4 精鋭出動
「さて、と」
高木とアオイが退出した後、部屋に残ったのはAEGISの三人と新生浩満である。
「君がもう少ししっかりしていたら、こんな面倒なこともしなくて済んだんだがね」
浩満は視線は宙に向けたまま呟いた。
しかしそれが誰に対して言っているのかは明白である。
内藤清次は悪びれもなく言い訳をする。
「いやあ、だってまさか小石川が飛行機を使わないで帰ってくるとは思わねえもん。一応言っておくけど、江戸川の奴は嘘をついてなかったぜ」
「これまで散々我らの裏をかいてきたALCOだぞ。多少なりとも想像外の手段を使うことくらい予想してしかるべきだろう。というか何故せっかく襲撃したアジトにいた者たちを殲滅しなかった?」
「だってそういう命令は受けてねえし」
内藤清次はもちろん、AEGISは全員が精神制御を受けている。
とは言っても人格を変えてしまうほど強烈なものではない。
ラバースに忠実であること。
その一文だけが決して逆らえない命令として脳にインプットされている。
なのでラバースの長である新生浩満の言うことは基本聞いてくれるが、言葉足らずを逆手に取られ、このような融通の利かない行動をされることがたまにあった。
星野空人は結果を出すためなら浩満の安全すら度外視する。
故に戦力としては最強だが、あまり側には置いておきたくない危険人物だ。
ただし戦闘力は他二人と比べて圧倒的なので大規模戦闘への投入にはもってこいの戦士である。
速海駿也は抽象的な命令では独自判断でやりすぎてしまう傾向がある。
先日、彼に与えた「旧傘下企業能力者の生き残りを全滅させよ」という指示はそのままの意味で取られてしまい、文字通り一人残らず皆殺しにしてくれた。
おかげで戦力として使えそうな人材を引き入れて使う予定はパアになってしまう。
ただし速海は仕事自体は三人の中で最もきっちりとやってくれる。
いつどこで標的が始末されたのか本人以外に知る者はいないはずだ。
そして内藤清次。
こいつは命令の穴を突いて可能な限りサボろうとする癖がある。
今回も偶然発見したALCOの拠点を襲撃するという功績を挙げておきながら、肝心の最優先標的が留守だったのを良いことにそれ以外のメンバーたちを半殺しで済ませ、そのまま放置して帰って来てしまったのだ。
浩満は深くため息を吐き、いまこの場にいない人物の名前を呟く。
「やっぱり『K』が裏切ったのは痛かったなあ……」
「ああ、高木がやたらライバル視してた二期生の最優秀者って奴?」
「本当なら高木じゃなくて彼を君たちの後輩として招き入れるつもりだったんだけどね」
実は彼らの他に、もう一人AEGISに入る予定の人物がいた。
L.N.T.二期生で最も優秀だった男で、やはり清次たちと同じ精神制御は済んでいた。
しかしその人物こと『K』は、調子に乗ったバカ息子への折檻のため軍に協力させたのを最後に、ラバースから去ってしまった。
「精神制御が解けてたって聞いたけど、そんなことってあり得るのか?」
「信じられないけど事実みたいだよ。はあ、厄介なことになりそうだ……」
「その後の行方は知れないのか?」
「ALCOの江戸川とかいう女と接触を図った所までは諜報部が確認している」
「完全に敵対する気じゃねーか」
この三人に匹敵する男が敵に回れば、それは実に厄介なことにある。
しかもALCOというバックアップを得たのなら明確な脅威だ。
小規模組織でありながらALCOが厄介な所はその周到さである。
おそらく清次が襲撃した拠点もすでに放棄されて場所を移しているだろう。
彼女らは某国の諜報機関の援助を受けながら活動しているため隠密性は非常に高い。
すべての拠点、すべての移動車両にはAGPS装置が備えられ、機械や能力による探索・追尾は完全に阻害されている。
一見すると行き当たりばったりに思える行動のせいで先を読むことも難しい。
これまでにラバース側が攻勢に出られたのは二回のみ。
うち一回は参加の能力者企業が少数精鋭でアジトを強襲した時である。
しかしそれはショウら最初期の能力者たちを離反させるという最悪な結果に終わった。
今にして思えばあれはALCO側の罠だったのだろう。
そういう意味で、今回の清次によるアジト襲撃は初めてラバースがALCOに一矢報いた貴重な経験だったわけだ。
偶然の要素が強かったが、清次は確実に臆病な野良猫の喉元に食らいついた。
大雑把な性格に反して繊細かつ複雑な任務には他の二人よりもずっと適していると言える。
だが、清次の恣意的な判断指向は組織としてあまりに致命的だ。
今回のようなケースも一度や二度ではないのである。
その度に浩満はかつてL.N.T.第一期でこの男に命を奪われかけたことを思い出す。
精神制御を施す以前、途中で介入した空人の助けがなければ確実に殺されていたことだろう。
もちろん、あれは己の能力を過信した自分自身のミスであり、その点は大いに反省して二度と同じ過ちを繰り返すつもりはない。
「まあいい、改めて命令を下そう」
可能ならばもっと扱いやすい者に能力を移して廃棄したいところだが、洗脳済みの小僧一人を扱えないと認めることは浩満の帝王としてのプライドを酷く傷つけることになる。
彼らに施した精神制御は施術に際して脳に深刻なダメージを与える危険性もある。
能力をロストする可能性を考えれば頻繁に施術できるものではない。
実を言えば精神制御が上手く行った例の方が少ないのだ。
「内藤清次。高木とアオイのバックアップに回り、今度こそ確実に小石川香織と神田和代を始末するよう協力しろ。それと貴様自身は可能ならKを連れ戻すか、場合によっては一緒に始末すること。それが完了するまで……」
戻ってくるな、と言おうとして思い留まる。
そんなことを言えばこの男は命令を曲解してどんな行動を起こすかわからない。
最悪そのまま本当に帰って来なくなる可能性すらある。
「……本社ビル社員食堂の使用を認めない」
「うげ、それは勘弁」
罰としては適当ではないが、この程度の方が効果があるだろう。
「けど良いのか? AEGISは全員で
言葉で最後の抵抗を試みる清次。
彼に対しての返答は星野空人から送られた。
「俺と速海の二人では戦力不足だと思うか?」
「ごもっとも。クリスタ全軍が攻めてきたってお釣りが来らあね」
どうやら受け入れるしかないと悟ったようで、彼はやれやれと肩をすくめた。
「んじゃ、ちょっくら真面目に働いてくるわ」
清次はひらひらと肩越しに手を振りながら部屋から出て行く。
気がつけばいつの間にか速海駿也の姿もなく、星野空人も闇に沈むように姿を消した。
「まったく、どいつもこいつも……」
一人暗い部屋に残された浩満はため息を吐き、デスクと一体化したコンピューターを起動させた。
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