10 ハルミの罠
トンネルを抜けると道路は陸橋になる。
前方に横須賀中心部のショッピングプラザとビル群が見えてきた。
左手側には海を臨み、左奥に見える突堤にあるのはすべて新日本軍の基地である。
とはいえ軍が内陸まで見回りをしているわけではない。
気にせず通り過ぎればいいだけなのだが……
「っ!?」
気がついた時には遅かった。
シンクの身体に何かが覆いかぶさった。
陸橋を越え、ショッピングプラザ前の大きな交差点に差しかかった所。
バイクはコントロールを失って車体が大きく傾く。
進行方向上に透明なネットが張られていた。
それが走行中のシンクを捕らえたのだ。
シンクは即座に≪
しかし、何故か瞬間移動をすることができなかった。
「ぐあっ!」
ネットに捕らわれバイクごと地面に転がされる。
幸いにもネット自体に高度な弾力性があったため大きな怪我をすることはなかった。
それでも左腕を大きく擦りむいた上、完全に拘束されてしまっている。
いったい何が……と思った直後。
どこからともなく複数の車両がやってきて、あっという間にシンクを取り囲んでしまった。
複数の迷彩色の軽装甲機動車。
進路を塞ぐように後方に控えるのは大型の装甲戦闘車両。
一見バスのような大型護送車に見えるが、天井部に巨大なアンテナを積んだ謎の車両もある。
新日本軍か。
車から降りてくる軍服姿の兵士。
奴らはアサルトライフルを構えてシンクを狙う。
その中に見慣れた姿があった。
忘れ得ない姿をシンクは発見する。
「やあ新九郎」
「テメェ、ハルミ……!」
新日本陸軍の諜報部員にして、隔絶街の許されざる裏切り者。
この男こそシンクを罠に嵌めた復讐すべきターゲットだ。
シンクはSH2026のグリップを握り締め、≪
高木のような化け物とは違って奴は生身の人間である。
背後に回って一発撃ち込んでやれば終了だ。
だが≪
「ちくしょう、何だってんだ!」
肝心なときに使えないジョイストーンにシンクは怒声を吐き散らす。
そんなシンクをあざ笑い、ハルミは相変わらず人を小馬鹿にしたような声で説明をする。
「いやあ、思ったよりも簡単に捕まってくれて助かったよっ。流石のALCOもanti joy systemの存在までは知らなかったみたいだねっ」
「アンチジョイシステムだと……?」
「そっ。通称AJSって言ってね。班長クラス以上のワンオフものはともかく、汎用能力ならほぼ完璧に無効化できるんだよ。軍がそんなオモチャをいつまでも対策せず放置しておくと思うのかい?」
あの大型のアンテナ車両がそれか。
どういう仕組みかは知らないがJOYを使えなくさせるらしい。
シンクは右手が動かせることを確認する。
ハルミから死角になるよう拳銃で狙いをつけた。
だが、
「っ……!」
右手に痺れるような衝撃。
掌から銃が零れ落ちる。
慌てて拾い上げた銃の銃口に、真っ黒なナイフのようなものが突き刺さっていることに気づく。
「ふふっ、油断のない男だなあ。でもそれでこそ新九郎だって褒めるべきかなっ?」
ハルミの指の間にそれと同じ武器が三本挟まっている。
投げナイフ……いや、忍者だから飛びクナイか?
拳銃の銃口を正確に狙うほどの恐るべき腕前だ。
もうこの銃は使い物にならないだろう。
「大人しくしていれば痛い目は見ないで済むんだから、正直にALCOの奴らの居場所だけ答えてくれないかなっ。大丈夫、オイラたち軍が用あるのは彼女たちだけだから。新九郎のことは殺したりしないって約束するよっ」
「お前が約束を守るなんて言って信じるとでも思ってるのかよ」
「あはは、これは手厳しい。そりゃそうだよね。じゃあ……」
ハルミの目がスッと細まった。
酷薄な笑みを浮かべてシンクに近づいてくる。
拷問でもする気か。
いいだろう、不用意に近づいてみろ。
やられるまえに指の一本でも食いちぎってやる。
「おいコラ、テメエらぁ! 俺の獲物に何やってやがるぁ!」
「ん?」
馬鹿っぽい声が遠くから聞こえて来た。
ハルミは油断なく距離を取ってそちらに視線を向ける。
やかましい足音を響かせて追ってきたのは高木だった。
最後の三歩で大きくジャンプすると、装甲車や軍人たちの壁を飛び越えてハルミの前に着地した。
「やあ、誰かと思ったら高木君じゃないか」
「あん? 誰だ……ってテメエ、ハルミか!?」
高木が怒声を張り上げ、それをハルミはニコニコ顔で受け流す。
「久しぶりだねぇ。L.N.T.以来じゃないか」
「ああ。テメエが俺との決着から逃げて街からいなくなった時ぶりだな!」
「逃げ出したなんて人聞きが悪い。僕は軍のお偉いさんからスカウトを受けて合法的にドロップアウトしたんだよ。それに君は一度僕に負けているじゃないかっ」
「今やりゃあ絶対に負けねえ。いいか聞いて驚け、俺はもうじきAEGISの一員になる。このガキをとっ捕まえてALCOの居場所を吐かせてALCO撲滅の大手柄を上げてな!」
「ふぅん? 万年第三位の君が随分と出世したものだねぇ……」
「ほざいてやがれ。逃げた奴らがなんと言おうとL.N.T.第二期の序列第一位は俺だ」
なんだ? こいつらは知り合いなのか?
