4 ハルミの正体
「やあ、遅かったねっ」
席に戻ると、ハルミが手を振ってシンクを迎えた。
なんだか上機嫌そうだ。
周りを見ると、他の仲間たちも久しぶりのマトモな食事を終えて満足したのか、すっかり談笑モードに入っている。
中には二皿以上おかわりして食ってるやつもいた。
「誰か知り合いとでも会ってたのかいっ?」
「んなわけねえだろ。どこに知り合いが……」
下手に勘ぐられても面倒くさいので嘘をつこうと思ったが、そこで小石川香織に言われたことを思い出した。
「なあハルミ。これからの事なんだが…」
「ん? 支払いなら大丈夫だよ。トラックの中にあった財布に三万円も入ってたから。食い逃げなんかして事を荒立てる必要はないよっ」
「じゃなくて、標的を変えたらどうかと思ってな」
「えっ。どゆこと?」
「どうせなら山向こうのラバース新社屋を襲撃するってのはどうだ?」
これからシンクたちが向かおうとしているブルーオーシャン工業地帯は、厚木のSHINAI自動車工場と同じで、単なるフェイクの梱包工場でしかないらしい。
本気でEEBCの情報を探りたければ甲府にある『塔』に向かうしかないのだ。
ALCOでさえ未だに内部の全貌を把握できてないラバース新社屋予定地に。
ここから甲府まではそこまで遠くない。
ヤビツ峠を抜けて宮ヶ瀬に出て、相模湖経由で国道二十号線を西に。
もしくは山中湖経由で富士山から北上するか、どちらにせよ三時間もあれば到着するだろう。
逆に言えば警察の動きが鈍い今しかチャンスはない。
狭い山道を通るためトラックを捨てて適当な乗用車を盗む必要もある。
シンクの目的はラバースに一泡吹かせることだ。
EEBCの秘密公開による社会的損失でも新社屋襲撃という暴力的措置でもどちらでもいい。
もちろん後者の方が極端に危険は多いが、これだけ士気が高まっている今なら仲間たちの賛同を得られる可能性も高いと思った。
しかし、そんなシンクの提案をハルミは一笑する。
「あははっ、そりゃ無茶ってもんだよっ。『塔』の警備は半端じゃないよ? 東京の現本社に踏み込む方がまだマシだってっ。下手したら県境を超えたあたりで車ごとドカンされてもおかしくないよっ」
「それは……そうかもしれないが」
やはり無謀なのだろうか?
抵抗する気のない工員たちに、遊び半分の能力者。
そんな奴らを倒しただけで何でもできるような気になっているだけなのか?
しかし、フクダたちも県警本社相手に十分な戦果を上げている。
彼らと合流して攻め込めればあるいはなんとかなるかもしれない。
いくら警備が厳しいと言っても、軍が守っているわけではないのだ
「それにね、新九郎っ」
突っ立ったまま思案していたシンクをハルミはニコニコと見上げていたが、
「……なんだよ」
「残念だけど、もう終わりなんだ」
その表情が途端に強ばる。
今まで見たことないような鋭い眼光がシンクを射貫いた。
直後、レストランの窓ガラスが割れた。
同時に迷彩服姿の人間たちが雪崩を打って突入してくる。
「なっ!?」
彼らの手には小銃。
それもシンクたちが持っているような旧世代の火器ではない。
「えっ、おい……」
「なんだよ一体!?」
「うぎゃっ! 痛えっ!」
仲間たちは抵抗する間もなく床に押さえ付けられ、組み伏せられていく。
シンクはとっさにアサルトカービンの入った鞄を拾い上げようとした。
だが、カバンが置いてあるはずのテーブルの下には何もなかった。
「ごめんね新九郎」
鞄はハルミの手の中にあった。
それを確認した直後、ものすごい力で襟元を掴まれた。
迷彩服姿の男二人に引き倒されて、腕を後ろ手を拘束される。
頭に当たる冷たく堅い感触は間違いなく銃口だ。
抵抗すれば即座に撃ち抜く。
そんな無言の殺気が抵抗する気力を奪う。
「オイラはずっと自分のことを忍者だって言ってたよね。あれってもちろん冗談だけど、一〇〇パーセント嘘って訳でもないんだよ。だって僕、陸軍の特殊情報部の人間だもん。平たく言えばスパイ。時代がかった言い方をするなら隠密ってやつ?」
「陸軍……だと!?」
顔を上げようとするが、強い力で頭を押さえ付けられる。
「実を言うとね、オイラはずーっと前から暴人窟を監視してたんだ。いやあ、まさかこんな大規模な暴動を起こすとはね。これは強制捜査もやむなしかな?」
嘘だ。
こいつはむしろシンクたちの暴動を煽っていた。
そもそもシンクが行動を起こしたきっかけはコイツが持ってきた情報なのだ。
シンクがラバースに復讐をすることを決めたのも。
それを実行に移せるだけの手段があると知ったのも。
「お前、俺たちをハメたのか……!」
精一杯の怒りを込めて叫ぶ。
だが返ってくるのは嘲笑だけ。
「新九郎、君は周りの客を見て平和ボケしてるとか言ってたね。でもオイラに言わせれば君も同じだよ。まさかあれだけのことをやらかしたテロリストが本気でノーマークだと思ってたのかい?」
そういえばレストランに入って休憩をとるよう提案したのもハルミだった。
警察の姿も見えないし、ここは英気を養うためにも良い食事をとっておこう、と。
普通に考えればあり得ない提案だが、こいつの雰囲気に乗せられて誘導されてしまった。
「今回の事件で暴人窟はこの世から消える。政府の手を離れて久しいPokcoも無対応の責任を取って元の鞘に戻る。目障りだったフレンズ社と能力者組織も綺麗に壊滅だ。権力はすべて中央に戻り、この神奈川は正常化されるんだよ」
中央とはなんだ、日本政府か。
それともラバースコンツェルンか。
あるいはその二つはすでに同じなのか。
「安心していいよ、君にはきちんと裁判を受けてもらうから。この場で射殺はしない。暴人窟の犯罪者たちを先導し、人々に恐怖を振りまいたテロリストの首謀者として法廷に立ってね? 人々の記憶から今日の出来事が永遠に消えないようにさ」
「そうかよ」
この男が最初から騙すつもりで動いていたのなら、これ以上の会話をしても無駄だ。
とにかく、この場から逃げるしかない。
シンクは全身の力を振り絞って拘束を解こうとした。
「暴れるな」
しかし、押さえつける兵士の腕はビクともしない。
男の冷たい声が届いた直後、即座に複数の銃口がシンクを向いた。
そのうちの一つが容赦なく火を噴く。
「ぐあっ!」
足に焼けるような痛みが走った。
撃たれたと理解したのは数秒後である。
「抵抗なんて止めなって。暴人窟での新九郎はそりゃ怖ろしかったけどさ、いま君を取り押さえているのは暴力のプロなんだから。素手じゃどうやっても勝ち目なんてないよ」
「ちく、しょう……」
痛みで頭がもうろうとしてきた。
足の痛みを堪えるので精いっぱいだった。
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