26 ハルミの執着
「ねえ新九郎、頼むから話を聞いてよっ」
「うるせえっつってんだろ! いいから殺すならひと思いにやりやがれ!」
ハルミの奇妙な説得は続いていた。
シンクの身体は弛緩したまま全く力が入らない。
ナイフ一本でもあれば誰だろうと簡単に殺される状態だ。
なのにハルミはそうしようとしない。
ひたすらシンクに仲間になるよう説得を続けてくる。
驚くべきことに倒れているシンクに向かって頭まで下げてみせた。
一体なんなんだこいつは。
こちらは殺してやりたいほどの憎んでるというのに。
実際さっきまで殺し合いをしていたし、こっちも片腕を荷電粒子砲で焼き切ってやった。
痛む素振りも、怒りも、憎しみの欠片すら見せずに何故そんな風に笑っていられるのだ。
シンクは深く息を吐いた。
そして決意を込めてハルミを見上げ言う。
「わかった。お前たちの仲間になるよ」
「本当っ!?」
「ああ。これ以上意地を張ってもしかたねえし降参だ。抵抗しないって誓うからとりあえず動けるようにしてくれよ」
「お安いご用さっ。ちょっとまっててね……はいっ、これ飲んでっ」
ハルミが差し出したのはグミのような物体だった。
それを指先で摘まんでシンクの前に翳す。
シンクは苛立ちを抑えながらそれを口に含んだ。
さすがに毒ということはないだろう。
味はしなかった。
十秒ほどで体に力が漲ってきた。
拳を握る開くの動作を繰り返す。
力が戻ったことを確かめ、問題ないとわかると、即座に床を蹴った。
ハルミの顔面めがけて拳を叩き込む。
確実に捉えたと思ったが、拳は宙を切った。
まるで立体映像を殴ったようにハルミの姿がかき消える。
勢い余って前のめりになったところを後ろから押されて倒される。
背中を膝で踏まれ体重をかけられ、身体を動かそうとしても全く力が入らない。
「さすが新九郎っ。油断も隙もないねっ」
「てめえ、分身の術まで使えんのかよ……」
「どっちかって言うと身代わりの術だけどねっ」
簡単に上手くいくとも思ってなかったが、やはり降伏宣言が嘘だというのは見破られていた。
あのグミはどうやらほんの数秒だけの回復効果しかなかったらしい。
「降参するって言っても信じねえんじゃどうやって俺を説得するつもりなんだよ」
「本気で言ってるかどうかくらい見ればわかるからねっ。新九郎が本心から諦めるまでずーっと続けるよ。どうせここには誰も入って来られやしないんだからねっ」
さらりと怖ろしいことを言いやがる。
納得するまで永遠に監禁されっぱなしってことかよ。
「わかんねえな……なんでお前はそこまで俺に固執するんだ?」
「もちろん新九郎のことが好きだからさっ」
「気持ち悪ぃよ、死ね」
「ひどいなっ、真面目に言ってるのにっ」
ハルミはカラカラと笑いながらシンクの顔の前に立つ。
「オイラは暴人窟で君に出会った時に直感したんだよっ。ああ、この人はオイラにとって初めての親友になってくれるなってねっ」
「そりゃ残念だったな。お前は友だちの作り方を間違えた」
「一度くらい敵対したってきっとまた良い関係は築けるよっ。例えばほらっ、平沼駅西口の砂利置き場で君と殺し合いをしたあの上海製の人形くんだって今は君と仲良しだろっ」
「おい、なんだそりゃ」
上海という単語と、かつて敵対していたという言葉から、レンのことを言ってるのはわかる。
だが言うに事欠いて人形とはどういう意味だ。
「なんだって、なにがっ?」
「人形ってなんだ。レンを馬鹿にしてやがんのか」
「だって事実じゃないかっ。人形は人形だろっ?」
「……何言ってんだよ、おい」
「え、まさか知らなかったのっ?」
シンクは目を見開いて問いかける。
ハルミはイタズラを告白する子どものような顔で答えた。
「陸夏蓮はラバース上海支部が作ったレインシリーズの一体だよっ。普通に生まれた人間じゃない、人工的に作られた偽りの命なんだっ」
レインシリーズ?
