ドラゴンチャイルドLEN - LOVERS SAGA Ⅱ-

34 シンク翔ぶ

　上空を見上げる。

　空の裂け目はさっきと比べてだいぶ小さくなっていた。

「青山、悪いな」

　シンクは幼なじみに一言だけ告げると、瞬間移動の範囲ギリギリまで上方へと移動した。

　地面はかなり下にある。

　当然、姿を現した直後に落下が始まった。

「はっ！」

　即座に爆炎を下方向に撃って落下の勢いを殺す。

　クールタイムが終わるとすぐにまた上へ瞬間移動。

　落ちる。

　瞬間移動。

　爆炎を撃つ。

　落ちる。

　瞬間移動。

　爆炎を撃つ。

「ねえ」

　落ちる。

　瞬間移動。

　爆炎を撃つ。

　落ちる。

　瞬間移動。

　爆炎を……

「ねえってば！」

　紗雪に足を引っ張られて地面に叩きつけられた。

「痛えよ！」

「なにやってんのよさっきから。一人で昇ったり落ちたり爆発したりバカみたいよ」

　言われないでもわかってるよちくしょう。

　落下速度が思ったより速かった。

　そのうえ爆炎で体が浮き上がる効果もほとんどなかった。

　瞬間移動の再使用時間がくる前に、ほとんど昇った分だけ落ちてしまう。

　それでも少しずつ上に進んでいたのだが、一分近く続けてジャンプした紗雪に捕まって引きずり降ろされる程度だから、その成果は推して知るべし。

　はるか上空の裂け目に辿りつくまでには何時間かかることやら。

　というわけで、いきなり目論見の外れたシンクは激しく絶望していた。

「なあ青山、お前、あのバカでかい剣を投げてあそこまで届くと思うか？」

　こいつが以前に自分が投げた剣に飛び乗るという非常識なことをやっていたことを思い出す。

　シンクも同じ要領で紗雪の剣に乗ればあそこまで行くこともできるかもしれない。

　とは言えさすがにあの距離では無理だと思うが、ダメ元で聞いてみると、

「たぶん届くと思うけど……」

「そうか。お前ってどうしようもない化け物だな」

「なによ化け物って！」

　いやだって、絶対に無理だと思ったのに。

　まあ、規格外の怪物を甘く見ちゃいけないってことだ。

「あの向こうにレンさんがいるのね？」

「……ああ、今度は本当だ」

「わかったわ。送ってあげるから行ってきなさい」

　シンクは目を見開いて紗雪の顔を見た。

　てっきり自分が行くと言うと思っていたのに。

「いいのか？」

「レンさんを無事に連れて帰って来ることが第一でしょ。悔しいけど、新九郎が行った方が良いと思う。今の私はまだレンさんの信頼はそれほど得られてないから……」

「青山……」

「でも、勘違いしないでよねっ！　無事にレンさんが戻ってきたら改めてアタックするんだからっ。新九郎には負けるつもりないんだからねっ！」

「そうか、ありがとう。」

　シンクは素直に礼を言って頷いた。

　正直に言えば、殊勝な態度を取る紗雪が見てて気持ち悪い。

　自分に酔ってるっぽくてウザいけど、とりあえず協力してくれるみたいなので黙っておく。

「さあ、そうと決まったらさっさと行ってらっしゃい」

　紗雪は≪古大砕剣（ムラクモ）≫を具現化して両手で担ぎ上げた。

　シンクはタイミングをうまく合わせて飛び乗ればいい。

「いくわよ……三、二、一、でりゃぁっ！」

　紗雪が剣を放り投げた。

　同時にシンクは瞬間移動で剣の上に移動する。

　剣は靴底をずざざと滑り、勢いのままにシンクを跳ね飛ばして上昇して言った。

　跳ね飛ばされたシンクは地面に背中から激突する。

「痛てえ！」

「ちょっと、なにやってんのよ！　こんな時にふざけないで！」

「ふざけてねえよ！　無理に決まってんだろあんなすげえ勢いで飛んでる物体に乗るとか！」

　よく考えるべきだった。

　あんな質量の物体を投げるという行為が規格外なら、当然それに乗って飛ぶって行為も常人には不可能なのである。

　ましてやほぼ垂直に打ち上げられた剣に乗れるわけがない。

