2 レンのわるいびょうき

「頭おかしいぜ、あの厨二病野郎! モンスター召喚の次は神様気取りの天罰ごっこかよ!」


 レンに抱きかかえられたシンクはルシフェルを見上げながら悪態を吐いた。

 さっきの光が着弾した場所では見える範囲だけでも十数カ所で大爆発が起きている。


 東京方面に向かった光はどう見ても市街地の真ん中に落ちている。

 あのひとつひとつがラバース横浜ビルを倒壊させるほど威力があるとしたら……

 今の一瞬でいったい何人が犠牲になったのだろうかと、考えるだけで身がすくむ思いだった。


「レン、一度どこかに降りてくれ」

「うん」


 シンクを抱えたレンはエネルギーを弱め近くのビルの屋上に降りた。

 そこから見えるのは豆粒ほどのルシフェル本体から生える巨大な黒い翼。

 まるでアニメかあるいは神話を描く絵画の中から飛び出したような光景である。


 しかも派手な外見は伊達ではない。

 思えば初めて会ったときから変な奴だとは思っていた。


 推定中学生のくせに親のコネでフレンズ社の社長なんかをやっているくせに、ビジュアル系のロックバンドのように派手な服装に銀髪というイカレたガキ。

 極めつけはルシフェルなんていう厨二病全開の名前を名乗っていること。

 最初に聞いたときは思わず笑い転げたものだ。


 妄想なら脳内かゲームの中でだけでやってればいい。

 だが始末の悪いことに、あいつは空想を現実の物にする技術と力を持っていた。

 今度はどんな力を応用したのか知らないが、現実として洒落じゃ済まないレベルの破壊をまき散らしている。


 一体どこの誰があんなのを止められるというのか。

 少し悩んで、シンクは決意した。


「よし。逃げるぞ、レン」

「えっ」

「あいつは放ってさっさと清国に向かおう」


 なぜかレンの表情に落胆の色が浮かぶ。


「でも、あれを放っておいちゃ大変だよ……?」

「関係あるか。俺たちが相手する義理はねえ」


 本音を言えばもうたくさんだった。

 そもそも非現実的な日常だってシンクが望んだわけじゃない。

 これまで必死に抗ってきたが、思えばいつもいつも周りに振り回されてきたのだ。


 自分の気持ちも含め、やっといろんな事から解放されたんだ。

 レンと二人で平穏な生活を求めたところでバチなんて当たるものか。


「ううう……」

「な、なんだよ」


 レンが上目遣いで抗議の視線を送る。


「アレを放っておけないってのか? その正義感は立派だけど、気にしないでもいいんだぜ。あんな奴のためにお前が危険な目に遭う必要はないんだ」

「正義とかじゃないし、そういうのはいいんだけど……」


 視線を逸らして人差し指をつんつんと合わせる、見た目は女子のような少年は、


「あれ、ほら。つよそう……」


 シンクが思っている以上に出会ったときの彼のままだった。


「……まさかと思うけど、戦ってみたいとか言うんじゃないだろうな?」


 握り拳で口元を隠してこくりと頷く。

 マジかコイツ。


「だ、だってね。レン、せっかく『せいげん』といたのに、まだ全力で戦ってない。上海の会社をやっつけた時も建物の中での戦いばっかりで」

「俺が行って欲しくないって言ってもか?」

「うっ」

「せっかくお前の告白を受け入れてやったのに、俺をひとり危険な場所に放り出して、あんな奴と遊びたいってか?」

「うううっ……」


 レンはもう泣きそうである。

 彼は己の力を試せる絶好の相手が現れたことが嬉しいのだ。

 そんな自分の欲求と大好きな人の制止を天秤にかけて、どちらも選べないでいる。


 そんな少年の姿に罪悪感を覚えてしまった。

 シンクは大きくため息を吐いて許可を口にした。


「いいよ、行けよ」

「ふあっ!?」

「お前の性格は出会ったときからよーくわかってるつもりだ。束縛する気はねえよ」

「し、シンくん……!」

「その代わり絶対に生きて戻れよ。俺にこれ以上大切な人を失う苦しみを味わわせないって誓え。この上お前までいなくなるとか冗談じゃねえんだからな」

「う、うんっ! ちかう! ちかうよシンくん! あーもう、シンくん大好きっ!」

「わかったから、さっさと行ってぶっ飛ばしてこい。あんな厨二病野郎に負けんじゃねえぞ」


 抱きついてくるレンを力づくで剥がすと、シンクは彼の額に軽く唇で触れた。


「わ……」

「戻ってきたらもっと可愛がってやる。さあ、思いっきり暴れてこい」

「うん……行ってくる!」


 幸せそうな表情から一転、好戦的な少年戦士の凜々しさを見せる。

 レンは緑色のオーラを溢れんばかりに全身から放ちながら飛んで行った。

 こうなったらシンクにできることは彼が勝って無事に戻って来るのを待つだけだ。


「がんばれよ、レン」


 シンクは小さく応援の言葉を呟いて背を向けた。

 すると。


「きゃー! がんばれよ、だって。きゃー! おでこに行ってらっしゃいのチュウ。きゃー!」


 見覚えのある人物がいた。

 頬に手を当ててきゃーきゃー叫んでいるのはALCO反ラバース組織リーダー小石川香織である。


