6 バイオレントリー

 レンの快進撃は止まらない。


 飛び込んだフロアを散策し終えるとエレベーターを降りる。

 一つ下の階では手榴弾を投げ込まれたが爆炎に紛れて飛び出した。


 接近して武神槍の一撃で塔敵手を倒すと同フロアをあっという間に制圧。

 とりあえず片っ端から見かけた部屋をのぞき込んでシンクがいないか確認する。


「いたぞ! 竜童だ!」


 すぐに下の階から陸軍兵士が集まって来た。

 ライフルを乱射し廊下を埋め尽くすほどの弾幕が張られる。

 レンはしばし物陰に隠れて足を止めていたが、思い切って飛び出した。


 まさか正面から突っ込んでくるとは思わなかったのだろう。

 兵士たちは明らかに狼狽えながら必死に銃口をレンに向けようとする。

 しかし壁から床、天井へと三次元軌道で駆ける少年を射線上に捉えることはできない。


 敵集団の真ん中に飛び込んだ。


「やっ!」

「ぐえっ」


 着地と同時に正面の兵士を殴って気絶させる。

 左右には他の陸軍兵がいるが同士討ちを恐れて発砲できない。

 レンが武神槍を振り回すと円周上にいたすべての兵たちは容易くなぎ倒された。


 槍のリーチ外で攻撃を免れた敵の集団もいる。

 レンはそれらの敵も電光石火の速さで打ち倒した。


 残った敵とはかなりの距離が離れている。

 だが、レンは躊躇なく敵に向かって駆けた。

 懐に飛び込みさえすればこちらのものである。


「ぎゃあーっ!」


 鍛え上げた肉体を持った軍人たちが少年の振り回す細い槍に触れる。

 それだけで敵は車に撥ねられたかのように盛大に吹き飛んで壁に叩きつけられる。

 レンは残ったフロアを探索して、シンクがいないことを確認するとすぐ階段で下の階に向かう。


 同じようにその階を守る兵を倒しあっという間に制圧。

 上の階より数が少ない分、圧倒的に楽に終わった。


 ビルの内部のような狭い場所での近接戦闘においてレンはほぼ無敵であった。

 しかし、さらに一つ階を下ると急に敵が手強くなり始める。


「左右へ回れ! やつを跳ばせるな!」


 特に変わった武装を持っているわけでも、見た目が強そうになったわけでもない。


 敵が即興の連携を取り始めたのだ。

 まともな戦術も使ってこなかった上の兵たちとは練度が違う。

 この階の敵兵は確実にレンの先を読んで彼の動きを制するような行動をしていた。


 さっきのようにガムシャラには攻められない。

 レンは次第に袋小路へと追い詰められていった。


「無反動!」


 指揮を執っている者の掛け声が響いた。

 それと同時に巨大な対戦車砲を担いだ兵士が前に出る。

 ライフル銃とは比べものにならない威力のロケット弾が逃げ場のない少年を襲う。


 着弾。


 爆炎が通路の壁を焼き払う。

 煙が充満し視界を塞ぐ。


「倒したと思うな! 撃ち続けろ!」


 号令と共に小銃を構えた別の隊員四名が着弾点からずれた場所をそれぞれ集中射撃。

 さらに二発目の対戦車榴弾をセットする。


 さすがに死んだはずだ。

 相手は子どもなのにここまでやる必要はない。

 ……そんな油断は微塵も見られない。

 彼らは一流の兵士だった。


 だが、レンはそんな彼らの想像をはるかに超える。

 常人が訓練によって対応できる領域に龍神は存在いない。


「ああああああっ!」


 爆煙を吹き飛ばすような風が吹いた。

 今度は逆に兵士たちが視界を奪われる。


 あまりの暴風に小銃もまともに構えることができない。

 兵士の手からこぼれ落ちた対戦車砲が地面に転がった。


 兵士たちの前に現れたのは緑色の光を放つ中華服の少年。

 第四段階に至った≪竜神詛≫の龍の衣を纏う伝説の闘士。

 戦車ですら吹き飛ばす砲弾を受けて傷一つ負わない怪物。


「ひ……」


 兵士のひとりが恐怖に引きつった声を上げた。

 その直後、レンは武神槍を構えて敵の間を駆け抜ける。

 駆ける風圧だけで人間の体は容易く吹き飛び壁面に叩きつけられる。


 振り返って立っている敵がいないことを確認すると、レンは龍の衣を解いた。


「やりすぎたかな?」


 これは人間相手に使うには強すぎる力だ。

 全力の彼は完全武装の軍隊にも負けはしない。

 生身の人間が戦術でどうにかなる域を超えている。


 まさしくラバースの言う逸脱者ステージ1という領域であった。


 だが敵も一方的にやられるばかりではない。

 どこからか轟音が近づいてくるのが聞こえる。

 窓の外見ると、迷彩色の攻撃ヘリが狙っていた。


 機体下部の機関砲が火を噴く。

 窓ガラスは砕け、レンの立っている周囲に無数の穴が穿たれる。

 飛び退いて廊下の角に隠れると、破壊をまき散らすヘリとは反対方向に向かって走った。


 そして反対側から建物の外に飛び出す。

 宙に浮かび龍の衣を纏う。

 その瞬間、


「痛っ!」


 下からの衝撃を受けてレンの体が跳ね上がる。

