9 横須賀街道の戦い
強烈な衝撃を受け、シンクは大きく吹き飛ばされた。
「くっ!」
背後の民家に激突する前に≪
ギリギリで背中から叩きつけられる事を回避する。
屋根の上に移動したシンクはその場で膝をついた。
殴られた腹の辺りがズキズキする。
Dリング装着していたから助かったが、もし生身だったら確実に内臓が破裂している威力のパンチだった。
「おいおい、逃げんなよ!」
高木が屋根の上に飛び乗ってくる。
やはりこちらの位置は完全に把握しているようだ。
三秒が経過する。
シンクは再び宙を渡る。
「だからピョンピョン逃げるんじゃ――」
出現したのは高木の目の前。
シンクは構えた銃の引き金を引いた。
「ぶごっ!?」
SH2026の銃口が火を噴いく。
ほぼゼロ距離から高木の眉間に弾丸を撃ち込む。
大きく仰け反ってよろける高木。
しかしすぐにバネ仕掛けの人形のように体を起こしてきた。
「痛っ――てえなクソガキ!」
「くっ!」
悪鬼の形相で殴りかかってくる。
シンクはその高木のパンチをギリギリでかわした。
予想はしていたが、眉間に銃弾を食らっても倒れないとは……
シンクは気持ちを切り替えて逃亡することにした。
こいつは本物の化け物だ。
「仲間の居場所さえ吐きゃあ見逃してやるつもりだったけど、テメエはやっぱり許さねえ! この手でミンチにしてやるからよぉ!」
「何?」
仲間というのが何を指して言っているのか理解するのに時間がかかった。
そういえば最初にALCOの居場所ががどうとか言っていたな。
シンクをあいつらの仲間だと思っているようだ。
確かに成り行きで何度か行動を共にしたことはあるが、仲間になったつもりはない。
とはいえ今さらそれを説明したところで意味はないだろう。
シンクの抵抗は彼の怒りに火をつけてしまった。
ならば取り得る手段はひとつ。
「あっ、待ちやがれ!」
シンクは道路を走っていた車の上に瞬間移動した。
ドライバーは気づかず運転を続ける。
そのまま高木を置き去りにして横須賀中心部へと向かって走り去る。
ラバースに連なる者ならさすがに街中で暴れて事態を大事にはしたくないだろう。
ましてや民間人を巻き込むなどテロを相手にする側の人間が決してやってはならないことだ。
見たところあの男はあまり頭がよくなさそうだ。
それ故に十分な余裕を持って対処できる。
馬鹿が相手なら逃げに徹すればいい。
きっとたいした苦労もなく逃れることができる。
しかし、シンクは自分の考えの甘さを思い知らされた。
「待てって……言ってんだろうがぁ!」
車が緩やかなカーブを曲り、廃病院の前を過ぎた頃。
遠くから猛烈な勢いで走ってくる高木の姿が見えた。
「おいおいマジかよ!?」
自動車並の速度で堂々と走って追ってくるとは。
馬鹿だと思っていたが、予想以上の大馬鹿のようだ。
いや、それだけ本気でALCOを潰そうとしているのか。
ならば本腰を入れて対処しなければならない。
前方の信号が赤になった。
車が減速を開始する。
交差点の右方向から別の車が来る。
都合良く進行方向へ右折してくれた。
シンクは瞬間移動するタイミングを計った。
直後、高木は信じられない行動に出た。
「うぉらぁ!」
二十メートルほど手前から大きく跳躍し、拳を振り上げる。
「なっ――」
即座に≪
前方の車の上に移動したシンクは、いままで自分が乗っていた車が押し潰される光景を見た。
まるで隕石が落ちてきたような光景だった。
鉄くずと赤い液体が周囲に飛び散った。
躊躇うことなく一般人ごと車を破壊しやがった。
正気を疑う高木の行動にシンクはようやく事態の深刻さを悟る。
しかも都合の悪いことに今の轟音を聞いたのか乗っている車が停まってしまった。