「なっ、なんでお前がここに……」

「小学生の男の子に手を出すなんて、さすが荏原恋歌さんの親戚。鬼畜なんて言葉じゃ言い表せない外道だね。正直かなり引いたよ……」

「質問に答えろよ!」


 相変わらず唐突に表れる女である。

 言い返したいが、あながち間違っていないので口論は避けたい。

 と、シンクは彼女の後ろにもう一人の知らない人物がいることに気づいた。


 筋骨隆々とした長身の巨漢。

 一見した感想はハッキリ言ってゴリラそのもの。

 しかし、容貌はかろうじて女性だとわかる程度の老婆であった。


「君がレンの大切な人、かね……?」

「はい?」

「私はリーメイ。あのクソガキを育てたババアです。よろしく」


 そう言ってスッと手を差し伸べるリーメイさん。

 シンクは思わす反射的に握手を返した。

 鋼のように分厚い掌である。

 もし力を込められたら一発で骨が砕けそうな威圧感もあった。


「えっと、レンのばあちゃん……っすか?」

「いかにも」


 いやいやいや。

 ばあちゃんってよぼよぼの年寄りじゃないのかよ。

 いくらなんでもこれはない、格闘家を通り越して拳を極めし修羅って感じだぞ。


「そ、それで……なんであんたがレンのばあちゃんと一緒に日本にいるんだ?」


 もしさっきのやり取りを問い詰められたら命はない気がする。

 直感で恐怖を感じたシンクは余計なことを突っ込まれる前に話題をそらした。


 シンクの質問に香織は戸惑い混じりに答える。


「良い質問だね。私もそれを知りたいんだよ」

「は?」

「うん、実は私によくわからなくて……」


 香織が戸惑っているのは伝わる。

 だが当然のながらシンクはもっと意味不明だ。


「実は私、少し前まで上海にいたの」

「おう」

「でね、急いで日本に戻ってこようと思って空を飛べる能力を使って海を越えようとしたんだけど、途中でへばって日本海のど真ん中に落ちて溺れそうになっちゃって」

「それはマヌケだな」


 どんな能力かは知らんが、過信しすぎて失敗するのは愚かである。

 しかも反ラバース組織のボスが人知れずひっそりと溺死とか笑い話にもならない。


「そこを偶然通りかかったリーメイさんが拾い上げてくれたんだけど、人間って人を背負ったまま海を走って越えられるものなんだね。今まで生きてきて一番びっくりする体験だったよ」

「かっかっか。まだまだガキ共には負けないよ」


 うむ。

 説明は半分意味不明だが、どうやら香織はリーメイさんと一緒に上海からやってきたということらしい。


「あんたもJOY使いなのか」


 超高速移動の能力ならいくつか見たことがある。

 しかし上海から日本まで渡ってくるとは驚くべき持久力のあるJOYだ。

 香織はそういうレベルの能力を彼女が持っていることに対して驚いているのだと思ったのだが。


「よしてくれやい。あんな怪しげなモンを使うものかい」

「は?」

「私が誇るのはこの鍛え上げた身体だけ。能力なんかじゃなく、鍛え上げた『脚力』だ」

「言ったでしょ。リーメイさんは海を走ってその途中で私を拾って背負って来たんだよ。しかもそのまま日本を横断してここまで来ちゃったの。新幹線にでも乗ってる気分だったよ」

「悪い。全く意味がわからない」


 いや待て、これはきっと考えてはいけない問題だ。

 きっと答えを出した瞬間に頭がおかしくなるとかそういうトラップだ。


 質問を変えよう。


「で、あんたらは何しにここに来たんだ?」

「なんだかんだレンのことが心配でね。無茶してなきゃいいと思って様子を見に来たんだが……」

「なんか最悪のタイミングだったみたいね」


 口元に手を当ててくふふと笑うALCOのボス。

 こいつたしか三十歳を超えてるはずだよな。


「レンが他人に気を許すになったのは喜ばしいことだ。その件に関しては何も言わない……だがな」


 リーメイは上空を見上げる。

 視線の先には巨大な漆黒の翼を広げるルシフェル。

 そして龍のような尾を引きながら飛翔するレンの姿があった。


 ルシフェルは接近するレンの存在に気づいたらしい。

 翼をぐるりと翻すと、その中心から幾筋もの光を放った。


 レンはそれをものともせずに突っ込んでいく。


「お、おいっ!」

「心配すんな。≪龍神詛≫の力を完全に引き出したレンはあの程度の攻撃じゃ死なん」


 リーメイの言うとおりだった。

 レンは多少減速したものの、動きを止めることはない。

 光とぶつかると同時に巻き起こった爆炎をかき消してルシフェルに肉薄する。


「す、凄え……」


 これまでのレンもとんでもない奴だったが、今は何というか強さが桁違いだ。

 もはや格闘少年ではなく、超人バトルのヒーローって感じである。


「一対一の戦いで今のあいつに勝てる人間なんてこの世にいやしないさ」


 リーメイは誇らしそうにそう言った。

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