3 暗黒魔王VS竜神

「上海の龍童、陸夏蓮! 貴様が我が前に立ちはだかる最初の敵になるとはな!」


 一撃でラバース横浜ビルを倒壊させる威力の『ライトニングフェザー』を正面から受け止め、ぐんぐんと迫る緑色の闘気を纏ったの小さな龍神。


 ルシフェルは彼の登場を嬉々として歓迎した。

 この≪暗黒魔王翼ダークネスウイング≫の力を試すには申し分ない相手だ。


「だが、コレは破れるか!?」


 半径五メートルの空間で球状に展開する『アブソリュートシールド』に、流星のように正面から突っ込んできた龍童は派手に激突した。


 もちろんシールドはビクともしない。

 弾かれた龍童の方がよろけ後退する。

 だが、少年のその表情は笑っていた。


「あはっ。すごいなあ!」


 少女のようにも見える容姿と、そこに張り付いた狂気。

 ひたすら強い者と戦い己を慰め続けなければ生きられない古代の龍の神の呪い。


 思えば哀れな少年だ。

 人の都合で、神の呪いに心を支配される。

 そんな人生に終止符を打ってやるのも優しさというものだろう。


 龍童は再び突っ込んでくる。

 その眼前を銀色の刃が掠めた。


「ほう、避けたか!」


 流石に勘は鋭いようだ。

 防ぎきれない一撃を見極めることはできるらしい。


 ルシフェルのLASUプロジェクトには一つの大きな障害があった。


 コンピューター内の仮想世界なら数字を弄るだけでいくらでもキャラを強くすることができる。

 しかし現実世界に具現化させた時には大きな障害が発生してしまう。

 それは瞬間放出エネルギー量の問題である。


 エネルギー変換効率を最良に高め、漆黒の翼をこれだけ巨大サイズにしてもダメだった。

 物理法則に縛られた現実世界で『ライトニングフェザー』と『アブソリュートシールド』を効果的な出力で使用すると、それだけで瞬間放出量が限界に達してしまう。


 攻撃の威力を高めるためには機動力か破壊力を犠牲にしなければならない。

 これでも『ライトニングフェザー』の出力は絞った方なのだ。

 世界中を相手にするには一発の破壊力よりも同時攻撃可能数を優先すべきと判断した結果である。


 よって≪暗黒魔王翼ダークネスウイング≫には火力が足りない。

 それを補うための別の力が必要だった。


 ルシフェルの手には刀が握られている。

 形状こそ日本刀と同じだが、その全長は恐ろしく長い。

 翼と同様に規格外サイズで『アブソリュートシールド』の内側からでも外にいる敵に届く。


神罰の長刀パニッシャー


 青山紗雪のJOYである。

 数少ないエンジェルタイプの防御壁を破ることのできる武器だ。

 五メートルを超える長さに加え、五十キロにも及ぶ重量で振り回す刃はすべてを両断する。


 間合いの中にあるものすべてを斬り裂く刀。

 まさに神の手に収まるにふさわしい武器である。


「ゆくぞ龍童!」

「あははは!」


 しかし龍童は恐れを見せない。

 ルシフェルは彼の動き合わせて≪神罰の長刀パニッシャー≫を振るった。


「よっと!」


 紙一重で躱される。

 龍童の体が『アブソリュートシールド』の手前で止まる。


「たあああああっ!」


 緑色のエネルギーが右拳に集中。

 強力なパンチが見えない壁を揺らす。


「ふははっ、無駄だ!」


 いくら全力で攻撃しても『アブソリュートシールド』を破壊することはできない。

 この防御壁はルシフェルが最も苦心してなんとか組み立てたものなのだ。


 神器≪神鏡翼ダイヤモンドウイング≫にも勝る絶対防御。

 ショウを側に置き、長い時間をかけて観察したが、あの力の秘密を解析することはできなかった。


 その代わりエンジェルタイプのJOYを構築する要素を徹底的に検証。

 複数の防御陣を流動的に重ねることで、圧倒的な防御力を保ったまま≪神鏡翼ダイヤモンドウイング≫以上の柔軟さを得ることに成功した。


「我が『アブソリュートシールド』は絶対無敵! かの神器≪白命剣アメノツルギ≫ですら破ることは不可能のはず! 我が持つのは最強の武器! 我が纏うは無敵の鎧! そして……」


