4 第三の男

 ルシフェルの放った光のミサイルは日本中に降り注いだ。

 主に標的となったのは最初の攻撃で狙いきれなかった新日本軍の駐屯地。

 通常兵器に対する備えは万全でも、能力によって作り出されたレーダーにも感知されない誘導ビームを防ぐ対空兵器は、現状どの基地にも配備されていなかった。


 陸軍の補給廠。

 海軍の大型艦艇。

 空軍の航空機格納庫。

 それらが未知の攻撃を受け次々に無力化されていく。


 さらに悲惨なのは各地にあるラバース傘下企業である。

 彼らのほとんどはJOYや能力者の存在すら知らない一般人であった。


 ある者はデスクに向かったまま。

 ある者は休憩時間に窓の外を眺めながら。

 ある者は来期の昇進を伝えられ幸福な未来を思い浮かべながら。

 何が起こったのかもわからないまま爆散し、誰もが倒壊した建物の残骸に埋もれていった。


 日本中で同時に起こった唐突で無意味なテロ。

 ルシフェルの気まぐれで失われた命は多い。


 そして、ライトニングフェザーの約半数はある一点に向かっていた。


 ルシフェルのいる東京湾上から北西に一〇〇キロ強。

 山梨県中央部にある建設中のラバース新社屋である。


 甲府盆地を埋め尽くすように張られた構造プレート。

 その機械の街の土台は敷地面積はおよそ三〇〇平方キロに及ぶ。

 完成すれば全長一〇〇〇〇メートルを超えることになる超巨大建築物である。


 今や世界でも類を見ない大企業連合となったラバースコンツェルン。

 その権威と権力の集大成である新社屋に破壊をもたらす光の雨が迫った。


 先頭の光が工事中の上階に激突する……

 その直前、建物の一角からぬるりと闇が伸びた。

 夜のように深い闇は迫る光のミサイルを次々と捉えていく。


 爆発はひとつも起きなかった。

 数分後には何事もなかったような静寂が戻る。

 もちろん、建設中の新社屋はその偉容を湛えたままである。


「おい、浩満」


 闇の出所に一人の男がいる。

 建物の外周部、突き出すように伸びた構造版。

 その上に立つのは≪黒冥剣ヨモツミツルギ≫を片手に提げた星野空人であった。


「いつまで待機させるつもりだ。さっさと貴様の息子を始末する命令を出せ」

『だめだ。君にはもう少しここを守っていてもらう』


 壁に備え付けられたスピーカーから聞こえるのはラバース総帥新生浩満の声。


『現状、君が最も優先すべき事はここの防衛だ。バカ息子のことなんか放っておいていいから、今みいに手を出してくるようならきちんと防いでくれ』

「……煩わしいな」

『そう言わないでくれよ。ちゃんと交代で休暇はやるから』

「休暇なんかいらん。俺が言いたいのは出向いて殺した方が早いっだろてことだ。まさか今さら息子の命が惜しくなったわけじゃないだろうな」

『このタイミングで摘み取るのはつまらないってだけだよ』

「意味がわからん」

『せっかく古代の龍神が頑張っているんだ。もう少し見守ってやりたいじゃないか』


 空人はため息を吐いた。

 この道楽者との会話に付き合うのは本当に疲れる。

 実利よりも楽しみを優先させる、そんな性格だから清次に一本取られたんだぞ。

 ……とは思っても口に出さない。


『一応確認しておくが、もし彼らのどちらかが攻めて来たとして、きちんと守り通せるか?』

「くだらないことを聞くな。二人まとめてでも問題ない」

『それを聞いて安心した。ああ、もう少しで三人目のゲストが到着する。もうしばらく事態の推移を見守ろうじゃないか』

「勝手にしろ」


 どうせこれも遊びの延長だ。

 もし牙を剥くのならこの手に宿った闇が食い尽くす。

 それだけのこと。




   ※


「ふははははっ! どうした龍童、古代の龍神の力とはそんなものか!」


 レンはUFOのように無軌道な動きで接近と後退を繰り返す。

 ミサイルの一撃にも匹敵するパンチを何度も撃ち込んでくる。


 しかし『アブソリュートシールド』を破ることはできない。

 オートガードと気づいていないのか、はたまた意地でも力づくで破るつもりなのか。

 そうしている間にも『ライトニングフェザー』は少年を狙って網の目のような光の筋を引きながら飛び回っている。


 さすがに簡単には当たってくれないが、こちらには決して破られることのない防御壁がある。

 対してレンのスタミナは無限ではない。

 動きが鈍ったところで≪神罰の長刀パニッシャー≫の錆びにしてくれる。


「ん……?」


 ふと、視界が曇っていることに気づく。

 この『アブソリュートシールド』の中には何物も立ち入れない。

 上を見上げると、いつの間にか雨が降り始めていた。

 さっきまで晴れていたと思ったが……


 一陣の風が吹いた。


「てやあああっ!」


 その直後『アブソリュートシールド』が初めて軋みをあげた。

 レンの拳が当たる直前に別方向から謎の衝撃があったのだ。


 そのせいでわずかに防御壁を重ねるタイミングが狂った。

 防御を突破されることはなかったが、ルシフェルの頬を冷たい汗が伝う。


「ちっ、奇襲が通じない相手ってのは面倒だな!」


 お前が言うな、と言いたい。

 その男は気配を察知できない程の遠距離から一瞬で近づいて来た。


「ほう、君まで来てくれるとな!」


 突然の雨はこの男が原因か。

 元アミティエ第一班班長にして、神器を操る最強の能力者。


「よお。久しぶりだなルシフェル」


 ショウは長い後ろ髪を靡かせて苦々しげな顔でこちらを見下ろしていた。

 無意識の上に高い位置に立ちたがるクセでもあるのか、無自覚な傲慢さは相変わらずである。


「ずいぶん派手なオモチャを手に入れてんじゃねえか。人の能力をパクりやがって」

「パクリではなく研究したと言って欲しいね。それにモチーフとしたのは君の≪神鏡翼ダイヤモンドウイング≫だけじゃない」


 ショウにレン。

 どちらも親父の言うところの『逸脱者ステージ1』に分類される最強クラスの能力者だ。


「試してみるか? 僕の≪暗黒魔王翼ダークネスウイング≫と君の≪神鏡翼ダイヤモンドウイング≫、どちらが最強のエンジェルタイプの能力なのかを!」

「おもしれえ!」


 ショウが透明な翼を広げる。

 雨の中でキラキラと輪郭だけが輝いて見えた。


「前からてめえは気に入らなかったんだ。今日こそぶっとばしてやるぜ、ルシフェル!」




   ※


「うん、そうなの。あのバカがね。うん。わかってくれるよね和代さんなら。うん」


 レンとルシフェルに割り込むように第三の男が現れた。

 それと同時に香織は携帯端末を取り出してALCOの仲間と会話し始める。

 表情は笑顔だが、その額には漫画的手法で言うところの(怒)マークが次々と浮かんでいるのがシンクには見えるようだった。

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