騒がしくてすまないな。陛下をたばかった大罪人を連れてきた」
「ああ、ご苦労。こちらもうるさかったから気にするな」
顔見知りらしい騎士と看守のやりとりの合間にコリンヌが驚愕に目を見開く。そして、夫であるマブロゥに噛みついた。
「あっ、あんた、平民ってどういうことよ! なんで貴族のわたしが平民なんかと結婚する羽目になってんの!? ふざけんな!!」
「こっ、コリンヌ!? なぜここにっ! おまえこそ胸も金もないくせに、よくもわたしと結婚しようと思ったものだ!」
「平民だと知ってたら、大した顔でもないあんたなんか攻略しなかったわよ、このチョロ男が! 安易にこんなの選ばずに、地位も容姿も優れてるレアンドレ様に絞っておけばよかった!!」
見苦しい夫婦喧嘩を目にして、看守と騎士は苦笑した。もっとも、今この二人を一緒にしたら、予想できることではあったのだが。
「こんなのとはなんだ! 貴様、レアンドレにも粉をかけていたのか! この浮気者が!!」
「うるさい! 地位しかとりえがなかったくせにえらそうにするな、クズ! 王子どころか平民なんてありえないわ! 離婚よ、離婚!」
「望むところだ! そうすれば、問題なくセレーネと結婚して、わたしは公爵になれるのだからな! わたしを陥れた貴様に目にもの見せてくれるわ!!」
「なんですって! 馬鹿な平民のくせにつけあがってるんじゃないわよ!」
怒りのためか真っ赤になって怒鳴りあっている二人に、看守と騎士はあきれ返った。
そもそも、男爵令嬢と平民のマブロゥとの婚姻がありえないなら、王家の血筋である公爵令嬢のセレーネとの結婚は、もっとありえないことになぜ気づかないのか不思議である。
マブロゥを牢に入れたあとも、みっともないののしり合いを二人が繰り広げていたところに、新しい客が訪れた。
「なんであたしがこんなとこに入るのよ! あたしを誰だと思ってんの!?」
「はいはい、国王陛下をたばかった大罪人ですね。あなたにはお似合いですよ」
騎士と一緒に妾妃を連行してきた副看守長がヒステリックに叫ぶ妾妃の言葉を笑って受け流した。
きいぃっと悔しそうに叫んだあと、妾妃が牢の中のコリンヌに気がついた。
「……あんたね!? あんたがヘタ打ったせいで、国母になるというあたしの計画がおじゃんじゃないの! たかが男爵令嬢のくせに、あたしの邪魔してんじゃないわよ!!」
妾妃が平民出身であることで、国母などまずありえないのだが、何度いろいろな者にそう説かれても、いまだに妾妃は理解していないようである。
そして一番ヘタを打ったのは、マブロゥが男爵家に婿入りする際に「せっかくマブロゥを王子にねじ込んだのに、あたしの計画が台無しじゃないの!」と失言した妾妃である。
「はあっ!? こっちこそいい迷惑よ! 王子どころか平民の、顔もあんたに似て不細工なこんな男なんかと結婚なんてしたくなかったわよ!!」
「なっ、なんですって!! 言うにことかいて、この女狐が!!」
「ぶっ、不細工だと!? コリンヌ、貴様!!」
……カオスである。
いずれも傲岸不遜な性格であるからして、こうなるともはや手が着けられない。
副看守長は同情的な目で看守を見ると、ため息混じりに言った。
「もう一名人員を配置する。それまで我慢してくれ」
「……お気遣い感謝します」
看守の経験上、もちろん今までにも騒ぎ立てる罪人はいたがこの比ではなかった。
一人でも十分やかましい者が三人も集まると、看守にとっては苦行でしかないだろう。果たして二名でも耐えられるかどうか。
看守は礼を述べると、少し遠い目になるのだった。
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