6 謎の男の接触

 鎌倉街道に出たシンクは信号待ちをしている車に近づいた。

 窓を叩くと運転手がパワーウィンドウを下げる。

 悪ぶった中年男が不機嫌な顔を出した。


「あんだよ、ガキ」


 よし、これなら罪悪感もない。

 別に誰だろうと気にするつもりはなかったが。


 シンクは素早く男の首を掴んで力を込めた。


「が……」

「悪いな。ちょっと貸してくれ」


 男が気絶するとすぐに内側からドアロックを解錠する。

 車から放り出して運転席に収まり素早く赤信号を突破する。


 そのまま鎌倉街道を猛スピードで北上。

 交通量は少ないが横から飛び出してきた車に何度かぶつかりそうになった。

 大岡川駅前では右車線をトロトロ走っていた原付を撥ね飛ばしたが幸い軍には見られなかった。


 この調子ならPF橫浜地区まで一〇分程度で着くだろう。

 環状一号線の丁字路を越え、そのまましばらく直進。


 首都高狩場線下の橋を渡る手前辺り。

 耳元でささやく声が響いた。


「そのままでいい。話を聞け」


 ぞくり。


 背筋が凍るような気分を味わった。

 シンクは即座にハンドルを大きく左に切る。

 急なターンをしつつ運転席のドアを開けて外に飛び出した。


 運転手を失った車はそのまま歩道に突っ込む。

 勢い余ってビルに激突、住人らしい老人の悲鳴が響いた。


 シンクは懐から拳銃を取り出した。

 停止した車の後部座席に向かって発砲。

 そのまま反対側の路地に入って走って逃げる。


 さっきの声は何者だ。

 一体どのタイミングで乗り込まれた。


 まさか空間移動系のJOY使いによる襲撃か?

 聞き覚えのない声だったので味方ということはないだろう。


 あれほど容易く背後を取られるとは。

 相手がその気だったのなら容易く殺されていた。

 これからの無茶を思えば暗澹たる気持ちになってしまう。


 さすがに事故を起こした上に銃声が響けば人も集まってくるだろう。

 その前にできるだけ遠くに離れて新しい車かバイクを奪って逃げよう。


 今後の行動を考えながら路地を曲がる。

 そこでシンクの目の前に男が立ち塞がった。

 反射的に殴ってぶっ飛ばそうとして思い止まる。


「素直に話を聞いてもらえるとは思っていなかったが、聞きしに勝るイカレ野郎だな」


 その声はさきほど車内で後ろから話しかけてきた男で間違いない。

 シンクより頭一つ分ほど背が高く、射貫くような視線で見下してくる。


 ただのJOY使いではない。

 物腰からしてかなり戦い慣れている。

 とっさの反撃にも傷ひとつ負っていないようだ。


 この状況で不意打ちは不可能と判断。

 とりあえず会話を試みることにした。


「お前、誰だ?」

「心配するな。敵ではない」


 男の態度に怒りや敵意は見られない。

 だからって簡単に気を許せるわけもない。


 視線を巡らせて逃走経路を頭の中で描く。

 せめて中村川まで辿り着けば撒くこともできそうだが……


 男はふう、とため息を吐いた。


「警戒するのも無理はないか。なにせお前は二度も仲間に裏切られているのだからな」

「……あ?」


 思わず怒りを込めて睨みつける。

 が、男はこちらの敵意を柳のように受け流して言った。


「俺は反ラバース組織の協力者だ」

「反……ALCOの?」


 神田和代や小石川香織の仲間ということか?

 しかし、今までにこんな奴は見たことがない。


 この男は何を求めて自分に接触してきたのか。

 無条件に発言を信じることも、気を許すわけにもいかない。


「あいつらと同行するのは断ったはずだぜ。何のために俺に近づいた」

「情報を提供してやろうと思ってな」

「情報?」

「お前の探している人物はPF橫浜地区にはいない」

「……誰だよ、俺が探してる人物って」

「お前を裏切ったアオイとハルミ。そいつらに復讐するのがお前の目的だろう」


 シンクは眉を顰めた。

 正解が男の口から出てきたことに不快感を隠せない。


「なんでそれを知ってる?」


 誰にも言っていないどころか復讐という目的は先ほど決めたばかりのことだ。

 読心術の能力かと訝ったが男の答えはまたも予想外のものだった。


「隠密行動をするならセキュリティには十分注意するんだな。せめて検索履歴くらいは消しておくことを勧める」

「あ? ……ちっ、そういうことか。ずっと見張ってやがったんだな」


 何のことはない、集会所で使ったパソコンを盗み見したのだ。

 これからは情報を集めるのも一工夫が必要だなと思い改めた。


「で、そいつらがPF橫浜地区にいないってんなら、どこにいるのかは教えてもらえんのか?」

「久里浜港だ。以前に能力者組織が使っていたジョイストーンが輸送される予定になっているが、お前の標的のうちの一人がその指揮を執っている」


 具体的なら情報だ。

 少なくとも全くの嘘ではないのだろう。

 余計な質問はせずにシンクは端的に一番聞きたいことを尋ねた。


「どっちだ?」

「新日本陸軍諜報部所属、コードネーム・ハルミ」


 シンクの中で憎悪の火が燃え上がる。

 そうか、あいつがそこにいるのか


 暴人窟では仲間のフリをしていたが、実はずっとシンクたちを見張っていた軍のスパイ。

 ハルミの唐突な裏切りのせいで暴人窟の仲間たちはほとんどが殺された。


 久里浜といえば横須賀の南東部。

 逆方向だが遠くはなく、車ならば一時間程度で行けるだろう。

 シンクは即座に行動を開始しようとするが、ALCOの男はそれを遮った。


「もうお前に用はねえ、どけよ」

「話は最後まで聞け。横須賀には陸海空全軍の基地があって、接収済みの久里浜港にも厳重な警備が敷かれている。PF橫浜地区の臨時拠点とはわけが違う場所だ。そんな玩具ひとつで突破できると思うな」


 シンクのポケットの中には先ほ男に向かって撃った拳銃がある。

 ヒイラギが運転する車に同乗したときにダッシュボードに入っていた物だ。

 盗んだのはなんとなくだが、実際に試し打ちして本物の銃であることはもう確認している。


「……関係ねえよ」


 父親仕込みの戦闘技術があるとは言え無茶は百も承知だ。

 それでも憎い敵がそこにいるのに怖気づくわけにはいかない。


 男はシンクに小袋を放り投げた。


「持っていけ」


 受け取って中身を取り出す。

 出てきたのは指輪と銃のマガジン。

 そして淡い色のジョイストーンだった。


「これは?」

「SH2026の予備弾丸とDリング、それと≪空間跳躍ザ・ワープ≫のジョイストーンだ」

「あの指輪か」


 Dリングは体に薄い防御膜を張る携帯用防弾スーツのようなもの。

 過去にオムと戦った時、アオイから貸し与えられて使ったことがある。


 そして≪空間跳躍ザ・ワープ≫があれば取り得る作戦は無限に拡がる。

 今のシンクには願ってもないアイテムで、復讐の成功が一気に現実味を帯びてきた。

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