このままじゃこの車も巻き込まれて潰される。
シンクは素早く周囲に視線を走らせた。
自動販売機の前に一台のバイクが停まっているのが見えた。
ライダーは缶を片手に高木が破壊した車を目を眺めている。
キーはつきっぱなしだ。
躊躇うことなくバイクの上に移動する。
「ちょっと借りるぜ」
「え」
エンジンを吹かす。
急加速で発車する。
1100ccの大型スポーツバイクである。
若干扱いづらいが、そのぶんスピードは申し分ない。
「おい、待てよドロボ――」
ライダーの怒声はすぐ後方にかき消えた。
時速60km……80km……あっという間に100kmまで加速する。
これならあの馬鹿も追って来られないかもしれない。
……という楽観的な期待はまたもあっさり裏切られた。
「待て待て待てぇぁ!」
馬鹿はなんと時速100㎞超のスピードで走って来る。
足の動きが速すぎて漫画みたいになっていた。
深く考えるだけ無駄だ。
シンクは左手で拳銃を構えて背後を振り向く。
発砲。
しかし運転しながらでは狙いが定まるはずもない。
ましてや高木はこちらの攻撃を正確に見切った上で左右に避けている。
弾丸はアスファルトに吸い込まれ着弾跡もすぐに後方に流れ去る。
シンクが再び前を向くと、
「うおっ!」
右側の路地から飛び出して来た車が前方の車線をふさいだ。
シンクは慌ててハンドルを切ってそれを避ける。
「危っぶねえな、クソが!」
信号無視をしまくっているシンクが言えた義理ではないが、危険運転をするような奴は罪悪感なく利用させてもらう。
トンネル内を70㎞前後で走っていた割り込み車を追い抜きざまにタイヤめがけて発砲する。
車は盛大にスピンしつつ二つの車線を跨いで停止した。
「邪魔だぁダボがぁ!」
なんと高木は速度を落とすことなく進路上の車を蹴り飛ばして排除する。
車はトンネルの天井に激突し、そのままバウンドして路上に叩きつけられた。
盛大な爆発音が聞こえてきたが、シンクは聞こえないフリをした。
たいした妨害になるとも思っていなかったが、ここまでやっても時間すら稼げないとは。
短いトンネルを次々と抜けると、やがて道路が少し広くなった。
緩やかなカーブを曲がると左側にタワーマンションが見えてくる。
すでに高木はかなりの近くまで距離を詰めていた。
大きめの交差点を過ぎた地点でシンクは賭けに出た。
「あぁ?」
高木が狼狽したような声を上げる。
バイクを運転していたシンクが急に消えたからだ。
操縦者を失った二輪車は少しずつ原則しながらそのまま勝手に進んでいく。
シンクは高木のマヌケな声をすぐ傍で聞いていた。
こちらの位置を探るためか減速して周囲に視線を走らせていた高木。
その後頭部に銃口を当てた。
「死ね」
引き金を引く。
引く。
引く。
「ぎゃっ!?」
ガッ、ガッ、ガッ!
SH2026はグリップにマガジンを装填するタイプの自動拳銃である。
ひとつのマガジンに装填される弾丸数も多く、四十発までリロードなしで撃てる。
瞬間移動から三発連続で弾丸を脳天にぶち込んでやった。
もちろん眉間に食らっても倒れない高木はこの程度では倒せないだろう。
だが、まったく効いていないわけでもなさそうだ。
クールタイムが終わると同時に再び宙を渡る。
先に行ってしまったバイクまでは飛距離が足りない。
交差点を横から出てきたトラックの荷台に乗り移って足場にする。
次のクールタイム後に速度を失って倒れかけていたバイクに飛び移ることに成功した。
再びアクセルを捻って急加速。
背後を見ると高木は頭を抑えて膝をついていた。
よし、今のうちに撒くぞ。
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