11 青山紗雪VS高木

「なんでお前がこんなところに……」

「まったくあんたって奴は! あっち行ったりこっち行ったりちっとも落ち着きがないんだから! 追いかけるこっちの身にもなりなさいよね!」


 当然の疑問を挟むシンクだったが、紗雪は無視して文句を並べ立てる。


「すごい速さで移動してるからバイクじゃ追いつけなくって、先回りして車を借りてようやく追いついたと思ったら運転は上手くできないわ急にパンクするわスピンするわ爆発するわ……ああ、思い出したら腹が立ってきたわ!」

「え、もしかしてお前あれに乗ってたのか」


 さっき高木を足止めするために犠牲になってもらったマナーの悪い割り込み車両。

 随分派手に爆発してたけど、あれに乗ってたならよく無事だったな。

 というかどういうルートで先回りしたんだ?


「ほら、いつまでも遊んでないでさっさと出てきなさい!」


 紗雪はネットを掴んで両手で無理やり引きちぎった。

 相変わらずの馬鹿力である。

 一応これ、走行中のバイクを捕らえる程度の強度があるんだが。


「どうやって俺の居場所がわかったんだよ」

「あんたの服に強力な発信機がついてるの。ALCOの人が付けてたみたいで簡単に追えたわよ」

「なんだと」


 シンクは体のあちこちを触って確かめた。

 すると襟首に小指の先ほどの機械があるのを見つける。

 赤い光を放っているテントウ虫のような小さな機械を剥がし、指で弾いて遠くに飛ばした。

 もしかして高木がこっちの位置を正確に掴んでいたのもこれが原因だったのか?


「おいおいテメエら、いつまでこの俺を無視してお喋りしてくれちゃってんのよ……」


 ゆらり、と紗雪の背後で影が動く。

 高木が悪鬼の形相でこちらを見下ろしていた。


 顔の左半分には血がべっとりと付着している。

 しかしそれほど致命的な傷を負っているわけではない。


「俺じゃなかったら確実に死んでたぜ。どう落とし前つけてくれるんだよ、そこの姉ちゃん?」

「はいはい悪かったわよごめんなさい。でも私の着地地点にいたあなたも悪いのよ」


 まったく反省がないどころか挑発するような物言いをする紗雪。

 そんな彼女の態度にシンクは二つの意味で胆が冷えた。

 着地とかの前に、なんで空から降って来たんだ?


「なあ青山、お前今までどこにいたんだ?」

「ロシアよ」

「なんでだよ」


 まったく予想外の答えだったので素で驚いた。


「ALCOの人たちと一緒に行動してたの。あのショウとかいう男の子に無理やり拉致されてね! レンさんとははぐれちゃうし本当に散々だったわ。あ、そういえばレンさんは――」