人工的に作られた?
「……でたらめだ」
「デタラメなんかじゃないさっ。龍神詛の受け皿になるためには普通の人間じゃ強度が足りなくってねっ。夏蓮のほかにもう一人いた被験者は筋骨隆々な中国拳法の達人だったけど、それでも第三段階までの力しか得られなかった上に精神を病んで最後は暴走しちゃったんだってっ。その反省を活かして作られた夏蓮は今はなき上海支部の最高傑作なんだよっ」
ハルミの言葉の後半はもう耳に入っていなかった。
レンは人工的に作られた存在であって、普通の人間じゃない……
「ちなみにレインシリーズっていうのは
「うるせえ、黙れ」
人工的に作られたからってなんだ。
そんなの関係あるか、レンはレンだ。
どんな風に生まれたかなんてどうでもいい。
だからこんな話は聞く必要がない。
シンクがやるべき事はレンが帰ってくるのを待って、受け止めてやることだけだ。
「……まあ、こんな話で君の心を折れるなんて思ってなかったけどねっ。こうも仲の良さを見せつけられるとさすがに妬いちゃうなっ」
「ところでお前は陸軍の人間なんだろ? いつまでも俺一人に構ってていいのかよ」
「うわっ、痛いところを突くなあっ。君の言う通り、こうしている間にもどんどん仕事が溜まっていっているんだよね。なにせ今まさに戦争が始まろうとしている時だし」
それでよくいつまでも説得し続けるなんて言えたものだ。
単純に自分をモノにしたいなら拷問でも洗脳でもすればいいだろうに。
どうやらハルミは本気でシンクを単なる友人として迎えようと考えているようだ。
もちろんシンクからすれば神経を逆なでするだけの不快な行為でしかないのだが。
「ねえ、いい加減に諦めて説得されてよっ」
返事をするのもイライラする。
もう無視を決め込むことにした。
「はあ、わかったよっ。それじゃ僕はちょっと仕事を片付けてくるから、新九郎はしばらくここで頭を冷やしててねっ」
「は?」
「ここには誰も入れないようにしているから大丈夫だよっ。二、三日したらまた来るからっ」
おい、放置する気か。
「空腹は悪いけど我慢してねっ。差し入れくらい持ってこさせたいところだけど、君のことだから隙を見せたら遣いの人間に何をするかわからないしねっ」
ということは、少なくとも三日はこの状態が続くということか。
そいつは冗談じゃねーぞ。
「おいっ!」
「じゃあねっ」
ハルミはぱたぱたと手を振ってシンクに背中を向けてドアの方へと歩いて行く。
追いかけたいと思っても這って進むことすらできない。
無駄と知りつつも呼び止めようとした時。
ぎゃぎゃぎぃんっ!
耳をつんざくような甲高い音が建物の中に響いた。
何事かと思って振り向くと、もう一度同じ音がした。
シンクは壁から生えた銀色の刃が斜めに消えるのを見た。
「……なんだ?」
三度、甲高い音が響く。
今度の刃はやや低い位置を真横に移動している。
左側に現れたそれは最初小さく、中央でやや長く伸びて、右側で短くなってまた消える。
信じられない事だが、その刃は建物向こう側から壁を貫き、まるでバターをナイフで切るかのようにコンクリートを切り裂いていた。
「えいっ!」
三角形に切り取られた壁が内側に吹き飛び、すごい轟音が響く。
真横から見たコンクリートの幅はおよそ三十センチ。
およそ刃物で切断できるような代物ではない。
ぽっかりと空いた三角の穴の向こうから、長大な刀を担いだ長い髪の悪鬼が……
青山紗雪が姿を現した。
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