　飛んでる剣にサーフィンみたいに乗るなんて、最初から紗雪にしかできない芸当なのだ。

「あーもう、後で探しにいかなきゃ……」

　紗雪自身のＪＯＹではないので≪再び手にする奇跡（リゲインロスト）≫を使って≪古大砕剣（ムラクモ）≫を呼び戻すことはできない。

「仕方ないわ。それじゃ今度は≪神罰の長刀（パニッシャー）≫を投げるから、上手く持つところに掴まりなさい。これなら失敗しても何回もできるし」

「お、おう……」

　少しの嫌な予感を覚えながら、シンクは紗雪が刀を振りかぶるのを待った。

「せいっ！」

　紗雪が刀を投げる。

　長刀は回転しながら飛んでいく。

　シンクは黙ってそれを見上げて突っ立っていた。

「ちょっと！　なんで飛んでいかないのよ！」

「無茶言うな！　あんなのに掴まろうとしたら確実に真っ二つになるわ」

　そりゃあの形状なら投げれば回転するよな。

　と言うわけで、剣を使って飛んでいく作戦は大失敗に終わった。

「何か他に空を飛ぶ手段はないものか……」

　こうしている間にも空の裂け目は少しずつ閉じていく。

　もはや手段を選んでいる場合ではなく、なんでもやってみるしかない。

「そうだ良いこと考えたわ。新九郎を直接投げれば良いのよ」

「何か他に空を飛ぶ手段はないものか……」

「こら、聞こえないフリしてないでこっち来なさい」

　襟首を掴まれて問答無用で担ぎ上げられた。

　マジで機械に引っ張られるみたいに抵抗すらできなかった。

　なんだこれ、どういう状況だ。

「どうやって持つのが良いかしら」

「ちょっとまて。とりあえず一回下ろせ、な？」

　仰向けの体勢で首と腰を掴まれている時点で命の危機を感じる。

　必死で説得してようやく両足で大地に立つことを許された。

「なによ。急がなきゃいけないんでしょ」

「いや、そうなんだけどさ。さすがにこれは怖すぎるだろ？」

「男のくせに小さなこと言うんじゃないわよ。レンさんが待ってるんだから早くしなさい」

　襟元とズボンのベルトをきっちり握られて暴れることすらできない。

　この状態で投げられたらスーパーマンになれるだろう。

「わかった話しあおう」

「問答無用。さあ、観念して――行ってらっしゃいっ！」

「うわああああああっ！」

　本当に投げやがった。

　シンクの身体が風を切って上昇していく。

　大砲の弾になったらこんな気分なのだろうか。

　まさか生身で空を飛ぶ日が来るとは思わなかった。

　ふと下を見ると、横須賀の街明かりが随分と遠くに見えた。

「……ち、ちっくしょう！」

　とりあえずシンクは≪竜童の力≫を発動させる。

　呼吸の出来ないレベルの圧迫感はだいぶマシにはなった。

　が、ジェットコースターをはるかに超える恐怖感覚に変わりはない。

　空の裂け目はぐんぐんと近くなっていく。

　しかし……

「おい、ズレてんぞ馬鹿野郎！」

　シンクは明らかに空の裂け目のある場所に向かっていなかった。

　そもそも人間を投げて思い通りの場所に命中させるなんて無茶なのである。

　根本的な所から間違えていたことを悟り、聞こえるはずもない悪態を大声で叫んだ。

　その時だった。

　シンクの体から虹色の光があふれ出す。

　光はそれぞれ不自然に渦を巻き、やがて一つ一つが球形になった。

「なんだこりゃ……もしかして、能力進化ってやつか？」

　直感的に悟った、これは≪七色の皇帝（セブンエンペラー）≫の進化だ。

　ＪＯＹはその資質と使用者の精神力に応じて次の段階に進むことがある。

　球体は質量を持ってシンクの体の下部に自動的に配置された。

　うまく体が収まる形で七つの球体の上に乗る。

　いける。

　これは自分の意志で自在に操ることができる。

　かなり不格好な姿だが、ここに来て新しい力を得たシンクの士気は高まっていた。

　空の裂け目へ向かって軌道修正。

　一気に内部に乗り込んでやる。

　待っていろよレン。

　いますぐお前を迎えに行くからよ。