5 リベンジ

 開け放たれた障子窓から冷たい風が通り過ぎていく。


 空がうっすらと白み始めている。

 どうやらもう朝らしい。


 背中が痛い。

 天井の木目を眺めながら一晩を過ごした。

 最初は心地よかった畳の感触も、今はこの固さが恨めしい。


「はあ、何もなくなっちまった」


 シンクは呟いた。

 今はヒイラギの運転する車から飛び出した翌日である。

 あの後、盗んだバイクで山下公園まで向かい、レンたちが戦っていた東京湾上空を見上げた。


 そこにはなにもなかった。

 すでにもう静寂が拡がるだけ。

 レンはどこかに消えてしまった。


 また一人になってしまったが、ALCOの連中と行動を共にする気にはなれなかった。


 何となく、その足で神奈川第一暴人窟に向かった。

 以前に半年ほど暮らしていた場所へ。


 街は新日本軍によるテロへの報復を名目とした反撃を受けて見る影もなく壊滅していた。

 瓦礫の山にいくつもの重機が乗り上げている光景は、もはや人が住む場所ではなくなってしまったことを如実に物語っていた。


 警邏中の軍人に見咎められ、シンクは自分がお尋ね者であったことを思い出す。

 逃げるように鎌倉街道を南下して気がつけば懐かしい場所に辿り着いた。


 ここはアミティエ第三班が本拠地として使っていた集会所。

 昭和を感じさせる和風建築は、かつての記憶通りに広々としていた。

 メンバーがそれぞれ持ち寄った家具はそのままに、生活感の跡を残している。


 でも、あの時とは違う。

 以前はここにマナがいた。

 アテナさんがいた。

 ツヨシがいた。

 名前も覚えられないほどの仲間たちがいた。


 そして……アオイがいた。


 今は誰もいない。

 ほとんどの仲間はシンクの知らないところで殺されてしまった。

 恐らく今はたった一人生きているだろうアオイは、もう完全にラバース側の人間である。


 あいつは俺たちを裏切った。

 アイツが第三班の仲間たちを殺したも同然だ。

 そう思っても不思議なことに怒りも悲しみも涌いては来なかった。

 ただ、虚無感だけが心に拡がっている。


 家族を失った。

 友を失った。

 仲間を失った。


 何度も裏切られた。

 何度も無力感を味わった。


 こんな自分に残っているのは、もう……


「お前しかいねえよ、レン」


 東京湾上空で姿を消したレン。

 だけどあいつは間違いなくまだ生きている。

 生きて、他二人の馬鹿共とどこかで戦っているんだ。

 戦闘の余波だけで街がぶっ壊れるような力と力をぶつけ合って。


「よっ、と」


 シンクは勢いをつけて起き上がった。


 腐っていても仕方ない。

 レンは必ず勝って戻ってくる。

 その時にどういう風に出迎えてやるかを考えよう。


 最初に出会った頃、レンはバカみたいに「最強になりたい」なんて言っていた。

 子どもだからこそ純粋で一点の曇りもなく本気でそう思っていた。


 過去に上海でいろいろあったらしいが、その思いだけは半ば狂気じみている。

 シンクと闘って負けた後のレンは表面上は少しだけ変わった。

 がむしゃらに力を求めるだけの修羅ではなくなった。

 同年代の友だちと仲良く遊ぶことも覚えた。


 けど、本質的な所は何も変わっちゃいなかった。

 ラバースに保護された後に洗脳みたいな処置も確かにされた。

 が、レンがシンクを好きと思ったのは、やはり初めて自分を負かした人間だからだろう。


 あいつは今回も強い敵を見つけて我慢できずに飛び込んでいっただけだ。

 あいつが帰ってくる時にどうやって出迎えてやるべきか。

 そんなのは決まっている。

 

 最強を目指した少年が好きになってくれた強い男として待とう。

 そのためにやるべき事は一つだ。


「やっぱ、やられっぱなしじゃ性に合わねえしな」


 思い立ったらすぐに行動。

 早速、シンクは二階に上がった。


 三班共有のパソコンを起動させる。

 幸いにもネット回線は生きているようだ。


 まずはここ最近の情報を集めることから。

 ニュースサイトでも掲示板でも盛り上がっている話題はほぼ同じ。

 日本政府がシンクやルシフェルがやらかした破壊行為をクリスタのせいにして戦争を始めようとしているらしい。


 とりあえず戦争に関してはどうでもいい。

 それよりも現在、県下では犯罪が多発しているらしい。


 シンクたち暴人窟の住人がテロを起こしたことでPoKco株式会社神奈川県警は完全に機能不全に陥っている。

 今は新日本陸軍が治安意地活動を代行しているが、絶対的に人員が不足しているそうだ。


 治安の悪化は行動をやりやすくする。

 これは良い情報だ。


 今回の一連の事件を受け、民営警察はすべて政府の管理下に戻ることになったらしい。

 まもなく陸軍主導で再編が始まりあっという間に治安は回復する。

 やはり行動を起こすなら今しかない。


 次に標的について可能な限り調べる。

 と言っても本名がわかっているのは一人だけ。

 それも期待したような有力な情報は全く得られなかった。


 諦めてブラウザを閉じようとして、ふと気になって動画サイトを巡ってみる。


 目的の動画はすぐに見つかった。

 やはり物好きな誰かがこっそり撮影していたらしい。


『工場襲撃の凶悪テロリストが、軍の特殊部隊に捕縛される衝撃の瞬間!』


 携帯端末で撮影したらしい雑音混じりの映像。

 見覚えのある景色は大秦野駅近くのファミレスだ。


 武装した新日本陸軍の隊員が突入した直後で店内は騒然となっている。

 見知った仲間たちが次々と地面に押し倒されて拘束されていく。


 その中に、


「……居やがった」


 忘れもしない裏切り者の姿。

 シンクは胸の内で燃えさかる激情を堪える。


 情報収集を終え、パソコンの電源を落とした。

 これ以上は調べても無駄だろう。

 とにかく行動あるのみだ。


 これからシンクは二人の標的を探して抹殺する。

 裏切り者のあいつら……ハルミとアオイだけは、絶対に。




   ※


 集会所から外に出て坂の下を見ると鎌倉街道に戦車が走っていた。

 思わずギクリとしたが別にこちらに向かっているわけではないようだ。

 派手なキャタピラ駆動音を響かせながらそのまま鎌倉方面に向かっていく。


 少し前までなら考えられなかった光景である。

 暫定的に新日本陸軍が警察権を行使している今ならではだ。


 当然ながらコストカットで豆鉄砲程度の武装しかしていない民営警察とは違う。

 テロの首謀者であるシンクが彼らに見つかればタダでは済まないだろう。

 最悪、いきなり撃ち殺される可能性だって十分にある。

 なんと言っても死刑囚レベルの犯罪者なのだ。


 標的を狩るためにどこへ向かえばいいかすらもわからない状況。

 だがもはや味方のいない今は自ら動かなくては窮地に陥るだけだ。


 とりあえず最初の指針として最も有力な情報が掴めそうな場所に向かう。

 陸軍の臨時駐屯地であり、かつてのフレンズ本社のあったPF橫浜地区に。


 暗闇の中を手探りで探るような先の見えない状況だが、シンクは物怖じしていなかった。

 なにせ俺は最悪のテロリストだし、戦闘狂の龍神にも勝った男だからな。

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