 地上からの高射砲の一撃だった。


 攻撃ヘリによる集中攻撃に耐えきれなくなったレンが飛び出してくる瞬間を狙っていたのだ。

 龍の衣を展開するのがもう少し遅かったら五体バラバラになっていたかも知れない。


 それでもなんとか耐えた。

 レンは建物を迂回するよう飛翔する。

 機関砲の攻撃をかいくぐって攻撃ヘリの側面に飛びつく。


「せやっ!」


 機体に武神槍を突き刺す。

 そのまま斜めに斬り裂くくように機体を両断。

 パイロットが脱出した直後、ヘリは巨大な火の玉となって爆散した。


 しかし地上からは変わらずレンを狙って砲弾が飛んでくる。

 まずはアレをどうにかしなければダメだ。


 レンは重力に引かれるままに地上へと落ちていく。

 飛んでくる砲弾を二発ほど素手で弾いた後、思い切って武神槍を投げる。


 三機ある高射砲の一つが串刺しになる。

 別の一機は落下の勢いを乗せた蹴りで踏み潰す。


「くそおおおおおおお!」


 最後の一機を運用していた砲兵たちが小銃を取って撃って来た。

 もちろん龍の衣を纏うレンは蚊に刺された程にも感じない。


「やっ!」


 レンは気合を込めて拳を前に突き出す

 その風圧だけで砲兵たちはあっさり吹き飛んだ。


「なんなんだよこいつ……大昔の少年漫画のヒーローかよ……」


 倒れる兵士。

 彼は気を失う直前、憧憬を込めた目で少年を見上げて呟いた。


「ちくしょう、どっちが正義の味方かわかりゃしねえな……」


 レンはそちらには視線を向けず、ラバースビルの上階を見上げる。


「外に出ちゃった。また下から探さないと」


 少年の直感では間違いなくシンクはこのラバースビルの中にいる。

 だが低階層のショッピングプラザに捉えられているとは思えない。

 やはりフレンズ本社のある上階辺りまで戻らなくてはダメだろう。


 レンの動きを阻止するように次なる刺客が現れた。

 真っ白な体躯を持つ二メートル超の巨人たちである。


「ハッハッハァ! ざまあねえな軍のやつらも!」

「いくら訓練を積もうが時代遅れなんだよ、一般兵器なんてよ!」

「覚悟しろよ上海の龍童! お前を倒すのは俺たち特殊破壊部隊ぐぼーっ!?」


 三体の≪白き石の鎧≫である。


 レンはそいつらが喋ってる間に飛びかかり顔面部分を思いっきり殴る。

 攻撃を受けた一番手前の巨体はその場で半回転して頭から地面に倒れた。

 後頭部を打った衝撃で中の人間が気絶したのか、それきり動かなくなった。


「ああっ、てめえよくもみっちゃん……じゃなかった、御手洗特務少尉を!」

「仲間の仇だ、食らえっ!」


 次の≪白き石の鎧≫が巨体に似合わない速度で接近してくる。

 レンは横に飛び、その腕を取ると背負い投げの要領で巨体を放り投げた。


「ぎゃーっ!?」


 頭から地面に突き刺さった≪白き石の鎧≫は地面から下半身を生やした奇妙なオブジェと化した。

 登場してほとんど間もないが、残るは一体。


「ま、待った。情報が欲しいんだろ? テロリストの荏原新九郎ならこの建物の地下にいるぜ。よかったら俺が案内して――」

「教えてくれてありがとう」


 両手を挙げて降参の意を示す≪白き石の鎧≫をレンは容赦なくぶっ飛ばした。

 巨体はショッピングプラザの入口を破壊しながら盛大な音を立てて転がっていく。


「やっぱりシンくんはここにいるんだ……!」


 この≪白き石の鎧≫の中身は明らかに軍人ではなかった。

 テンマの能力のコピーでもあるこのJOYは未成年にしか使えないはずだ。

 助かりたいために嘘を言ったのかもしれないし、罠の可能性ももちろんあるだろう。


「よし、行こう」


 何だろうと関係ない。

 立ち塞がる敵はすべて倒すだけだ。

 相手が軍隊だろうと、能力者の集団だろうと。


 倒れた≪白き石の鎧≫を乗り越え、レンは再び低階層のショッピングプラザに足を踏み入れる。

 そこで彼を待ち受けていたのはさらに多数の≪白き石の鎧≫の集団だった。


「こいつが上海の龍童か」

「なんだよ本当にガキじゃねえか」

「幼い外見で油断するな。表の三人をあっさりと倒したのを見ただろう」

「んなこと言ってる場合か。最初にぶっ飛ばしたやつが何でも望みの褒美を貰えるんだろ?」

「命なんか惜しんでられるかってんだ!」

「全員、かかれ!」


 十や二十ではない。

 さっきはあっさりと倒したように見えるが、≪白き石の鎧≫は一筋縄じゃいかない強敵だ。


 そんな強敵がこんなにたくさんいる。

 体中の血液が燃えるような感覚が駆け巡る。

 そして、ここに来てレンの悪いクセが出てしまった。


「あはっ!」


 強敵と戦うことほど楽しいことはない。

 この瞬間だけはシンクの事も頭から消えてしまう。

 少年は己の力を試すため、敵の只中へと突っ込んで行った。

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