35 最初の脱落者

 ルシフェルの手で作られた仮想の異世界『ビシャスワルト』


 そこはマーブル模様の空に絶えず落雷の音が鳴り響き、吸い込まれるように深い濃紺の海のような森と、命ある者の存在を拒む寂寥の荒野がどこまでも拡がる世界だった。


 その世界で今、漆黒の翼とダイヤモンドの翼を持つ二人の魔王が争っている。


「おらおら、どうしたァ!」


 暗黒の世界に≪神鏡翼ダイヤモンドウイング≫を拡げ、≪魔王風神剣デビルズブレイド≫を手に激しい攻撃を繰り返すショウ。


「くっ……」


 一方、六枚羽の≪暗黒魔王翼ダークネスウイング≫を力なく揺らしながら防戦一方になっているのはルシフェルの方だった。


 この二人に加え、龍神の呪いを受けた少年を交えた三人は、この世界でひたすら争い続けてきた。

 ビシャスワルトは現実世界とは時間の流れが違うため、体感時間でもう三ヶ月近くも戦いの毎日を送っている。


 三つ巴の乱戦は易々と決着がつかなかった。

 また、体力と気力を回復するためには休養も必要になる。

 自然と二人が一対一で闘いもう一人が休むというローテーションが発生した。


 三人の実力はほぼ伯仲していた。

 どちらかが優位に立った頃にもう一人が乱入する。

 その度に決着はお預け……という流れが何度も何度もくり返された。


 そして今、二七五回目のショウ対ルシフェル戦にて。

 ようやく一つの終わりが見え始めた。


「せやっ!」


 ショウの≪魔王風神剣デビルズブレイド≫がルシフェルの赤い翼を斬り裂いた。

 無敵の絶対防御がついに破られ、取り返しの付かないダメージを与える。


「馬鹿なっ、こんなぁっ……!」


 しばらく前からルシフェルは他の二人に比べて戦闘力の見劣りが目立つようになっていた。


 自ら作り出した異世界ビシャスワルト。

 ここでは現実世界の理を無視した無尽蔵のエネルギーを使用できる。

 その出力は他の二人を遙かに上回っており、当初は三つ巴の乱戦でも優位に立てる程であった。


 しかし、地力の差をショウやレンはその戦闘センスでカバーした。

 エネルギー量と設定された技、そして絶対防御による恩恵のみで戦うルシフェル。

 そんな力頼りの彼と違って二人には確かな戦いの経験と戦闘勘があった。


 それがこの三ヶ月で飛躍的に伸び、いつしかルシフェルの力押しはほとんど通用しなくなる。

 常に防戦一方になるばかりで、乱入による時間切れを待つばかりになっていた。


 そして今回の戦闘において決定的なが起こった。

 ルシフェルの攻撃の要であった≪神罰の長刀パニッシャー≫が急にどこかへ飛んでいってしまったのだ。


 何が起こったのかを考える余裕をショウは与えてくれなかった。

 六枚翼から射出される羽型誘導ミサイル『ライトニングフェザー』をメインウエポンにして対抗するも、もはや軌道は完全に見切られ次々と斬り落とされていく。


 こんな時に限ってレンの乱入はまだない。

 ルシフェルはどうにもならない絶望に雄叫びを上げた。


「うおおおおおおおおおおおおおっ!」


 何故だ。

 こんなところで負けるはずがない。

 この僕が、こんなやつに負けるはずがないんだ。


 僕はこの世界の創造主だぞ。

 暗黒の魔王ルシフェル様だぞ。

 僕の作った能力は神器にだって負けないんだ。


「せやっ!」


 ショウは返す刀でもう一枚の翼を根元から断ち切る。


「いい加減にしろよぉ! ショウ、お前そろそろ死ねよぉ! 僕は偉いんだぞ!? 総帥の息子なんだぞ! 本当はお前なんかが口を効いて良い相手じゃないんだ! それを、それをよくも……」


 勝敗は完全に決した。

 目の前に迫った死の恐怖に怯えるのみ。

 もはやルシフェルはだだっ子のように叫ぶことしかできない。


 ショウは彼のそんな癇癪には付き合わない。

 酷薄な戦士の笑みを浮かべてトドメの一撃を振るった。

 もっとも残酷な言葉を添えて。


「じゃあな、二郎助じろすけ

「お」


 忌まわしき本名。

 親父が酔った勢いで適当につけた名前。

 長男なのに二郎助っていう、ぜんぜん格好良くない名前。


 なんでお前がその名前を知ってるんだよ。

 その名前はもう捨てたんだぞ。

 僕はルシフェルだ。

 暗黒の王者にふさわしい名前だ。

 どうだ、カッコイイだろう。


「おおおおおおおおっ!」


 半狂乱で突撃ををする魔王を夢見た中学生。

 ルシフェルを名乗った男の残滓は無造作に振るわれた≪魔王風神剣デビルズブレイド≫によってあっさりと両断された。




   ※


「ふぅ……」


 真っ二つになったルシフェルは血の跡を引きながら漆黒の森へと落ちていく。

 その途中で彼の身体は淡い光の粒子となって完全に消滅した。


 親の七光りの権力で好き勝手に振る舞った御曹司の哀れな最期である。

 ショウは若干の後味の悪さを感じながらも来たるべき次の決戦に備えた。


 敵はすぐにやってきた。

 黒い太陽が沈む方角から昇る紅色のオーラの光。

 龍神の呪いを受けた少年が飛んでくる。


 上海の龍童レンはショウの傍で停止した。


「あれ? ばかは?」

「一足遅かったな。たった今死んで落ちていったぜ」

「ふーん」


 たいした興味もなさそうに少年は答える。

 ショウが指差した方を見ることすらしない。


 レンは好戦的な笑みをうっすらと浮かべたまま眼前の敵だけを見据えている。

 この少年も何度となくルシフェルと死闘を繰り広げたが、負けた相手には興味がないようだ。


「じゃあ、おまえをやっつければぼくが最強だね!」


 より強くあることだけを求める戦闘狂。

 龍神の呪いに取り憑かれた哀れな少年。


「やってみろよ、クソガキ」


 こいつもルシフェルとは違った意味で放置できない怪物である。

 女児のような外見に惑わされることなく、大正義の名の下に龍神退治だ。

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