7 再会、シンクとレン
かつては多少なりとも手こずった相手だが、今のレンにとっては物の数ではなかった。
第四段階の≪龍神詛≫を取り戻したレンは第三段階相当の力ならほぼ無尽蔵に扱える。
つまり以前ショウに指摘されたスタミナ不足という欠点は完全に克服されているのだ。
昼夜を問わずどつきあいを続けたリーメイとの修行の成果もあるだろう。
少年は何十体という≪白き石の鎧≫を次々と蹴散らしていく。
「うぎゃあっ!」
倒された敵の悲鳴が響く。
縦横無尽に動き回る巨体に踏み散らかされ、ショッピングプラザは見る影もなかった。
「竜童! 隙あり……」
「おっと」
「ぶぎゃっ!?」
吹き抜けから別の敵が飛び降りて奇襲を仕掛けてくる。
レンは武神槍を一降りし、ずんぐりした首をはね飛ばした。
どうやらこの≪白き石の鎧≫はただのJOYではないようだ。
中身が意識を失っても武装が解除される様子はない。
倒れている中身が死んだのか確認する術はないが、気持ち良く暴れているレンにとって、敵の生死などはどうでも良いことであった。
「てやあっ!」
思いっきり戦えることに高揚を覚える。
それと同時にレンはわずかに失望も感じていた。
この≪白き石の鎧≫は確かにそこそこ強い。
一体一体はたいしたことなくても、集団になればある程度は手こずる相手だ。
けど、それだけだ。
軍の兵士たちも。
攻撃ヘリや高射砲も。
そして≪白き石の鎧≫も。
本当の意味でレンが全力を出すに値する相手ではない。
せっかく身につけた≪龍神詛≫第四段階、その象徴である龍の衣。
それを使うに足りた相手は今のところ日本に来る途中で遭遇した軍艦くらいだ。
ドンリィェンには少し無茶をさせてしまったが、あのミサイルと機銃による集中砲火をかいくぐって敵に近づくのは、なかなかに熱く燃えるシチュエーションだった。
そんなことを考えているうちに気づけば、白い巨体は山となって折り重なっている。
動くものが自分以外になくなると、やがてレンは本来の目的を思い出した。
「いけない。シンくんを探さなきゃ」
少年は廃墟と化した建物の中を走る。
目指すは地下、そこに少年の想い人が閉じ込められている。
停止したエスカレーターを下り、狭い通路を右に折れた所で、また≪白き石の鎧≫と遭遇した。
即座に戦闘モードに入る。
垂直に飛び、敵の顔に向かって拳を突き出して……
その手が直前で止まった。
中途半端に腕を伸ばした姿勢のまま地面に降りる。
敵を前にした状況ではあり得ない、呆然とした表情でレンは目の前の巨体を見上げる。
なぜか一体だけ離れて行動していたこの≪白き石の鎧≫も黙ったまま動かない。
レンは尋ねた。
「……シンくん?」
「お、おお」
聞き覚えのある声が聞こえた。
直後、≪白き石の鎧≫は同色の光に包まれる。
そして二回りほど小柄な人の形になって再集結する。
光が止んだ後、そこに立っていたのは見慣れた青年の姿だった。
「びっくりしたぜマジで。つーかよく俺だってわかったな」
「シンくん!」
探し人の姿を目にした途端、レンは全力で彼に飛びついた。
勢い余って二人まとめて倒れ「ぐおっ」と声が聞こえたが、レンは構わずに強く抱きしめる。
「シンくんだ! シンくん、シンくん! 会いたかった!」
「わかった! わかったから一旦離れろ!」
「ああん」
額を押され少年は無理やり剥がされる。
「変な声を出すな! ……ったく。本当にこんな所まで来やがって」
「ふふっ」
呆れた様子のシンクの顔をのぞき込む。
レンは満面の笑顔を浮かべていた。
「あのね。ぼくもう誰にも負けないよ。シンくんが危ない目に遭っても絶対に助けてあげられるくらい強くなったんだよ。いちばんだよ」
「わかったわかった」
シンクはやれやれとため息を吐く。
それから一呼吸おいて、まじめな顔で尋ねた。
「……なあ、お前は本当に俺に会うために、こんな危険な場所に一人で乗り込んで来たのか?」
「うん! シンくんが悪いことして捕まってるって聞いて、助けようと思った! でもさすがシンくん、ぼくが助けなくても一人で大丈夫だったね!」
それでこそ自分の大好きなひとだと少年は屈託なく笑う。
しかし、何故かシンクは険しい表情でレンを見ている。
頭二つ分ほど身長が高いため自然にそういう形になる。
シンクはもう一度レンに問いかけた。
「俺と会ってどうするつもりだった?」
「えっ? うーんと、よく考えてなかった。でも、もうここは危ないよ。ぼくと一緒に清国に来る? それとも日本にいるのが良ければぼくが全力で守るよ!」
「そうか……」
シンクは深いため息をついた。
そして、突き放すような言葉を発する。
「それじゃ、ここで回れ右だ。俺はお前と一緒には行かない。さっさと清国に帰れ」
※
「え……?」
レンの表情が凍り付いた。
何を言われたのかよくわからない様子である。
握った拳を胸に当て、困ったような笑顔で上目遣いで見上げてくる。
「聞こえなかったか? さっさとどっかに行けって言ってんだよ」
「……どうして?」
レンはシンクのボロボロの服の袖を掴んだ。
「ぼくのこと、嫌いになったですか? 一緒にいちゃだめですか?」
今にも泣き出しそうな顔。
シンクは思わず視線を逸らした。
そんなわけがない。
レンを嫌いになる理由なんて何一つ存在しない。
むしろ……ハッキリと口には出さないが、こんな所まで会いに来てくれて嬉しかった。
シンクは何度も裏切られ、また自分自身も周りの人を何人も不幸にしてきた。
こんなふうに純粋な好意を向けてくれる相手がまだいると思うと心が震える。
でも、駄目だ。
レンの好意に甘えちゃいけない。
「ぼくは……シンくんのこと、好きですよ?」
「違う!」
あまりに純粋なレンの言葉を、シンクは思わず大声で否定してしまった。
びっくりしてレンが掴んでいた手を離す。
「違うんだレン。お前のその感情は、偽物なんだよ」
シンクは真剣に訴える。
「お前が俺を好きっていう気持ちは刷り込まれたものだ。嘘偽りの感情なんだよ。危険を冒してまで会いに来る必要なんて本当はなかったんだよ」
「シンくんが何を言ってるのかわからないよ。ぼくは本当にシンくんが好き、嘘なんかじゃないよ」
「だからっ……」
上手く説明が出来ない自分がもどかしい。
頭の中で説得できる言葉を探し、ようやく一つの単語に辿り着く。
「お前は洗脳されてるんだ」
「せんのう?」
「最初に俺と戦った後、ラバースの施設に送られただろう。お前はそこで矯正プログラムを受けたって聞いた。そこで俺のことを好きだっていう……間違った感情を刷り込まれてしまったんだよ」
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