喋っている間に逃げ出すチャンスがあるかとも思ったが、周りの軍人たちはライフルの照準をシンクに向け続けたまま決して隙を見せてくれない。
「うーん、まあいいや。どうやら目的は一緒みたいだし。ここで本社のエージェントと事を構えるのも得策じゃないからね。いいよ、新九郎のことは君に任せるよ」
「あ?」
「僕の目的も君と一緒ってことさ」
ハルミはシンクたちに背を向けた。
割れた人垣の間を通って装甲車の方に向かっていく。
「あ、でも一つお願いいいかなっ? 情報を聞き出したら新九郎の事は殺さないでオイラの部下に引き渡してくれっ。後で個人的に話したいことがあるんだっ」
「んなあっさり譲っていいのかよ。テメエがコイツを捕まえたんだろうが」
「裏方の人間は手柄なんかに拘らないものさっ。こう見えて僕はいろいろと忙しくてね……あ、もちろん君がヘマをしないよう部下たちは残しておくけどっ」
ハルミは助手席側から装甲車に飛び乗った。
合図を受けた運転手の軍人は黙って車を発車させる。
遠ざかっていく車からぶち殺したくなるほど明るい声が聞こえてきた。
「じゃあね新九郎、また後で会おう!」
悪態を返す気分にもならない。
心中に渦巻く憎悪を言語化するだけの語彙をシンクは持ち合わせていなかった。
ただひとつだけ言えるとすれば、月並みではあるが「次に会った時は必ず殺してやる」だ。
「なんか釈然としねえがよ……とりあえずテメエにはさっきの借りを返させてもらうぜ」
馬鹿がのこのこと近づいてくる。
「この俺でもさすがにありゃ痛かったんだから……な……」
会話をする気分じゃなかったので、とりあえず唾を吐きかけてやった。
見る間に馬鹿の顔が真っ赤に染まっていく。
「……上等だなあ、ガキぃ。ぶっ殺される覚悟はできてんだろうなぁ!?」
多少は溜飲が下がるかと思ったがそんなこともなかった。
さあ、これからどうするか。
状況は最悪。
手持ちの武器も残っていない。
JOYを使って逃げることもできない。
幸いにもDリングは嵌めたままだが、この馬鹿の攻撃に果たしてどれだけ耐えられるか。
ALCOの居場所を聞き出すという目的がある以上は簡単に殺されることはないだろう。
こいつは効果的な拷問なんかをできる知能は持ち合わせてなさそうだ。
そこを上手く突けば逃げるチャンスくらいは……
「テメエは楽には殺さねえぞ……釣るし上げてサンドバッグにしてやらぁ!」
「ちょ……」
高木がネットを掴み上げ、バイクごと強引に起こされる。
そういえばこいつは想像を絶する馬鹿だった。
怒りで目的を忘れている可能性が高い。
さすがにシンクも頭が冷えてきた。
迫る死の予感に沸騰するような怒りも収まる。
高木が拳を振り上げた。
次の瞬間、鈍い打撃音が響いた。
軽い衝撃と共にシンクは再び地面に倒れる。
「……なんだ?」
殴られたわけじゃない。
高木がネットを放しただけだ
バイクの重みでまた倒れたのである。
その高木はといえば、側頭部を抑えて蹲っていた。
「が……あ……?」
夥しい量の血が顔から流れている。
銃弾を眉間に食らっても傷一つなかった男が負傷?
高木の横のアスファルトには巨大な幅広の剣が突き刺さっていた。
全長二メートルほどはあるだろうか。
側面は血で染まり、尖端は地面に埋まっている。
「ようやく追いついたわよ」
そして、その上に人が立っていた。
長い黒髪を風に靡かせる女。
身に纏う衣装は見慣れた岡高の女子制服。
信じられない話だが。
まったく目の前の光景が理解できないが。
そこにいた人物とは、
「もう逃がさないんだからね、新九郎!」
青山紗雪。
口うるさいクラスメートにして、見知った馬鹿力の幼なじみだった。
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