「俺を、無視、するんじゃ、ねえええぇ!」


 血が滲むほど拳を握り締めた高木が上から振り下ろすようなパンチを繰り出した。

 車ですら一撃でスクラップにしてしまう威力の拳。

 人間が食らえばひとたまりもない。


 シンクは急いでネットから出ようとした。

 しかし破られた穴は小さく、肩で突っかかってしまう。


「青山ァ!」


 絶叫を上げる。

 その目の前で、紗雪は、


 振り返って。

 軽く手を振って。

 高木のパンチを払った。


「……え?」


 シンクは呆然とする。

 当の高木も目を丸くしている。


「何よもう、ぶつかったことは謝ったじゃない!」

「こ、このアマっ!」


 高木は拳を震わせ、再びパンチを繰り出す。

 Dリングの守りの上からでもシンクを吹き飛ばした砲撃のような一撃を、


「うるさい!」


 紗雪は防ぐでも避けるでもなく、真正面から殴り返した。


「ぐぁっ!」

「つっ……」


 流石に痛かったのか、両者ともに苦痛に顔を歪めてよろめいた。

 しかし踏ん張って先に体勢を立て直したのは紗雪の方である。


「私は新九郎と喋ってるんだから――」


 紗雪は地面に突き刺さった大剣の柄を握り締める。

 自身の体長にも匹敵する大型の武器。

 それを振りかぶって、


「邪魔しないでよっ!」


 おおよそ剣の振り方とは思えない斬撃。

 例えるなら野球のバットのような使い方をした。

 しかも刃ではなく剣の腹で思いっきり高木を叩きつける。


「ぎゃあああああ……っ!」


 まさにホームラン。

 吹き飛ばされた高木が遠くへと消えていく。

 人間ってあんな風に盛大にぶっ飛ぶもんなんだなぁ……


「な、なんだこの女は!?」

「動くな! 動くと撃つぞ!」


 周りの兵士たちが数秒遅れてようやく慌て始める。

 これまで冷静でいられたのは高木という超常の存在がいたからだろう。


 それをいきなり現れてとんでもない方法で撃退した高校生の女。

 いくら訓練を受けた軍人とは言え混乱してもおかしくない状況である。


「もう、うるっさいわね!」

「抵抗はやめろ! 軍に手を出したらただでは――」


 兵士たちの制止の声を無視し、紗雪は大剣を掲げ思いっきり振り回した。


「うぎゃあああああ!」


 わずか一降りで三人の武装した兵士が宙を舞う。

 さらに踏み込んで一降り、さらにとどめにもう一撃。

 まるで草を刈るように周囲の兵士たちをぶっとばしていく。


「ちょ、おま、そいつら軍の人間」

「えいっ! えいっ!」

「ぎゃあああ!」


 あまりに無茶苦茶な青山紗雪の振る舞いにさすがのシンクも慌てる。

 紗雪は聞く耳持たずに次々と兵士たちをぶっとばしていく。


「あれは≪古大砕剣ムラクモ≫か!? 構わん、撃てっ!」


 当然ながら兵士たちも黙ってやられはしない。

 隊長らしき男の号令で残った兵たちが一斉に小銃を構えた。


 複数の銃口が同時に火を噴く。

 音は意外と軽いがその威力は拳銃の火ではない。

 三点バーストで放たれた弾丸は破壊の雨となって紗雪を襲った。


 女子高生の体など一秒で肉塊と変えてしまう鉛玉の嵐。

 ところが紗雪はそのすべてを縦に構えた大剣で防ぎきった。


「えっ?」


 訓練された軍人といえども、常識的にあり得ない状況を目の当たりにすれば思考の空白が生じる。

 そして常識的にあり得ない怪物相手にはその一瞬が命取りだ。


 紗雪は大剣を肩に構え、大きくジャンプした。

 まるで重量を感じさせない軽々とした跳躍。


「どっせい!」


 そのまま重力を味方につけた大剣を振り下ろす。

 あの剣が単なるハリボテではなく、見た目通りの重量があると知らしめるに十分な一撃だった。


「うわああああーっ!」


 アスファルトに小さなクレーターが生じる。

 運悪く近くにいた兵士たちは盛大に吹き飛ばされる。

 直撃させて押し潰さないのは紗雪に良識が残っているためか。


「くっ……」

「なんだこの女……!?」


 離れた位置にいた兵士たちも紗雪に銃を向ける。

 切り替えの速さは日ごろの訓練のたまものだろう。

 さすがに四方から撃たれは剣一つでは防ぎきれない。


 だが、その時にはすでにシンクもネットから脱出して自由を取り戻していた。

 最初に紗雪が倒した兵士が落とした小銃を拾い上げ、フルオートで弾丸をバラ撒く。


「ぐあっ!」

「ぎゃぁっ!」


 防弾チョッキを着込ている可能性のある腹部ではなく足を狙って容赦なく撃ち尽くす。

 すぐに残弾はゼロになったが、残った兵士はすべて紗雪がぶっ飛ばしてくれた。


「青山、あの車のアンテナを破壊しろ!」

「えっ?」


 指示を出しながらシンクは別のライフルを拾い上げた。

 そのまま急いで近くの軽装甲機動車に乗り込む。

 幸運なことにキーはつけっぱなしだった。


 エンジンをかける。

 問題なく動かせる。


 外からものすごい破壊音が聞こえてきた。

 窓から様子を見ると、大型バス並のAJS発生装置付き車両が真っ二つに断ち割られていた。


「誰が車そのものを破壊しろって言った……」


 思った以上の怪物ぶりに呆れていると、当の破壊者はこちらに向かって走って来た。

 そして何も言わずに助手席に乗り込んできた。


「さて、状況を説明してもらいますからね」

「詳しい事情も知らずにこれだけ無茶苦茶やったのかよ」


 その大胆さには言葉もないが、絶体絶命の危機的状況を助けられたのは事実。

 これからの目的を考えればこれだけの戦力が味方になるのは本当に頼もしい。


「話は移動しながらだ。とにかくここを離れるぞ」


 予期せぬボディーガードを得たシンクは、死屍累々と横たわる兵士たちを踏み越え車を走らせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る