 背中の翼から無数のライトニングフェザーが射出される。

 漆黒より出でる光の弾頭は眼前の龍童ではなく、四方八方、地平の彼方へと飛んで行った。


「貴様を相手にしながらでも世界中を攻撃できる! これぞまさに神の証! 我は破壊の堕天使! 断罪! 神罰! 己の無力さを嘆くがいい、古代の竜神の力を継ぐ少年よ!」




   ※


「ちょ、冗談だろ!?」


 ルシフェルが放った光のミサイル。

 そのうちの一つが急な曲線を描いて、シンクたちのいるビルに迫ってくる。

 ラバース横浜ビルを倒壊させるだけの威力があるあれの直撃を受けたら即死間違いなしだ。


「わ、私がっ!」


 香織が前に出る。

 たしかこの女のJOYはあらゆる能力を無効化する力だったか。

 しかしルシフェルの仮想空間を破壊した力も、あの光には通用するのか……?


「いや待て」

「あう」


 が、香織はリーメイにフードを掴まれ止められた。

 その際に首が絞まったのか蹲って苦しんでいる。


「ここはあたしに任せて貰おうか」

「まっ、任せてって……」


 確かに華奢な香織よりは筋肉ムキムキのリーメイの方が頼れそうなイメージはある。

 とはいえミサイルに匹敵する攻撃に対して生身で一体何ができるのか。


「むんっ!」


 リーメイが気合いを発する。

 同時に彼女の掌の先に全長十メートルほどの六角形の模様が浮かんだ。


 光のミサイルがそれに激突し爆炎をまき散らす。

 爆風が完全に遮られ、シンクたちの方に炎は一切届かなかった。


 光が止むと同時にリーメイが使った謎の防御も消失する。


「な、なんだよそれ!?」

「見ての通り、バリヤーだ」

「そ、そういう能力なのか?」

「同じ事を二度言わせるな小僧。能力でなく『技』だと言ったろうが」

「悪いマジで意味がわからない」


 いや、考えるのはよそう。

 深く考えればきっと抜け出せなくなる。

 この老婆は突っ込みを入れちゃいけないタイプの人間だ。


 JOYとかSHIPだって常識から考えればおかしなことだし。

 世の中にはふしぎなこともあるよな、うん。


「さて、そいじゃあたしは行くかね……おい、小僧」

「あ、はい」


 この屈強な老婆に真っすぐ見られるとつい背筋を正してしまう。


「レンのこと大切にしてくれ。頼むよ」

「あ、はい……じゃねえな……任せてくれ。絶対に幸せにしてやるからよ」

「フッ……」


 言った後で恥ずかしくなった。

 香織のなんか顔を隠してきゃーきゃー言ってる。

 振り向きざまにぶっとばしてやろうか。


「あんたはどこに行くんだ?」

「なあに、ちょっとした野暮用さ。何もあのクソガキが心配って理由だけでわざわざ古巣に帰ってきたわけじゃないさね」

「古巣?」


 シンクの問いには答えず、リーメイは屋上の縁に向かって歩く。

 おい、まさか。


「あんたらも早いところ逃げた方がいいよ。バカ共の余波に巻き込まれて死ぬのが嫌ならね」


 それだけ言うとリーメイは柵を跳び越えて外に飛び出した。

 たしかこのビル一〇〇メートルくらいあったと思うぞ。

 うん、考えるのはよそう。


「えっと、じゃあ私たちも行こうか、新九郎くん」


 なぜか遠慮がちに離れた場所で手招きする小石川香織。


「なんで俺があんたと一緒に行くんだよ」

「え? だって君、犯罪者でしょ? 一人で警察から逃げられるの?」


 そういやそうだった。

 ここにいてもレンの力になれそうもないし、かえって邪魔だろう。


 煩わしい奴だが香織に敵意はなさそうだ。

 身を守るため適当に利用してやればいいか。


「わかった。じゃあ行こうか、おばさん」

「はぁ!? おばさん!?」


 ALCOのリーダーはなぜか怒りの形相で詰め寄ってくる。


「え、だってあんた三十歳くらいだろ?」

「いまあなたケンカ売ったよ! 全国の三十代にケンカ売ったからね!」


 うるさいやつだな。

 いい歳してくだらないことで怒るなよ。


「……ああでも、現役高校生から見たらもう私もそんな歳なのかな……見た目の変わらなさに頼ってるだけじゃダメなのかな……」


 今度はなんか落ち込んでるし。

 とりあえず面倒くさいから無視しておこう。

 急いでここを離れないと、また流れ弾が来たら今度こそヤバいしな。

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